第8話「社交(4)」



はてさて。


父は挨拶回りに、母とナルシアはアルネ様のもとへ行ってしまった。

俺もそろそろ飯ばっか食ってないで他家の子息令嬢でも観察してこようかな。



あらためて会場を見てみるとかなり広い。

そりゃ公爵家だし、このくらい当たり前なのかもしれないが、この場をまわす使用人の数なども含めて大貴族のパワーを感じてしまう。


どれどれ。

鍛えに鍛えた身のこなしで邪魔にならぬよう移動しつつ、どのような模様で交流がなされているのかを見ていく。



すごい勢いで食べまくる男の子。

親の後ろで自信なさげに隠れている女の子。

積極的に話しかけている男の子。

自慢話をしている女の子。

取り巻きを引き連れ話している男の子。



と、子供たちはこんな感じだった。

大体7~10歳くらいの子たちが参加しているらしい。皆、思い思いのお洒落をしてきている。


大人たちは大体派閥や親しい人でかたまっているみたいだ。


ん〜、交流をしたほうがいいのかなぁ。

ぶっちゃけ家は弟のダリルにお願いしようと思っているし、さっきのナルシアの件でなんか子供との話はお腹いっぱいなんだよなあ。



ん〜。

ん〜〜。

んんぅ〜〜。



やーめた。めんどくさい。人間模様を観察して時間潰そーっと。人付き合いがめんどくさいのは前世からの悪い癖であるが、こればかりはしょーがない。

性分だもの。あるを。


公爵家の食事に舌鼓を打ちつつテーブルでくつろいでいるとナルシア嬢だけが戻ってきた。



「あら、アルも戻ってきていたのね」



おう。人付き合いを放棄してやったからな。

というかお嬢さん。なぜ隣に座るんで?

あ、めっちゃ良い匂いするこの子。



「爪のこと教えてもらったわ。ありがとうね、アル」


「なぜ私に感謝してくださるのです?」


「だってアルが考えたんでしょう?だからよ」



そうかそうか。意外としっかりしておる。

なでなでしてあげたい。噛みつかれそうだからできないが。



「けど」



「けど?」



「次からは形に残る物も欲しいわ。何か考えついたらもらってあげても良いわよ!」



えぇ......。なんてことを言い出すのかしらこの子は。

神秘的な見た目と言動が合わなさ過ぎて脳がバグりそうである。元のお淑やかな人格を封印して何かが乗っ取ったりしてないよね?



