第30話 狡猾なる刺客
「あの……」
「あぁ、ゆめちゃん」
まるで最後に取り残されてしまったカギっ子のように佇むその姿を見て、つい「ちゃん」と付け足し返してしまう。
彼女は第一、第三ステージと、共に戦った戦友。だからか特別、敵視の思考は持っていない。
けれどここに来て、手がかりも称賛も不明瞭の中、巻き込むわけにもいかないと、郁斗はそう判断していた。何をどうするにも全て、個人の自由であり、各々の判断に委ねられる。
「あ、あの……私も協力させて下さい」
「え? でも」
純粋な瞳で、彼女は訴えかけた。瞬間嬉しい気持ちは芽生えたが、思ってるように勝算も何もない現状で、自分に期待をしてもらうのも……。郁斗は正直困惑した。
「ありがとう。でもじつは、目星も何も無いんだ。オレに協力しても、かえって不利になるかもしれない。それにこのステージ、全員が敵になる」
「それでもいいです!」
「え……? でも、それじゃ」
「だって私……。郁斗さんがいなかったら、ここまで来れなかったから」
「だから信じてください。私は郁斗さんの味方です。絶対に、敵対するようなコトはしません」
彼女の両手を見ると、グッと握った状態だった。勇気と覚悟が言葉にせずとも伝わわる。
師谷は論外として、蜜も今や狂った状態。本来なら、まだ幼い彼女を自分が守るべき立場かもしれない。
郁斗は今になって、そんな当たり前の感情を覚えた。
複数の殺戮ゲームを経て。さらに、無残な死を間近で見させられ続け。人としての感覚が消失してきているのを自覚してしまう。けど、見捨てることなんてできない。彼女は助けを求めてる。
「……わかった」
「いい、ですか? 一緒に行っても」
「もちろん。それじゃまた、協力し合おう」
「そして勝ち残ろう、一緒に」
「はい」
こうして、郁斗はゆめと共に。
五階へと階段を昇っていった。
「あ、ありがとうございます」
「いや、いいよそんな。オレも助かるし」
「……よかった」
「うん」
「あ、あの……」
「うん?」
「その……ゆめでいいです」
「え?」
「私のこと、‟ゆめ”って呼んでください。そっちの方が呼びやすいと思うんで」
「あ、ああ……そう」
「じゃあ、うん。わかった」
◆
階段を昇りきると、四階と違って視界が一気に暗転した。暗色空間の中にポツポツと天井から下がる豆電球式ライト、地上からは複数のスタンドライトがスポット的に明かりを灯している。
様相はまさに展示会そのものだった。中央、側面と大きなショーケースが建ち並び、壁いっぱいをつかった大きな写真も多く見られる。美術館と同じように、ある程度の導線が成されているのか、軽度の迷路のようなレイアウトとなっていた。そして今いる場所から対角線上の先に、大きなスペースシャトルの模型がそびえ立っているのが見える。
「どう、しましょうか?」
「そうだな……。折角だし、二手に分かれようか。ゆめちゃ……ゆめはフロア内に消火器が無いか、隈なく見ていってもらえるかな。オレは奥から同じように見ていくから」
「はい、わかりました」
結果ゆめは手前から、郁斗は奥から二手に分かれ、そうして五階層の調査を開始した。
ショーケース内には、何十何百分の一スケールに縮小された人工衛星やロケット、惑星の模型。一方で壁伝いには、様々な惑星や天体、流星群、月面着陸の様子といった実物写真が飾られている。郁斗はそれらに視線を流しながら近づくにつれ、中でも一際目立つ、その壮大なレプリカへと向かった。
一番怪しく思えたのは、このスペースシャトル。模造品とはいえかなりデカい。最初この建物に入場した時にも感じたが、各階層の天井は高く設計されているらしく、この五階も右に同じだった。そんな高さのあるフロアにピッタリはめ込まれてたかのように、シャトルの先は今にも天井に着きそうなほどの高度を保持している。
ここまで見てきて、消火器と思しき物体は見当たらない。だがそれ以外でも何かないか。火をどうにかできるモノ、または何か武器となるモノ。終始思考と捜索を続けながら、郁斗はシャトルの中を覗いてみた。
おお……。これは普通に客として来ていれば、興味深く感心するだろう。
本来ならその一点の感情だけで済んだのにと、郁斗は軽い悲壮を覚えた。中は実際のシャトル内を再現したと思われる精巧な造り。
ガサゴソ。内部を入念に確認する。何か取り付けられてはいないか。どこかに何か入っていないか。うまく利用できそうな代物は見当たらない。
……何だよ。取り越し苦労かと、溜息をこぼす郁斗。
「タッタッタッタ」
狭る歩幅。そこに、小刻みな足音が近づく。
これは……まさか、何か見つけたか?
