第13話 延長戦
『15: 05』
ゲーム開始から六十五分が経過。残り時間十五分。
訪れた二回目の集合時間。この第一ステージで、郁斗はより一層観察眼が養われたように思えた。視線の先に見える彼女はもう、人目など一ミリも気にしていない様子。
意気揚々に集合場所へと向かう玉利紗代子は、全てから解放されたように堂々としていた。
その姿を見ただけで、郁斗はこの計画が「成功」したということを確信する。
「「せーの!」」
再び集まった三人。郁斗と玉利は声を合わせ、互いの手の平を見せ合った。
郁斗の手には、ゆめが必要とする「四つ葉のクローバー」の鍵。一方玉利の手には、郁斗の「ドクロマーク」の鍵がきらめいていた。
「やった! ワタシたち、遂にやったわね!」
「はあぁ……よかった」
何とか最後に貢献出来て良かったと、心底ホッとした様子の玉利。彼女と同様に晴れて鍵を入手し、肩の荷が下りたように安堵するゆめ。そんな二人と何ら変わらない。けれども少し、複雑な様子の郁斗。それでも成功したことには変わりない。よかった。
「浦城くんのおかげよ! ホントにありがとう」
「浦城さん、ありがとうございます」
「いえ……でも、上手くいって良かった」
「じゃあこれで、晴れてこの重い手錠からはオサラバできるってわけね!」
「って……あれ?」
「安心したら何だか、クラクラして……」
「玉利さん!」
長時間蓄積した疲労の反動からか。
玉利は足元をふらつかせ、軽く眩暈を起こしていた。
「玉利さんは早く休んだ方がいい。次に備えないと」
言いながら郁斗は玉利の代わりに、彼女の鍵穴にWの鍵を通し開錠させた。
「大丈夫ですか?」
「ええ……何とか歩けるわ」
玉利を気遣うゆめ。頭を押さえながらも何とか立ち上がった玉利は、セーフティーゾーンへとゆっくり歩き始める。そんな彼女の後ろ姿を見て、安心する郁斗とゆめ。やはり酷使し続けた身体が、限界で悲鳴を上げていた。
心配ではあるが、彼女が付き添っていれば問題ないだろう。郁斗はそう、心の中でシナリオ建てた。
けれど。それなのに。
「どうして……」
郁斗は思わず、声を漏らしてしまう。
てっきり玉利の後を追い、自らも手錠を外すものと思っていたゆめが、一向にその動作に移ろうとはしない。
すると。彼女はサッと振り返った。
「浦城さん」
「ああ……はい」
「何か、一人で抱え込んでませんか?」
「えっ……」
「じつはずっと、気になってたんです」
おそらく、一回目の集合の時からだろうか。
彼女は郁斗に対し、謎の違和感を感じ取っていた。だからかなのか、彼女は未だ手錠を外そうとはしない。
この子はよく見てる……すごいな。
「ごめん、黙ってて……」
「その、じつは」
「じつはまだ……続きがあるんだ」
「えっ?」
「ゆめさんすまない」
「じつはもう一つ、できればキミに協力してもらいたいことがある」
真ん丸な瞳で、驚いた様子の彼女。
だがそれは、五秒と経たずして穏やかな表情へと切り替わった。
「いいですよ」
「えっ……ホントに?」
「はい」
「探すんですよね、彼の鍵を」
「すごい、よくわかったね」
「うん。そう……その通り」
「それで」
「全てを終わらせよう」
◆
『12: 05 』
ゲーム開始から六十八分が経過。残り時間十二分。
タイムリミットが十分を切るのも間近の中、郁斗はゆめに「新たな計画」を打ち明けた。
それは——‟小野前数馬の鍵”を見つけること。
当初の計画では、郁斗にゆめ、玉利の三人分の捜索だった。……だが。
時間も迫り、命が掛かっている状況の中。三人以上の鍵穴の記憶と捜索は、かえって記憶力と集中力を削ぐかもしれない。それだと共闘とはいえ逆効果になる。事実、郁斗自身それを実感していたため、これまでゆめたちには語らず黙っていた。
「彼の、数馬の鍵穴は”飛行機”の形をしている」
「え? どうしてそれっ」
「わかるよ。どうしてオレが知っているか、だよね。大丈夫。終わったらちゃんと話すから。今はとにかく時間が無い。急ごう」
「あ……はい、わかりました」
疑問に感じているのは表情から伺えたが、即座に順応して見せる彼女。
こうして郁斗とゆめの、二人にとっての延長戦が始まった。
「クソッ!!」
「ああああああ!!!」
「ッ」
「もう……無理だ」
頂点まで苛立った半場の声と、数馬の悲痛な
「どう?」
「ううん……まだ見つかってないです」
そんな中、
あと、可能性が高そうな場所と言えば……。
