てぇてぇガール 〜筑紫とチカの凸凹な関係〜

そらいろきいろ@魔女コメディ連載中

筑紫とチカ

 自分の価値ってなんだろう?


 ふとした時に思う、いまだに答えが見つからない疑問。

 なんだか気が滅入るから、あまり考えないようにしてるけど、いつもまとわりついてくる疑問。


 現に自分より優れてる人はたくさんいるし、この筑紫ツクシ英磨エマ唯一ゆいいつ人に自慢できる記憶力の良さも、上には上がいるし。

 隣の席の子とかね。単語帳丸暗記とか筑紫には出来ない。

 自分で言うのもなんだけど、筑紫は性格も静かな方だからムードメーカーでもないし。

 どこにでもいる、普通の女子高校生。


 ……いや、もしかしたらそれ以下かも。

 そういうことで自分に価値が見出せない感じ。


 やっぱり気が滅入ってきた……だから考えないようにしてるんだよな。

 ぶる、と頭を振る。

 


 



 人付き合いはあっさりが好きだけど、一人だけ、そうはさせじと絡んでくる子がいる。


 治部ハルベチカ。ちっちゃくてなんというか、元気が有り余っている子。

 筑紫のクラスのムードメーカーで、筑紫とは正反対の性格しているのに、なぜか筑紫を気に入ってくれて。

 

 「えま! 見てこれ!」

 

 そうやってスマホの画面を見せてくる。

 それは大抵シュールな動画(たぶんSNSから拾ってきたやつ)で、筑紫はくすりと笑ってしまう。

 筑紫は一人が好きだったけど、チカに目をつけられてからは二人で帰っている。


 悪い気はしないけど、未だによくわからない。

 ……チカの明るい性格なら、他にも友達がいるはずなのに。

 

 




 筑紫さん、チカが可哀想だよ。


 教室の後ろを通り抜けようとしたら、そんなことを言われた。

 何言ってるんだろう、と思って、どうして? と筑紫は聞く。

 机に座っていた府津羅フツラさんは、わざとらしくため息をつく。

 その後ろの二人――柊木野ヒラギノさんと明利メイリさん――は何も言わず、府津羅さんにならうように筑紫を見た。

 

 「自覚ないの?」

 

 「筑s……私がチカと釣り合わないってこと? 正直それは自覚ある」

 

 「……そう。そこまで言うつもりはなかったけど。あたしが言いたいのは、筑紫さんがチカに対して冷たすぎるってこと」


 府津羅さんは、筑紫がチカを適当にあしらっているように見えるらしい。

 柊木野さんと明利さんも同じ考えみたいだ。頷いているから。


 うーん。あしらってるつもりはないんだけどな……。他の人ともこんなだし。

 筑紫はグイグイいくの苦手だから。

 でも確かに、普通に考えたら冷たいよね。

 

 「そっか。 ありがとう教えてくれて」

 

 少し頭を下げてから、筑紫はその場を後にした。

 こういう態度が冷たいのかもしれないな、ってちょっと思った。






 昇降口を出たら、明るいけど暗いような、紫がかった空だった。

 チカは生徒会があるから、今日の筑紫は一人だ。


 ローファーに当たるコンクリが、心なしか朝より硬い。

 ついてくる影ものっそり長い。これはいつも通りか。

 胸ポケットに入れていたイヤホンをつけた。でも、すぐ外した。

 音がやけに、耳にこもる。


 結局、家に着くまでイヤホンはしまったままだった。

 リュックの重さから解放されて、ソファに倒れ込んでも、こもった感じは消えなくて。

 この日は寝るまで、それが続いた。






 「えま、見て見て!」


 今日のセレクトは、知らない人間に撫でられて気持ち良くなった後に驚いて逃げる、野鳥の動画。

 驚きすぎだよ! とチカが笑う。筑紫も思わず吹き出したほど、いい驚きっぷり。

 目を見開いて飛び上がっていた。


 ――筑紫もこれくらい、感情を表に出せたらなー。

 ため息が漏れそうになった。

 唇を結ぶ。


「……えま?」


 気づくと、チカが首を傾げていた。

 

「ううん、なんでもない」


 すーっ、と息を吸う。ふっ、と吐く。

 筑紫がよくやる、気持ちのリセット。

 心がまっさらになって。


「――チカは、なんでいつも筑紫といてくれるの?」


 ……聞くつもりのなかった言葉が、勝手に出ていった。

 あっ。ええと。

 おでこのあたりがすーっと冷える。

 なんでもない、今のなし! ――って。

 言おうとしたけど、つっかえて出てこない。

 珍しく慌てる筑紫に、チカはそうだね……、と少し考えて。


「ほっとするから……? かなあ」


 ねへ、と笑った。

 でもさ、チカは皆と仲いいし、こんなつまらない筑紫とじゃなくても。もっとふさわしい子がいるはずというか。筑紫じゃ釣り合わないというか。

 すらすらぺらぺら。

 勝手に動くのどぼとけ。


「……逆だよ。いつも一緒にいてくれるの、えましかいないの」


「――へ?」


「わたし、なんていうか……落ち着きがないってよく言われるの。だから一緒にいると疲れるって」


 みんなと仲良しだけど、つるむってなるとだめなんだ。

 直そうともしたんだけど、そしたらどうやって話せばいいか分かんなくなっちゃって。

 だから、人と深い仲になるのを避けるようにしてるの。

 向こうにも迷惑かけちゃうから。

 

「だからえまだけ。側にいさせてくれるのは」


 チカは寂しそうに笑った。

 それから、ころりと笑うのをやめて、小さく言った。

 ……もし、えまも疲れさせちゃってるなら正直に言って。


「別に。というか、一緒にいて疲れてもあんまり気にしないよ筑紫は」


「わたしが嫌なの。疲れさせたくない」


 そうだなあ。ちょっと考える。

 ──そうだ、しっくり来る言い方を思い付いた。


「――チカはあれだね、ハンバーガーだね」


「……うん?」


 ――やっぱりしっくり来ないかもしれない。

 ……後悔したけどもう遅い。いいや、このままで。


「美味しいけど毎食それだときつい、みたいな? そういうポジション」


「あー……なんとなくわかる、かも」


「筑紫はさ、ハンバーガー毎食でも全然いけるんよね。だから大丈夫だよ」


「びみょーにわかりにくいよ……」


 チカは空を仰いでぼやく。

 それから、ふーっと息を吐いた。

 ……嬉しそうな顔をしていた。


 「ありがと、えま」


 「よせやいー」


 手をひらひら振る。

 こそばゆくなって、軽く流す。

 なんだか、体も軽くなった気がした。飛んでいけそうだった。

 チカの側にいるのは筑紫だけ。

 こんな筑紫でも、チカにとっては価値があるんだ。

 

 「……へへ」


 嬉しかった。

 涼しい風がカーテンを膨らませて、背中を優しく押す。

 ガラガラと窓を閉めて、帰り道を歩き始める。


 「……そういえば、さっきのえま。 何か悩んでたでしょ」

 

 「んー? もう解決したよー」


 「え、ほんと? なんで?」


 「……秘密」


 「なんで!」


 「なんでもー」


 チカはやっぱり、ちょっとうるさい。

 伸びる影は相変わらず長いけど、ひとつの時よりも楽しそうだった。






(おしまい)

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