第12話 活路

『32: 55 』

 

 ゲーム開始から四十八分が経過。残り時間三十二分。

 心機一転、改めて鍵探しを始めた玉利、ゆめ、そして郁斗。同盟を結んだ三人はそれぞれ、既に調べたエリアを共有し、未だ手付かずの鍵山へと散らばっていく。

 だが、じつは——。

 この計画における活路の兆しは、既に見えて始めていた。

 それは先程、三人が互いに鍵穴を見せ合った時のこと。

「「あっ」」

 二つの声音が重なる。

 そして見つめ合う、郁斗とゆめの二人。

「玉利さんのヤツ……私、見覚えがあります」

「えっ? ホント!?」

「はい、確かに手に取りました。最初はアルファベットの‟M”かなと思ったんですが……正しい向きで鍵を持ち替えてみたら、‟W”だったんです。印象深かったので覚えてて」

 確かに。「W」という文字は逆さにすれば「M」にも読める。だがゆめは「M」ではなかったと、きちんと理論立てて言い切って見せた。最年少の持つ詳細な記憶力に、早々に感心してしまう。

「それで、浦城さんも?」

「あ、ああ……はい。多分ですけど」

「自分はその、‟四つ葉のクローバー”を見たことあるような……。四つ葉のクローバーって珍しいものでしょ? だから鍵として見かけた時に、同じ物珍しさをほんの一瞬、感じたような気がして」

「すごい! すごいわ二人共!」

 開始直前からの早速の手応えに、大喜びする玉利。

「ごめんなさいね。ワタシだけ、何にも記憶に無くて」

「いえ、大丈夫です。きっと見つかりますよ」

 郁斗は玉利を気遣うと、三人は鍵探しを再開させた。




「フッ、弱っちいクセに。ホント頑固なヤツだな、オマエ」

「もういい、飽きた。んじゃあ約束どおり、おれの鍵探しを続けろ」

「ッ……ク」

 一方その頃。郁斗たちが鍵探しを再開するほぼ同じタイミングで、半場にそう言い捨てられた数馬が、千鳥足で鍵山へと向かって行くのが見えた。その後ろ姿はこの先への希望の光を完全に失い、絶望し、既に諦めたように弱弱しい。

 一方の半場は、相変わらず荒々しく鍵を捜索していた。頻繁にシビレを切らしては鍵の束を蹴り飛ばし、怒号を吐き捨てる相変わらずの行動。そんな卑劣な男のインナーシャツの首元には、数馬の黒縁メガネがカッチリと挟み込まれている。

 それから暫くの間。半場と数馬の接触は無くなり、互いに鍵探しに奮闘している様子だった。

 三人で組んだ共闘とは、‟別ルート”で。

 今しかない——郁斗はそう思った。



 ◆



『24: 35 』

 

 ゲーム開始から五十六分が経過。残り時間二十四分。

 まずい、もうこんな時間か。鍵探しに集中するあまり、気づけば一回目の集合時間を過ぎてしまっている。

 郁斗は慌てて振り返ると、玉利もゆめも既に集合場所付近に集まっていた。二人は近くの鍵の束を探りながら、お互い偶然居合わせたような雰囲気を上手に演出している。

 一向に見つからない絶望からこうべを垂れ、捜索エリアを変更しようと試みる様子を繕いながら、徐々に二人のもとへ近づく郁斗。そうして半場からは背を向けた格好で、自然な感じで三人は集合した。

「すいません。発案者の自分が、最後になってしまって」

「いいのよ。集中すると、十分なんてあっという間ね」

「ですね。では始めましょうか」

「皆さん、どうでしたか?」

 郁斗はストレートに問いかけた。

 三人は互いに目を合わせる。


「玉利さん」

「‟W”……ありました」


 すると、まず最初にゆめが制服のポケットから、玉利がずっと探していた鍵を取り出して見せた。

「うん……うん! 確かに! 鍵穴にピッタリだわ!」

「ゆめちゃん、ありがとう! まさかホントに、こんなにもあっさり見つかるだなんて。もう何とお礼を言ったら」

「よかったです。これで、まずは一つ目ですね」

「玉利さん、良かったです。ホントに良かった」

 最初に見た時は服装も派手で、想像する年の差からも取っ付きにくい印象だった。だが今は、こうして大事な協力者となっている。そんな玉利に対し、郁斗は心の底から良かったと安堵した。

「すいません……ゆめさん」

「クローバーの鍵、まだ見つけられていません。目星をつけている場所、まだ全部見切れてなくて……。なので、次に賭けたいと思います」

「いえ、ありがとうございます」

「それより浦城さん、何か疲れてませんか?」

「え?」

「無理しないで下さい。私も引き続き頑張りますから」

「そうそう、頑張りましょ! ワタシ、この後全力で二人の鍵を探すから!」

「二人ともありがとうございます。ではこの辺にして、引き続き捜索を続行しましょう」

 一回目の集会を早々に終わらせ、三人は再び捜索の旅へと散らばった。


 だが、そんな中で。

 郁斗は少々、後悔の狭間を漂っていた。

 共闘を組んでから、三人のみならず……。さらに数が増えたことで、明らかに集中力が低下してしまっている。効率を重視し熱弁していた時とは正反対。今自分がしていることは、非効率極まりないように思えた。

 ダメだ、切り替えよう。

 優先順位を改めて再認識し、整理するんだ。

 郁斗は両手を拳にし、額を数回打ち付け気を引き締めると、記憶を頼りに再び足を進めた。既に一時間以上も捜索を続けているために、鍵が溜まっている場所の大半を確認し、潰してきている。現時点でまだ見れていない場所については、玉利とゆめがカバーしてくれていた。だからもっと、集中しないと。

「クソッ! んでだ!」

「何で見つかんねえんだ!!」

 時間が刻々と迫るにつれ、半場の怒りのボルテージはさらに増幅しているのが声色から明らかになる。

 郁斗は感じていた。半場のように短気でガサツな人間に、このゲームは向いていない。半場は場内の大部分を見尽くしているようで、郁斗から見ればその表面をただ目でさらっているだけ。速さはもちろん必要だが、同時に丁寧且つ地道な担力も大切だ。

 そのため、一度目を通した場所をもう一度捜索しているのは、限定的にゆめの鍵を探している自分を除き、この中では半場だけだった。当の本人はそんな意識など微塵も無いだろう。感覚と直感のみを重要視している。まさに、急がば回れ。

 ——と、その時だった。

「ジャラジャラ、ジャラジャラ」

「……シャカン」

 指先で掘り出した、トンネル状の鍵山。その奥に光る、見覚えのある金属のシルエット。規則正しく開いた四つのハートマークに向け、郁斗は両腕をグッと伸ばす。そして、掴み取った不均衡の塊を引き上げ、両手の中で広げた。

「……あった」

 蜜も。師谷も。未来美も。

 きっとこういう心境だったんだな。

 高揚感と開放感が一挙に押し寄せた。

 いま目の前に見えているのは、自分の持つドクロマークではない。けれど、それでも自分の事のように喜んでいる自分がいた。

 そして、さらに。

 郁斗はもう一つの鍵を眺め、一人静かに言葉を放つ。

「四つ葉のクローバーって、ニセモノでも幸運をもたらすんだな」

 そう呟いた、郁斗の手の平には——。

 ゆめと、そしてが、偶然にも隣り合って並んでいた。







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