▼▼ 回想:R.S.(28歳)の性癖 ▲▲

「なあ師谷。今週の花金ハナキンに合コンやる予定なんだけど、よかったら一緒にどうだ? 相手は何と、全員看護師! 知り合いに頼み込んでどうにかセッティングできたんだ」

「ありがと。でもごめん、僕は遠慮しておくよ」

「え? まーた、そうやってよ……。お前は結婚願望とか、そういうの無いの?」

「別に、無い訳じゃないけど。うーん、興味無いって言うか……」

「どっちだよそれ」

「ごめん。今は興味ないって感じかな」

「仕事に没頭するのはいいけどさ。お前もそろそろ、パートナー見つけておいた方がいいと思うぞ」

 バタン。

「気遣いどうも。まあそういうのは、また次の機会にってことで。それじゃあお先」

「そうかい……って、え? 今日は早いんだな」

「ああ、お疲れさま」

 無価値な雑談を適当に流し、勢いよく席を立つ。

 コレで何度目だろうか。

 こうしてまた同期の誘いを断った僕は、定時で仕事を終え早々にオフィスを後にした。僕は大企業の会社員。しかも業界では、五本の指に入る有名企業。当然、給料は悪くない。

 そんな僕は長身でスラッとしたスタイル。顔を含め容姿においても、まあ五人いれば二、三人は好き好んでくれる、そんな感じだ。

 だからか、同期や上司は僕のコトを不思議に思っているだろう。

 どうしてまだ、独身なんだって。

 三十間近にもなると、さっき見たく直接聞かれることだって増えて来た。その度に僕は「興味ない」と言ってあしらう日々。おそらく大多数から、僕は仕事が趣味だとか、一人が大好きだと、そう思われている。

 どっちだっていい。別に気にはしない。それでいい。多様な生き方が尊重される今の時代、特段珍しいことでもないだろう。


 そう、その通り。

 僕は興味無いんだ。

 ——には。


 だが。若ければいいだなんて、そんな安直なモノではない。僕にはこだわりがある。若いとはいえど、肉体の発育はしていてほしい。

 だが。精神は別だ。女性としての麗しい肉体が完成しつつも、精神はまだまだ未熟。それが初々しくてたまらないんだ。僕色に染めてしまいたい、そんな欲求に駆られる。

 まさに、これから羽ばたこうとする瑞々みずみずしい年頃の女の子が、僕は大好物なんだ。

 え? それって、いくつぐらいだって?

 そうだな……。ベストは十六~二十歳成りたてといった所だろうか。

 日本産婦人科学会によると、十八歳から二十歳あたりが女性ホルモン分泌のピークで、成長期の終了時期といわれているらしい。

 よって該当するのは、女子高生や女子大生といった所かな。

 この性癖に目覚めたのは、大学を卒業して以降のこと。けれど既に会社員である僕には、中々出会う機会は無かった。

 はあ~あ、しょんぼり。

 長らく落ち込んでいたそんな僕は、ある時から地下アイドルのライブへと通うようになった。彼女たちはいわば、アイドルの卵。年齢も十代後半の子が高い。何より、夢に向かって、必死に、懸命に、汗を流しながら努力している。

 素晴らしいと思った。

 僕が力になってあげたい。いや、なってあげる。

 だからおいで……。

 衝動が止まらなかった。


 それからは、仕事を終えてはライブハウスへと一人足繁く通う日々。

 数ある子たちの中で、やがて僕には推しの子ができた。

 彼女は十八歳。人形のような童顔に、汗を全てはじいてしまうほどの透き通った白い肌。終始あどけなく可愛らしい声色と天使のような柔和な表情に、僕の心は一瞬にして射抜かれた。

