▼▼ 回想:I.U.(23歳)の投稿 ▲▲

 私には、気になっている人がいる。

 それは、レッスンを終えたある帰り道のこと。

 途中土砂降りの雨に見舞われ、慌てて通りかかったコンビニに避難した。

 空を埋め尽くす積乱雲。しばらく止みそうにない。

 この後、配信の準備しないといけないのに……。

 仕方ない、コンビニで傘を買うしか。

 そう思い店内を覗くも、私が着いた頃には同様の考えを持った他の人たちにより、傘は全て買い尽くされてしまっていた。

 はあ……困ったな。

 打つ手なしと、苦い溜息を付く。

 するとそこに、一人の青年がやって来た。

「あの、コレ良かったら」

「えっ?」

 彼は親切に、私に傘を差し出してくれた。

「自分これからバイトで、夜中まで外には出ないので」

「で、でも……」

「夜には止んでると思うし、それに安いビニール傘なんで。ホント気にしないで下さい」

 キャップに伊達メガネをつけた私の存在に、青年は気づいてはいない様子。結果しぶしぶ傘を受け取ると、彼は会釈をしてコンビニへと入っていった。

「では、お気をつけて」

 最後に見せた、優しい笑顔。

 その瞬間、私の心はときめいた。

 だけど、私はアイドル。これからが大事な時期。

 だから恋愛なんてできない。


 でも……時が経っても尚。

 灯された恋の炎が消えることは無かった。 

 感情の赴くままに……。気付けば私は、再びあのコンビニの前へ。もしかしたら、次こそは気づかれてしまうかもしれない。それに、マネージャーにバレたらきっとクビになる。そうなれば、二度とココへは来られない。会えなくなる。

 考え抜いた私は、完全なる変装を施し、それからも例のコンビニへと通った。

 仕事の兼ね合いもあり、彼のいる時間に行けないこともしばしば。それでも良かった。ここに来るだけでドキドキしたから。彼がいればラッキー。そう思うだけで十分。真摯に、笑顔で接客をするその姿が、一目でも見られるだけで嬉しかった。


 それからしばらくして。

「あっ、いた」

 私はメセラで、彼のアカウントを見つけた。

 きっかけは例のコンビニチェーンのアカウントを拝見した際。通っている例の店舗が、季節限定のデザート祭りを開催中であることをメセラで発信をしており、彼と思しきアカウントがそれをリコメンドしていた。

 制服の名札とアカウント名。その二つが「ウラキ」で一致した。

 彼はしばしば、ちまたのニュースを鋭く切るような毒舌めいた投稿をしていた。でも、SNSではよくある事。逆にユーモアも感じられるその投稿に、内心面白く思えていた。

 だって、私は知ってるから。

 彼は優しいヒトだって。

 好きな人とか、彼女とか、いるのかな?

 ダメダメ……そんなこと考えちゃ。

 私はアイドル。これからが大事なんだから。

 あのコンビニへは、これからも通い続けたい。

 彼がくれた傘。

 あの傘は、今も大事に玄関に飾ってある。

 いつか、その時が来たら。

 声を掛け、返しに行こう。

 ありのままの私で。

 だからそれまで……。

 この恋心は大事にしまっておこう。

 私はそう、心に誓った。



 ◆



 一ヶ月後。

 この日、とある音楽番組の生放送を終えた私は、緊張からようやく解放され、意気揚々と家路に着いた。小さな一歩だけど、また少し夢へと近づいた、そんな気がした。

 皆の反応が知りたい。どうしても気になる。

 そう思い、私はメセラを起動させた。

「…………」

 結果は、良くも悪くも様々な投稿が入り乱れていた。

 でもまあ、こういうこともあるよね。

 めげてちゃダメ。

 明日からまた、頑張ろう。

 だが、その時——。

 心の中で唱えた不屈の輪唱など、一瞬にして無力と化してしまうほどの一人の投稿に、視線が流れ着いた。


『アイドル? これが? 歌も踊りも中途半端、お遊戯会かと思った。でもそっか。今は‟成長を期待する”ファンが多いから、だから人気なんだよね、きっと。でもこういうのオレは無理。人の心に漬け込むみたいで。それでお金を貰うなんてどうなの? それってプロ?』


『オレはこの子、大嫌い』


「…………」

「パタッ」

 バカだな、私。

 そう、だよね。

 私なんか、全然。

 

 ありがとう。

 気づかせてくれて。

 むしろ、感謝しないと。

 私、調子に乗って。

 自惚れてた。


 こんなんだから。


 遊園地で会った人にも。

 悪口の連投も。

 偽の画像も。

 デマも。

 友人だった同級生にも。

 それに……ゆめっちにも。


 私がこんなんだから。


 キミは、優しいヒト。

 そんな、優しいキミを。

 不快にさせてごめんね。


 その日から私は、あのコンビニへは行かなくなった。


 キミが好まない人種。

 そんな私に。

 あの日。

 あの雨の日。

 傘をくれて、ありがとう。

 嬉しかったよ。


 だから、本当に——。


「ごめんなさい」



 ◆



 時は経ち、一月。

 新たな年を迎え、世間にお祝いムードの雰囲気が漂う。

 そんな年の初めに。

 一つのネットニュースが、ちまたを騒がせた。


『所属事務所は一日、期待の新星アイドルとして注目されていた白星愛歌さん(20)が亡くなったことを発表しました——』



 

 

 



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