第7話 見えざる力

 エディウスの飛翔ひしょうおくする事なく、アズールとミリアは同時に詠唱えいしょうを続ける。


「…………全ての武具ぶぐを超える進撃を『アルマトゥーラ』!」

「…………強固きょうこな壁をこの者に『白き月の守りフェルメザ』!」


(な、何だとっ!? まだ効力は切れていない筈?)


 再び攻撃強化の魔法を使うアズールと、防御強化を唱えるミリア。エディウスの想像通り、いずれの魔法も効力は未だ失われてはいない。


(効力を上乗せするか、小賢こざかしい真似を……)


 エディウスは二人の小さな魔道士の能力を分析しつつ、音しか出さない緑髪の少女の方を注視する。


(さっきからこの女だけ詠唱がない。さらにヴァイロとやらの力も借りておらぬ………)

「フフフッ……」

「な、何が可笑おかしい?」


「デエオ・ラーマ、戦之女神エディウスの名において、我が言の葉をささぐ! 斬りけっ! 『言之刃フォグラマ』!」


 エディウスはヴァイロの言葉を意にもかいさず、手をかざして詠唱を告げた。


 一見、吹き荒れる風と共に広葉樹の葉が無数に舞っているだけに見える。なれどその葉が地面や周囲の岩に次々と突き刺さる。


 しかしヴァイロ等を守るミリアの防御魔法にはかなわず、彼等は傷一つわない。


(効かぬよな、これしきの術では………)

「言葉の刃物か、中々洒落しゃれが効いている。これがエディウスにつかえし賢士けんし奇跡きせきか」


「ほぅ、知っているのか暗黒神、我が方の力を」


 ヴァイロとエディウス、互いに笑みを浮かべながら、今度は言葉での牽制けんせいをやり合う。


うわさ程度しか知らないな。そしてその術は恐らく、せいぜい中の下っていった処かな?」

「フッ」

(あ……あれで?)

(あの威力いりょくで出し惜しみだとっ!?)


 暗黒神と戦之女神、生きながらにして神と呼ばれる二人の会話にアズールとアギドは、脅威きょういを感じずにはいられない。


「さて、今夜は挨拶あいさつに来たまでの事。そろそろ失礼させて貰おう」

「全く……人の寝込みを起こしに来るとは。女神ではなくサキュバス辺りに変わる事をすすめるぜっ」


「フッ、言ってくれる。むしろサキュバスとたわむれていたのは、貴様ではないのか?」


 去り際にエディウスは、とんでもない事を口にする。

 リンネの顔が真っ赤に染まり、ミリアは思わず顔をそむける。


「な、何の話だっ!」

「まあ戯言ざれごとはこの位にしておこう……。次る時は互いの総力を出し合おうぞ」


 まさかの違った形での挑発に、ヴァイロは、このやり取りの中で一番狼狽うろたえた声を上げる。

 エディウスがこれ以上、話を広げてくれなかった事に正直胸をで下ろす。


駄賃だちんだ、コレをくれてやる。だがこの通りにやった処で、この白い竜にすら勝てんぞ」

「なっ……」


 エディウスが一枚の紙を折って飛行機を作ると、ヴァイロに向かって飛ばして寄越よこした。


「見えざる力……貴様が真にこの言葉を理解したのなら、良い竜が生まれるやも知れぬ」

「………っ!?」

「ではまたやろうぞ…さらばだ、若き魔道士達よっ! 舞えっ、シグノッ!」


 白い竜がその大きな翼を広げ、ヴァサッと一度だけ羽ばたくと、その一瞬で小さな粒となって消えた。


「た、たった一度の飛翔であれほども飛ぶというのかっ!?」

「おぃ、サキュなんとかって何の事だよ」

子供ガキがしゃしゃり出る話じゃない」


 ヴァイロはシグノという白い竜の飛翔に驚愕きょうがくする。アズールが、もうぶり返したくない話を持ち出そうとするが、アギドによって止められてしまった。


 顔をふくらませて抗議こうぎしようとしたアズールだが、初めて相手にした本物の敵というべき者の強大さを思うと、それこそ児戯じぎと言われても仕方しかたないと感じた。


「ヴァイ、その紙きれは……」

「こ、これか? ムッ!? こ、これはどうやらあの竜を合成した際の材料の様だ」


 ミリアにさとされて紙飛行機を開いたヴァイロ。そこにはあのエディウスに仕えている三人の弟子達は既に知っている材料がしるされていた。


「と、とにかく皆ご苦労だった。正直助かった。俺とリンネだけじゃ追い払えなかったかも知れない」


「全く……とんでもない女だったぜ。俺の二掛にがけしたアルマトゥーラで強化したレッド・ミラージュの攻撃を受けて無傷なんてどうかしてやがる」


「いや…それに関してはしっかり手応てごたえがあったさ」


 ヴァイロはヴァレディステラの力から皆を解放し、ゆっくりと地面に降りる様に仕向けながら、くやしがるアズールの元にゆき、その頭をくしゃくしゃにする。


 彼の攻撃力強化と紅色の蜃気楼レッド・ミラージュの攻撃は、きっちり仕事を果たしていたことを告げて笑った。


「疲れたろう。今宵こよいはもう朝まで家でゆっくりするんだな。もっとももう数時間で夜明けだが」

「わ、私は自宅で静養せいようしたくぞんじますので、せっかくのおさそいなれど帰らせて頂きます」


「そ、そうか……すまない」


 皆に自分の家で休む事をすすめたが、ミリアだけはバツが悪そうな顔をしながら、身をひるがえして帰っていった。


(ど、どんな顔をしてあの家の敷居しきいまたげっていうのよ………)


 ミリアは自らのよこしまな想いで地面を踏みつけた。


「お、おぃ……ミリアの奴どうしたって言うんだ?」

「ハァ……だからお前は女にモテないんだ」


「ハァ!? い、意味わっかんねえっ! 大体お前だって彼女いないだろうがっ!」

「俺はお前とは違う。ただ面倒なだけだ」


 ミリアの態度にアズールはまたも不可解ふかかいな顔をする。溜息ためいきを吐くアギドの指摘してきにキレ散らかす。


 アズールはミリアにあわい恋心をいだいていた。それは思春期特有のただ異性にちょっとかれただけのLikeなのかは分からない。


(とても嫌な女だ、私……)


 リンネはミリアの背中を無言で見送りつつ、その影から彼女の気分を理解した。彼女とて今宵こよいだけは、ミリアをに上げたくない。


 ◇


「グッ……ま、まさかあの剣、ドラゴンの翼はおろか我の鎧すらも通過してこの身を斬り裂くとは……」


 エディウスは空を飛んだまま、鎧の上半身部分だけを脱ぐと、自らの左肩からしたたる血に顔をゆがめる。傷自体はどうという事はない。


戦之女神エディウスの名において、我が生命の泉に奇跡きせきを。き出よ『生命之泉プリマべラ』」


 司祭の使う全回復の奇跡。自ら扱える彼女にとって一撃必殺でない傷などまるで通じない。


「全く……神が自らの奇跡に頼るなどと笑い話にもならぬ。しかしよもやも例の力を持つ者が……後はあの男の開眼かいがんに期待しようぞ」


 そう言って苦笑を冷笑に変えると、シグノの頭を撫でた。

 キィッと小さな声を返すと再び力強く羽ばたき、あっという間に広大なラファンの山脈を置き去りにした。

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