 やがてライブ以外でもハイタッチ会やチェキに隈なく応募し、金と時間を注ぎ込んだ。僕のコトを、もっと知ってもらいたくて——。

 僕が、キミの夢を叶えてあげるからね。

 思いを募らせ通い続ける中、二か月経ってようやく、彼女は僕のことを覚えてくれた。

 嬉しかった。もっと一緒にいたい……そう思った。

 深夜遅くまでライブハウスの外で待機し、彼女を待ったりもした。だっていずれは一緒になるんだから、別にいいでしょ? 恋人同士の待ち合わせ。よくある事じゃないか。だからいっぱい、いっぱい追いかけた。

 けどしばらくして。彼女はライブに出なくなった。関係者の話では、活動を休止してしまったらしい。突然の事でショックだった。

 でもその時、僕は聞いてしまった。

「じつは聞いたんだけど……彼女」

「変な男にずっと付きまとわれるようになって、怖くなっちゃったんだって」

 変な男? 彼女は勘違いしていた。

 愛と恐怖、二つは相反あいはんするモノなのに。

 これだから未成年は……まだまだ未熟なんだから。でもそこがまた、そそるんだけど。

 結局、その日を境に。

 成す術を失った僕は、おとなしくファンを休止することにした。


 その後、何故だか彼女の活動休止と共に。僕の地下アイドルへの熱も冷めてしまった。けれども性癖だけはずっと変わらぬまま。僕はこだわりが強い。好奇心旺盛だ。

 ユートピアを失っていた僕は、やがて別の趣味を見つけた。

 それは——「パパ活」

 結果新たな趣味は、大当たりだった。推し活以上に、パパ活は僕の欲求を満たしてくれた。彼女たちはいつも賢明で、僕に依存してくれて、とても素晴らしかった。だから僕はいっぱい楽しんだ。多くの若い子たちを欲望のままに堪能した。

 いいんだよ、もっと僕を頼ってくれて。僕が心血注いで、大事に育ててあげる。ひな鳥を温める親鳥のように抱きしめて、愛してあげるから。

 だからおいで。

 もっと……よがって見せて。

 中でも、女子高生には興奮した。だってだって。若さと依存と、さらにそこに「背徳」が加わるのだから。

 まさに禁断の果実。僕の新たな扉が開かれた瞬間だった。


 時は経ち、ある日の夜。

 僕はいつものように、指名予約をすべくスマホをタップしていると、点けっぱなしにしていたテレビ画面に釘付けとなった。

 生放送の報道番組。

 その日のテーマは――「推し活の危険性」

 出演していたゲストの中に、何とコメンテーターとして彼女が映っていた。僕の推しの子。彼女は活動を再開していた。

 だがそこで。

 彼女は自身がストーカー被害に遭い、活動休止を余儀なくされた事を赤裸々に語っていた。「恐かった」「どうか皆さんも、気を付けて下さい」と涙を浮かべ、何度も何度も繰り返しながら。

 僕は咄嗟にスマホへと視線を落とす。

 そして開いていたサイト画面からメセラへとスキップし、軽快にキーボードで文字を叩いた。

 噴泉する憎悪。

 おっと、いけないいけない。

 落ち着かないと、てね。

 増幅した悪の感情は、快楽で埋め合わせることにしよう。

 それから僕は再びサイトへと画面を戻し、スカベンジャーのごとく出勤予定リストを貪った。

「へえ」

「ゆめみるちゃん、か」

「……可愛い」

 釘付けにされた彼女は、早番ランキングで一位にランクしていた。だが彼女のシフトは、平日の早番のみ。クッ……くやしい。さらに彼女は三ヶ月先まで予約いっぱいとなっていた。

「会いたい……会いたくてたまらない」

「よしっ」

「今度会社を休んで、必ず予約しよう」

 僕はそう誓った。



 ◆



 そんな僕の願いは……見事に叶った。

 でもまさか、こんな所で出会うなんて。

 彼女をサイトで見たのは、だいぶ前。

 もう会えないと思っていた。

 だから、きっと。

 これは運命だ。

 僕はニヤニヤが止まらなかった。


「キミが欲しい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る