「はい。分かりました。その時はナルシア様にお贈りいたしますね」



「ナル」



「ほえ?」



「ナルでいいわよ」



「ではナル様「呼び捨てていいわ」あっ、はい」



家来っていつから主人を呼び捨てにできるようになったんやろ。


そんなこんなでダラダラ喋っていると、なんかゾロゾロ連れた男の子がこちらに向かってきた。



「ナルシア〜、なんか楽しそうだなぁ〜」



「! オスト......」



中々の悪者臭。そしてオスト。オスト......。

あー、思い出した。リース王国にてヴェルヘルム家と対を成す、アールヴ公爵家のやつだこいつ。ガキのくせしてニヤニヤとした嫌な目をしてやがる。きらい。



「紹介してくれよナルシア〜」



語尾を延ばさないと喋れねえのかこいつ。

ナルシアに目配せしてオストの方を向く。



「オルヴァス伯爵家のアルスレイと申します」



「ます」と言い終わるくらいのところで、裏拳が飛んできた。手はえぇなこいつ。

しかし手が早いだけであって、拳速は遅い。

届くまでに寝ちまうぞこら。避けると五月蝿そうだから当たるが、顔に跡が残るのは嫌なので振り抜かれる方向へ一緒に顔をひねっとく。

周りからは当たったように見えるだろう。



「アル! 何するのよ!!」



「こいつには聞いてねえんだよ。勝手に喋ってんじゃねえカスが」



すげーな。何食ったらこんなに横暴になれるんだか。



「ナルシア〜、許嫁なんだし堅いこと言うんじゃねえよ。たかが伯爵家だしなあ〜」



「あなたの許嫁になった覚えはないわ!」



どっちやねーん。



「そんなカリカリすんじゃねえよ。どれ、1曲踊ろうぜ」



「誰があなたなんかと!」



強引にナルシアへ迫るオスト。

後ずさるナルシア。あ、やばい。



「きゃっ!」



絨毯の皺に足をとられて後ろへ転ぶナルシア。

しかし家来がそうはさせません。

両肩を片手で支え、もう片方は両膝の裏へ差し込み、一瞬だけお姫様抱っこをした後にサッと立たせる。

後ろへ倒れ込む力を利用した芸術的な補助である。おら、褒めろ主人。



「てめえ、なにでしゃばってんだコラァ」



ほんと手早いなこいつ。

今度は殴りかかってきやがった。

右フックっていうほど立派なもんじゃないが、それを左手の平で受け止める。そのまま相手の懐に密着し、オストの左腕も巻き込む形で右手をオストの腰にあてる。



「私と踊っていただけるのですか?」



「てめえ、離しやがれ!」



「まあまあ、せっかくですし是非1曲」



暴れるオスト。ひっつく俺。どうせひっつくならミリアがいい。包まれたい。

場にそぐわない妄想をしているとガヤガヤしてきた。大人が来たようだ。



「いったいなんの騒ぎだ」



「父上」



アールヴ公爵きたわ。厳つい顔してんな。



「いやぁ、オルヴァス伯爵家のアルスレイにダンスを教えていたのですよ」



模範的いけしゃあしゃあ。

何かを言いたそうにしているナルシア嬢には目配せをしておく。ここら辺で手仕舞でよいのよ。



「はっ! 無作法ものである私にオスト様よりご指南をいただいておりました」



癪だが合わせる。



「ここは社交の場だ。余計な騒ぎはおこすな。いけ」



鳩でも追っ払うような仕草で俺とオストを含む子供らを散らせる。



「覚えておけよてめえ〜」



やだプー。全力でシカトをかます。

おーおー、めっちゃにらんどる。背中むけてるから顔は見えんけど、突き刺さる憎しみが重い。ほっとこ。



「災難でしたね、ナル」



少し怒ったような、心配したような難しい表情で目元に涙を溜めるナルシア嬢。



「もし、心配してくださったのであれば大丈夫ですよ。殴られる方向に顔を一緒に動かしたので、実は殴られてはいないんです」



殴られたであろう顔を見せ、「ね?」と言う。

まじまじと顔を見つめ、ホッと息を吐く。安心してくれたようだ。



「さあさ、あんなのは忘れて寛ぎましょう」



「ぁりがとう」



「どういたしまして。家来ですからね」



□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■



宴もたけなわとなり、ようやく両親とウィルも戻ってきた。



「アルスレイ君。周りから話は聞いたよ。大丈夫だったかい?」



「はい。全く問題はありませんでしたよ」



「本当かい?ナルシアを守ってくれてありがとうな」



「アル。よくやったな。偉いぞ」



「オストを簡単にあしらうなんてアルスレイ君はすごいね」



「四六時中鍛錬してるからな。アルは。親バカかもしれんが、同年代で相手になるやつなんぞまずおらんよ」



「そんなに?」



「もうアルの相手をできるのは俺と騎士団長、副騎士団長くらいのものだな」



「それはすごいな......。そうだ、アルスレイ君、今度は公爵家の騎士団と訓練をしに遊びにおいでよ。ナルも喜ぶだろうし」



照れ隠しなのか、後ろからウィル様を殴る

ナルシア嬢。



「はい。是非お願いいたします」



「きっとだよ。さて、そろそろ僕らも退室しようか」



そう促され、会場を後にする。

つかれたー。

なんか変なのにロックされたし。

めんどくさくて死にそう。めんど死。


そういえば公爵領の領主街を観光したかったのだけど、父の政務もあるから明日には出発するとのことだった。残念。




次の日の朝、出発前にナルシアが近づいてきた。



「............ん!」



小物を入れる箱をこちらへ渡すナルシア嬢。



「これは?」



「お礼......」



開けてみると、ダークグリーンの四角い形をしたブローチのようなものだった。公爵家の紋章が彫ってある。かっこええ。



「良いのですか?こんな大層なものを頂いてしまって」



「主人からの計らいなんだから大人しく受け取りなさい」



「ありがとうございます」



「また......来るのよ?絶対よ?来なかったら乗り込むからね」



怖いよぉ。絶対来そうこの子。



「分かりました。ナルもそれまでお元気で」



手を振りながら、馬車へ乗り込む。

家来だからな、また守りに戻ってこなくちゃならんなあ。







ゆっくり離れていく馬車が見えてなくなるまでナルシアはその場を離れなかった。

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