第28話 ステージ終了

「ねえ!! なんとかしてよ!!」

「ど、どうして僕が……」

「はあ? おまえ!! 男だろ!?」

 この期に及んでも尚、相変わらず揉める二人。

「や……やめろ!! 押すな!!」

「何だよさっきから!! 都合の良いコトばっか言いやがって!!」

 背中をグッと掴み続ける未来美の手をほどき、数馬は振り返り言い放つ。

 ――だが。

「ズバッ」

 その、一瞬の間に。

「えっ……」

 未来美の瞳に映る数馬が、見たことの無い角度で傾きを見せた。

 ゴゴゴグ……ボキッ。

 その砕けた音は、モニター越しの郁斗たちにも十分すぎるほどに響き渡った。

 たった二、三秒の間に……。

 重量ある巨体をまといながらも、目にも止まらぬ速さで例の大羆が襲い掛かり、数馬へと向かっていた。そして神速のごとく腕を振り上げ、数馬の首を軽々とへし折っていた。

「「キャあああ!!」」

 映像を見ていた蜜とゆめ、二人の悲鳴が重なる。はじめて聞いた声だった。郁斗も思わず口を塞ぐ。

「ボトッ……ゴロンゴロン」

 腕を振り上げてから、さらに三秒後。

 血しぶきを上げながら、カメラの方に転がってゆく生首。瞬きほどの刹那の中、詰め寄った大羆はその鋭い爪と剛腕を振り降ろし、数馬の首をあっさりと裂き落とした。

 スケルトン調の床が、瞬時にして真っ赤な血の池と化す。

「っ、なさい」

「めん、なさい」

「ごめん……なさい」

 一人残され、震える声で助けを乞う未来美。

 だが怪物は全く動じない。

「ゴォ……ス……」

 ただ嗚咽のごとき、濁音を漏らすだけ。

「い、いや……」

「おねがい、助けて」

「助けてええ!!!!」

 カメラに向け、命乞いをする未来美。だが非道な奴隷商のような瞳で、まるで品定めするように、ゆっくりと近づいてゆくケダモノ。

 ピタッ、ピタッ……と。

 後ずさり。

 だがそこは密室。逃げ場も無い。

 すぐに彼女の背中は、壁面へと到達した。

「…………すけ、て」

 それが、彼女の最後の言葉だった。

 既に人間の味を美味と認識しているのか、好物にありつくかのように。

 大羆は未来美の首元に鋭い牙を突き刺した。彼女の皮膚は裂かれ、中からだらだらと漏れる血肉を一心不乱にむさぼり始める。

 もう、無理だった。

 こんなの見てられない。現実とは思えない。

 郁斗たち四人は、モニターから背を向けるしかなかった。無残な最期を見せられ、頭がクラクラし言葉を失う。何も考えることができなかった。

「どうして、こんな」

「何でここまでして、手の込んだマネを」

 無意識に郁斗は、心中を吐露した。

 単なる独り言……だが。

 奴はその言葉に呼応するように、スピーカー越しでほくそ笑み、そして。


≪コレハギムナノデス、逝くときは血と肉にまみれ苦痛に顔をゆがめながら終えて頂かなくては——≫

≪イミガナイノデスカラ≫


 ぎむ? 義務だと? 

 桐島の言葉に、不吉な含みを感じた。

 何だよ、それ。



■第3ステージ

 アワセマス ~合成死角~


■クリア 

 浦城郁斗、師谷倫太郎

 黒川ゆめ、水菜月蜜  

 以上 4名


■失格

 小野前数馬、桃野未来美 2名(死亡)



