第8話 先行者
「ジャラジャラジャラ、シャカシャカシャカ、ジャラジャラジャラ、ジャリンジャリンジャリン、ジャラジャラジャラ……」
混沌と化した冷たい箱庭の中で、無情にも開始された第一ステージ。八人が手探りで生み出す死の調べが、八重奏となって響き渡る。
そして気づけば郁斗も、その演奏の中に加わっていた。
トンネルを掘り進む、穴モグラのように。各々が血眼になり、床に散らばる鍵山の中をもがいていた。ザっと見て何千、いや何万……。下手したらもっとあるかもしれない。その中をあてもなく、郁斗は次々に手に取っていく。
「H」、「ム」、「初心者マーク」、「ギター」、「カエル」……。
英文字やらカタカナやら、果物やら動物やら。もう何でもあり。子どもならきっと喜ぶのかもしれない、そんなバリエーションの数々。鍵の先端はこの世のあらゆる存在を模した形状で作られており、その細々とした見分け作業に開始早々から頭がクラクラしてきた。
『75(分):24(秒)』
大型ビジョンに映し出されたタイムリミット。秒数を目で追うだけで、心臓が圧迫されるような感覚に陥ってしまう。
ゲーム開始から五分が経過。
ものの数分で、既に玉利や未来美から「ああっ!!」「もう!!」と辟易した単語が飛び交い始める。けれど会話などは一切無かった。八人がそれぞれ、海でもない屋上の箱の中で潮干狩りをしているかのような奇妙な光景。
クッ……痛い。郁斗は未だバイトの疲れが解消されておらず、腰と首への疲労が早くも出始めていた。
『71 : 19 』
「カモメ」、「文」、「靴下」、「稲妻」、「の」……。
もう少しで開始から十分が経過しようとしている。だが探せど探せど、目的のドクロマークの鍵が出てくる気配がない。集中力と忍耐力がモノを言うこのステージ。腰痛や首のコリよりも郁斗が懸念し始めていたのは、眼精疲労だった。目からくる疲れはやがて頭痛を引き起こし、一挙手一投足に悪影響を及ぼす。
「ハァ」
周囲を見渡すと、右手には溜息を付き空を眺めるゆめ。
「何処だ、僕のは何処に」
さらにその奥には、一つ一つ真剣に見定める師谷の姿が映り込んだ。
他の参加者も師谷と同様、必死に捜索を続けている。けれど開始早々から飛ばし過ぎて疲れが出始めたのか、各々の表情は不快な汗と共にぐったりと変化し、手の動きも減速しつつあるのが見て取れた。
大丈夫、時間は充分にある。
まだ、十分と経過していないんだから。
ん? でも待て。
本当にそうだろうか?
いや違う、そうじゃない。
‟80分”という数字に、惑わされてはダメだ。
もう一度、冷静になって見直すべき。
注視すべきは『ただし残り3人になった時点で「10分」の制限時間が発動する』というルール。残り3人となった場合に発動するこの制限時間を考えれば、「10分」という時間がどれほどの刹那であるのか。郁斗は一人
「ジャラジャラ、ジャラジャラ……」
八重奏の調べは徐々に音量を下げ、悲痛な嘆息の数だけが増幅してゆく場内。そんな中、
だがその、八人の中で——。
「バサッ」
一人の女性が勢いよく立ち上がると、繋がれた両手を天に掲げ、意味深に揺らし始めた。
「や、やった……」
ピョンピョンと飛び跳ねる小さな身体。上下に揺れるニット越しの大きな胸。
その後、数秒の間をおいて——彼女は甲高い歓声を響かせた。
「見つけた!!」
声を発した人物、それは水菜月蜜(美月)だった。
『69 : 49 』
ゲーム開始から、たったの十一分で。
彼女は大量の鍵山から、まさかの「救済への切符」を手にしていた。
「ウソでしょ……」
「こんなスグに、ありえない」
「ック」
彼女へと一挙に集まる視線。そして、動揺。こんな短期間で? ウソだろ? 衝撃と共に歩幅を摺り寄せ、郁斗は目を細めた。
彼女の掲げた細い両の手。その先には漢字の「世」の形状をした鍵が、ガラス越しの陽光に反射し、煌々と輝きを放っていた。
「ガチャッ」
皆の注目を浴びる中。蜜は素早くその鍵を両手首の間へと通す。
「アタシって、ホント運がいいな♪」
言いながら蜜は、両肩を大きくぶん回し「フ、フフフ」と、湧き出す笑みを漏れほとばしらせていた。最初に会話した時とは、まるで印象が違う。
「それじゃみんな、引き続き頑張ってね!! おっさきぃ~」
「じゃッあねえ~♪」
この時、郁斗たちは見せられていた。
生きるか死ぬか。命がけの勝負を勝ち抜いた人間が、晴れて勝利を手にした時。その並々ならぬ高揚感と
人格が瞬時にして、一変する様を——。
ゲームをクリアし手錠を解いた蜜は、鋼鉄の扉のあるフロア端へと向かって行く。そして扉のある一角を厳重に囲む鉄格子の前で、ピタッとその足を止めた。
塀の上部には生体認証のセンサーらしき機械が取り付けられており、モニター前に立った蜜に対しランプが点灯する。
≪ミナヅキミツ、サマ≫
≪ニンショウ、サレマシタ≫
ランプの色が赤から緑へと変化し、桐島にも似たネズミ音が蜜を歓迎した。鉄格子の門が自動で開錠し、彼女を入れるとすぐにまた閉じられてしまう。
「フフフ~、フンン~」
軽快な鼻歌を歌いながらネイルを眺め、意気揚々の蜜。
その後彼女は暇を持て余した様子で、残り七人の動向を見守るギャラリーと化していた。
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