郁斗はゆめが何か手掛かりを見つけたと思い、シャトルの外に身体を戻し振り返る。が、その直後。
「バスン!」
「うっ……」
風を切る一振り。鉄パイプのような、もしくは厚い陶器のような物体が頭上から振り降ろされ、郁斗の後頭部を直撃した。頭を強打し、咄嗟に両手を抱え
「して」
「どう、して……オマエが、ここに……」
「クククッ」
そこには、四階にいると思っていた師谷の姿があった。
「フン、いい気味だ。ずうっと、僕のジャマばかりしやがって」
「僕の手で、ここで終わりにしてやる」
おそらく四階のカフェスペースから調達してきたのだろう。薄ら笑いを放ちながら、師谷の右手には細長いパイプ椅子が握り締められていた。
ピタッ。
「げ……ろ」
「おいおいどうした? 何だ仕方ないな。遺言なら聞いてやるぞ」
「に……げろ……、は……ゃく」
「はあ?」
床に突っ伏した郁斗は、師谷のずっと後ろ、ぼやけた視界の中で立ち尽くす制服姿の少女を捉えていた。小刻みに震えながら、おぼつかない指先を伸ばし、指し示す……‟早く逃げろ”、と。
最後の仕上げ、トドメを刺そうとしていた師谷が違和感を察知し振り返ると、そこには懐中電灯を持ったゆめが、唖然とする表情のまま棒立ちしていた。
「んな……郁斗さん」
「……にげろ」
精一杯腕を伸ばし、行けとサインを送り続ける郁斗。
「違う、違うんだ! これはその……」
「コイツはキミを騙そうとしている。だから駆除しただけ。それだけだよ」
「言っただろ、僕はキミの味方だって」
ゆめに向け、弁明を垂れ流しながら歩幅を刻み摺り寄っていく師谷。
「や……来ないで」
「何で? どうしてそんな、僕を避けるの?」
「いや」
「待って」
「待つんだ!!」
後ずさりし、迫る師谷から距離を取ろうと背を向けた直後。ガシっと、今までにない力の強さで肩を掴まれるゆめ。そして隆起した剛腕に両肩を拘束され、そのまま押し倒された。
「もう、僕を避けるからだよ」
「まあ、ここでいっか。ほら、よく映画やドラマであるだろ? 主人公とヒロインが窮地に立たされる中、終盤で最後のひと時を堪能するがのごとく、ラブシーンが始まって、愛し合うっていう展開」
「だから僕たちも実演しようよ、ね?」
「キミが欲しい。ずっと欲しかったんだ」
「い、いや……」
「そんな怯えないでよ。恐くないよ? 大丈夫。僕が全部、教えてあげるから」
「どうせならさ。あそこで倒れてるアイツに、ギャラリーになってもらおう。その方がより興奮する」
師谷の荒く、高ぶった吐息が顔にふりかかる。
血走った眼。赤らんだ顔面。分厚くザラッとした手の平。汗ばんだ布越しの皮膚の感触。その全てが気持ち悪い。ゆめは両腕を激しく揺らし、必死に抵抗を続けた。
「そうか、そんな感じか」
「まあいいさ、ゆっくり楽しもうじゃないか」
ブツブツと小言を唱えながら、己の世界へと陶酔した表情を浮かべる師谷。
「や……め、ろ」
そんな中、じわじわと流れる赤い血。郁斗は頭部から流血し、付近にはうっすらと血だまりができていた。夢堕ちするように、徐々に意識が遠のいていく。暗闇から一転、真っ白く広がる眼前の世界。
静かなる仙境へと導かれようとする脳内を、狡猾な男の声と抵抗する少女の声音が現実へと引き戻す。
た、すけ……ない、と……。
ゆ……め。
――バタッ。
最後の力を振り絞り、立ち上がろうとするも。
郁斗は倒れ込み、そのまま意識を失ってしまった。
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