≪オメデトウゴザイマス≫

≪ミナサマハ、エレベーターへお進みください≫


 いまだ人肉を喰らう猛獣の咀嚼音が聞こえ続けている。本当に容赦ない。

 郁斗は一人、呆然としたままエレベーターへと向かった。

 あんなにも簡単に、残酷に、人の命が失われていくなんて。もういっそ、安楽死させてほしい。そう思わざる負えない状況へと追い込まれていた。

 一人無心で歩き出す郁斗に、蜜が陽気に声を掛けてきた。コイツは……彼女の頭は、どうなってる? どうして平気でいられるんだ。

 いや、もうそんな事どうでもいい。考えても意味が無い。そうだ。彼女はもう、理性がどっかへ逝ってしまっている。

「ねえねえ!」

「最後の問題ってさ~、どうやって解いたの?」

 蜜は郁斗の心境などそっちのけで、意気揚々と話しかけて来た。

「もう終わったことだ。別にいいだろ」

「あーん、もう。そんなこと言わないでさ~。だってくやしいんだも~ん♪」

 言いつつ、彼女は笑っていた。



 ◆



 ずっと……。

 彼には助けられている。

 だから今度は。

 私が、力にならないと——。


 命が掛かった死の遊戯も、もう三度目。その最中で、黒川ゆめは自分の存在価値以上に、浦城郁斗への恩義を感じていた。

 ここまで来られたのも、彼のおかげ。この第三ステージだって、彼と一緒じゃなかったら、私が噛み殺されていたかもしれない。

 だから……感謝を伝えたい。

 そう思い声を掛けようとするが、彼は心此処にあらずな表情を浮かべたまま、先へと行ってしまった。

 あんな光景を目の当たりにして、おかしくなるのも当然。ゆめはグッと気持ちを黙殺し、郁斗の後に続こうとする。

 ——と、その時。

「ねえ」

「キミは彼のこと、好きなの?」

 肩に、生ぬるい手が触れた。

 第一ステージの時で感じた時と、同じ感触。

 生理的に、身体が拒否反応を示している。

「えっ……」

 言葉を発しようするが、言いようの無い恐怖が背後から抱きしめてくるような感覚を覚え、舌が震えていた。

 それでも……ゆめは勇気を出し振り返る。するとすぐ至近距離、まさにゼロ距離で……師谷倫太郎が顔を覗かせていた。

「どう、して」

「だって僕はずっと。第一ステージの時から、キミを見ていたから」

「キミは彼と、親しくしているみたいだね」

「別に、そんなんじゃないです」

「そっか。それならいいんだ」

 どうして、そんな事を言われないといけないのか。言葉にはせず、ゆめは視線で訴えた。

「そんな怯えた表情見せないでくれよ」

「僕はね、キミの見方だよ」

「えっ?」

「ほら、最初に言ったでしょ? キミはまだ未成年。キミのような若い子が、こんな非情なゲームに巻き込まれるだなんて、僕は見てられないって」

 確かに聞いた二度目のセリフ。

 その瞬間、再び身の毛がよだった。

 嫌、関わりたくない。

 お願い、近づかないで。

 ……来ないで。

「っ、私のことはいいですから」

「大丈夫ですから」

 ゆめは振り切るようにそう言い、歩幅を早めた。

 が、次の瞬間。

「知ってるよ」

「?」

「僕はここに来る前から、キミのことを知ってる」

「だってねぇ。そうでしょ?」

「‟早番一位の、ちゃん”」

 その一言に。

 ゆめの身体は瞬く間に温度を失い、凍り付いた。



 ◆



 ステージを終え、エレベーターへ乗り込む郁斗。

 と、その直後。ドタドタドタッと背後から荒々しい音が近づいた。びっくりし振り返ると、真っ青な顔をしたゆめが早足で駆けて来る姿が映り込む。

「ど、どうかした?」

「え……っ、あ、いや……」

「っ、大丈夫です」

 何でもない素振りを見せる彼女の額には、うっすらと不自然な汗が滲んでいる。

「ねえ? 今度は何階に行くのかな? ッハハ。まさかこの四人が残るだなんてね? あーんもう、ゾクゾクする~」

 先程しつこく絡んできていた蜜は今ではコロっと、意識の矛先を次のゲームへと向けているようだった。終始見せるこの上機嫌は、どうやら虚勢でもないようだ。まるで壊れた電動人形でも見ているかのよう。

 そして、一番最後。ゆっくりと何かを噛み締めるように、エレベーターへ乗り込む師谷。彼とは未だ暗黙の距離感を感じる。このステージ上では二度と、円滑に交わることは無いだろう。

 すると彼がエレベーターへ入ってきた瞬間、ゆめの身体が自分の元に擦り寄り、距離を詰めてくるのを感じた。

 四人を乗せたエレベーターは「ガタンガタン」と起動音を放つ。そんな密閉された空間の中で、郁斗はずっと考えていた。

 先程の最終問題。「嫌なヤツ」という意味深な語呂。

 謎のほとんどが、未だナゾのまま。

 そして、桐島の言い放った言葉――「義務」

 あぁ。そういうことか。

 郁斗の中で、確信し始めていること。

 ココに集められた八人には、共通する意味がある。

 決して単なる抽選でも、無作為でも、メセラのフォロワー数が関係しているわけでもない。きっと、もっと、別の意味。

 だって……オレ達は「嫌なヤツ」なんだろ? 

 だからお前は、オレ達をここに集めたんだろ?

 間違いない。

 おそらく桐島は、自分たちのことを——。

 ここに来る前から。


 ‟最初からずっと、敵視している”。




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