郁斗がまだ手を付けていない場所が、一つだけある。それは……アイツが今、探しているエリア。そこしかない。相変わらずモノに当たり、蹴り飛ばしたり投げつけたりと、周辺を当たり散らかしながら捜索をする半場。
リスクはあるが、実行するしかない。咄嗟に考えを巡らせた郁斗は、ゆめに即興の案を投じようとした――その時。
「あっっ」
「ん? どうかした?」
「い、いや……すいません」
「……違いました」
偶然足元にあった鍵を手に取るゆめ。けれど類似していただけで、すぐさま正解のモノではないと判断し元に戻す。どうやら見間違いだったらしい。
「あの、ゆめさん」
「一つ、お願いしたい事が」
渋々投げかけた問い、だったが。
視線を郁斗に戻した彼女は、直ぐにこくりと頷いて見せた。
「オレは今から、半場がいる場所へ捜索に行こうと思う」
「えっ? でもあの人……近寄ったら何してくるか」
「まあ、正直ゼロとは言えない。相当切羽詰まってることだし」
「だからゆめさん。キミは数馬のすぐ近くまで行って、鍵探しをしてくれませんか?」
「はい、私は大丈夫ですけど……。でもどうして?」
「キミと数馬が密談しているかもしれない、っていう雰囲気を出してほしいんです。半場はそれを見たら、きっと気になって動きが鈍ると思います。数馬が自分の鍵を見つけて、何か裏でやってんじゃないかってね。その隙にオレが一気に探します。もしもゆめさん達の方にヤツが向かおうとする素振りがあれば、至近距離にいる自分が止めに入ります。だから……」
「…………」
「わかりました」
熟考したと思えばすぐ、即答し、快く了承してくれるゆめ。
「私は大丈夫です」
「だからやりましょう、浦城さん」
彼女は良き理解者だった。そしてすぐに会話を切り上げ、ゆめは数馬の元へと向かって行った。
ヨシっ……行くか。
郁斗も一歩踏み出した。が、その瞬間。
「シャカンシャカン」
靴に当たった「イルカ」のマークをした鍵。それは先程、ゆめが「飛行機」と間違えたモノ。
郁斗はその形状を目にし、さらに。
「最初はアルファベットの‟M”かなと思ったんですが……。正しい向きで鍵を持ち替えてみたら‟W”だったんです」
あの時。
ゆめが玉利に語っていたセリフを、無意識に想起した。
「……そうか」
「その手があった」
すると郁斗は慌てて、半場がいるエリアでもない、見当違いの方向へと走って行く。その場所は郁斗がつい先程まで鍵探しをしていたエリア。そして、直前に目にしたその、「ナンバー」の鍵が落ちている所へ。
これは角度を変えれば、残酷な作戦。
実行すれば、このゲームを操る「死神」と化すだろう。桐島と何ら変わらない。
けれど、脳内のアドレナリンが止まることを許さない。
て……もう、なってるか。
郁斗は足元に転がっていた「ナンバー」を拾い上げると、サッともう一方のポケットに忍ばせた。
◆
『10: 25』
ゲーム開始から七十分が経過。残り時間十分。
「チッ! 目障りだなッ」
その後。半場のすぐ傍へとやって来た郁斗に対し、あからさまに舌打ちを放つ半場。だがヤツの視線が確実に泳いでいるのがわかった。時間が無いというのに、半場は律儀にも、数馬の方へ視線をちらつかせていた。
よし、上手くいっている。そう一瞬で判断し、郁斗は素早く鍵の束に両手を入れ込む。可能性が高いと踏んではいるが、ゆめの時とは違って確証は薄い。それでも……ここに賭けるしかない。郁斗は急いだ。
『9: 04』
↓
『7: 21』
↓
『5: 50』
終幕へ、刻々と刻まれていく時間。
「くそがあああ!!!」
「ああもういいッ! こうなったらあのメガネも、それに他のヤツらも道連れにしてやらああああ」
そう言って諦めと共に、術もなく非道な言葉を吐き捨てる半場。
だが、その傍で。
郁斗はヒクヒクと肩を震わせていた。
無論、恐怖ではない。歓喜の叫びを口には出さず、黙殺した結果が動作として現れていた。
ここに来てから、僅か五分。
このステージの決着はついたも同然、となっていた。
『05: 00』
ゲーム開始から七十五分が経過。残り時間五分。
郁斗は立ち上がり、踵を返す。
「おい!」
「もしかしてオマエ、見つけたのか?」
「おい! どうなんだよ!!」
焦り狂う半場の問いかけを一切無視し、その場を去っていく。
そうして戻った郁斗は、ゆめと、憔悴する数馬に対し。
「全部、終わりました」
ただ一言。
静かにそう、答えて見せた。
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