第9話 竜の音

 こちらはロッギオネ、エディウスの神殿しんでん

 この島で一番広大なラファンの山脈をほんの一時間程で飛び返ってきたエディウス。


 鎧を脱ぎすて寝所しんしょの大きすぎるベッドにもぐっている。まだ眠れてはいない。


 パキッ、床をむ音が聞こえてくる。


「ルオラ、入る時は……いや違うな。お前、我が帰ってくるのを勝手に入って待っていたな」

「だってぇ……黙って出ていくが悪いのよぉ」


 無遠慮ぶえんりょにヅカヅカと広すぎる寝所を歩き、一人には広すぎるベッドに潜り込む。

 この女神をエディーなどと気軽に呼んでいいのは、二人きりの時のルオラだけだ。


「私の可愛いすぎるエディーちゃん!」

「おぃ、流石にはやめろ……」


 ふくよかで身長も高いルオラがベッドに潜り込んで添い寝する。

 一応文句を言わずにはいられないエディウスだが、こんなルオラに普段の自分の立場がまるで通じないことを理解している。


「アッ、こ、こら…ひ、人の話をっ!」


 相変あいかわらず威厳いげんたもとうと抵抗ていこうするのだが、頭をひとしきりでられた後、指がそのままエディーの身体を辿たどってゆく。


「ウフフフッ……嫌がってる割には、今宵こよいも着ていないじゃない。本当は欲しいんでしょ? だまって行ったから、お・し・お・き」

「アッ、ハァ……」


(ま、全く……わ、我も暗黒神の事をどうこう言えんな…)


 お互い神と呼ばれながらも所詮しょせんは人の子。身体はただの人間なのだ。


「で、わざわざ向こうまで出向いた甲斐かいはあったのかしら?」

「アッ、よ、よせ……ま、マトモにしゃべれ……ンッ」


 息を荒くする女神を実に楽し気な顔でいじりたおすルオラ。今だけは女神といえど自分だけの玩具おもちゃなのだ。


「あ……ああ、あったぞ。し、しかも想像以上だ」


 グッタリとルオラに身を任せながら、どうにか返答するエディー。最早もはや目がうるんでいる。


 その答えにルオラの手が止まる。急に止められて、それはそれで切なそうな顔をするエディーを心底しんそこ可愛いと感じる。


「へぇー……じゃあ早いとこ皆で行って、強者つわものになる前にんでしまいましょう」

「い、いや……アレにはもっと力をつけてもらわねばならぬのだ」


「………どういう事? シグノというドラゴンすら錬成れんせいして、これ以上何を望むの?」


 エディーの返答に、流石にふざけていたルオラの顔色が変わった。

 相手も神と言われているのだ。これ以上力を増して脅威きょういと成す事に、一体何の意味があるというのだ。


「そ、それは流石のお前にも教えられん。シグノは残念ながらワイバーンを再構築さいこうちくしし、たましいつかさどる金と、炎の代わりにルビーをぜただけの紛い物まがいものに過ぎぬ」


「私にも教えない……ふーんっ、そんなこと言うんだあ……」

「よ、よせっ! や、やめ………」


 解答を拒絶きょぜつしたエディーに、ルオラの楽しいが始まった。


 ◇


 あれから約3カ月の月日が流れた。ヴァイロは結局アギドの申し出を受け入れ、さらなる上位魔法を与える事にした。


 アギドだけではない、アズールとミリアにもこれまで伝授でんじゅしていない魔法をさずけた。

 しかしそうは言っても一朝一夕いっちょういっせきに使い手になれるものではない。当然ながらきびしい鍛錬たんれんの日々を三人は送っていた。


 そしてヴァイロ自らは竜の錬成方法について、未だに頭をかかえていた。様々さまざま書籍しょせきを引っ張り出しては、うなって時には暴れることすらあった。


 例の夢の景色を絶対に阻止そしするというのが、彼の行動原理なのだから理解は出来る。

 なれどそれを知らない周囲にしてみれば一体どうした? という気分であったに違いない。


 その中でも特に面白くないのはリンネである。暗黒神の魔法も使えないし、ドラゴンの知識もない。


 彼女の振るった力、竜の息ドラゴンブレスに竜の閃光せんこう

 如何いかにも竜の力を引き出しているかの様な名前だが、彼女は世界中のどんな音でも声でも出せるのだ。


 力に名前を付けただけの事で、竜の力を秘めている訳ではないらしい。


 またもあの日の再現の様に読み捨てられた本を片付ける訳だが、ふと読めない字が書かれた本に目がまる。


「ヴァイ、これ………」


「んっ? ああ、東の果てにある日本の書物だな。輪廻リンネの名前の元になった国だ。ま、もっとも輪廻って言葉は、隣の中国って所が発祥はっしょうらしいが」


「ふうん……」


 読んでも何も判らない本のページを、リンネは取り合えずめくってみる。字は解読出来なくても絵もえがかれているので、そこら辺をボーっと見ていた。


 しばらくパラパラ進めていたが、ちょっと不思議な絵に心をうばわれて、めくるのを止めた。

 そのページには巨大な蛇の様な生き物が、飛んでいる所が描かれている。


 身体はそれこそ蛇らしく長くうねっているが、小さな手足と頭にはたてがみ……というべきなのかちょっとさだかではないものが生え、つのもあった。


 長く赤い舌がまるで火を吹いている様に見えなくもない。


「ヴァイ、何度もゴメン」

「んっ? どうした?」

「この絵……なんかとても気になっちゃって……」


 リンネはそのページを大きく開いてヴァイロに見せた。


「それは竜。東洋でいう処のドラゴンだ」

「ドラゴン? この蛇みたいのがっ?」

「だよなぁ…俺達の想像する脚が四本あって、身体の大きいあのドラゴンとは似ても………」


 そこまで言ってヴァイロは口を閉じて腕を組んだ後、突如奇行きこうに走る。


「ど、どうしたの?」


 リンネの言葉を聞かず、ヴァイロは本棚ほんだなをひっくり返す様に、本という本を引っ張り出し始めた。その変調へんちょうぶりにリンネが驚くのも無理はない。


「あ、あったっ! これだっ!」


 何だか分厚ぶあつくて、いよいよ文字しかない本をヴァイロはめくりはじめる。

 リンネが後ろからのぞき込むと、字体からどうやら同じ日本のものだという事だけは想像出来た。


「えーと……”竜”。竜(りゅう、りょう、たつ、龍)は、神話・伝説の生物………」


 ヴァイロが調べたかったのは東洋の竜らしい。しかし首をかしげながら如何いかにも違うなあと言いたげな態度だ。


「リュウ ・リョウ・ リン……っ!」

「な、何? 一体何なの?」


 急にヴァイロに肩をつかまれ、リンネは緑の瞳を丸くする。


「リンネ……りん。見えざる力……そうかっ! 判ったぞっ!」

「もぅっ! だから何だってばっ!」


 ヴァイロがそのままリンネの肩を力強くすりだす。リンネにはいよいよ訳が判らない。


「声だっ! 音だっ! お前の力が俺のドラゴンに本物の声を与えるんだっ!」

「…………っ!?」

「なんでこんな簡単な事に気がつかなかったんだろ? 早速錬成の準備を始めなくてはっ!」


 ヴァイロは一人はしゃいで、リンネをギュッと抱きしめるわ、頭をくしゃくしゃにしてやりたい放題。

 やれらてる方は訳が判らず、しばらく反応に困ってしまう。


 しかし大好きなヴァイロがようやく笑顔を取り戻した理由が、どうやら自分にある事を認識すると、彼女の顔もほころぶのだった。

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