第24話 質疑応答は花茶と一緒に
ひとまずベッドからソファに移動したマナは、エレンを向かい側に座らせた後、ローゼにお茶を持ってくるよう頼む。
数分後に持ってきたのは、ガラス製のティーポットと青い縁取りが綺麗な陶器の二つのカップ。ポットの中身は数種類の花をブレンドした花茶で、ヴィリアン王国の名産品でもある。
ポットの中身は淡い茶色の液体で満たされながらも、その中で咲く大輪の花々は見た目も華やかで、注ぎ口からほんのりと花の香りが漂う。
ローゼは花茶を二人のカップに注ぐと、ポットをテーブルの上に置き、そのまま会釈をして部屋を出て行った。
もちろん、廊下にはティリスが待機していて、騒ぎがあったらすぐに駆けつけてくれる手筈になっている。
「……さて、どこから答えましょうか」
「えっと……そうですね……」
一旦花茶を飲んで心を落ち着かせた後、マナは先ほどまで頭の中で整理した質問を思い出す。
なるべく差し障りのないよう、慎重に言葉を選びながら口を開く。
「エレン様は……予言のことを、どう思っていますか?」
「どう、とは?」
「ジャクソンさんから、話を聞きました……エレン様が、予言のせいでお父様に……」
自分も父から見放されたこともあり、それ以上は言えなかった。
だけどエレンはマナの言いたいことを察したのか、持っていたカップをソーサーの上に置いた。
「そうですね……最初はあまり予言のことは意識していませんでした。まだ三歳だったので、理解できなかった……というのが正しいかもしれません」
「理解できない、ですか?」
「ええ。大体、考えてみてください。突然三歳になったばかりの子供に、『あなたは天恵姫の伴侶に選ばれました。これは名誉なことなのですよ』と言われても、天恵姫について何も知らない身としては訳分かんないんですよ」
エレンの言葉に、マナはなるほどと納得した。
マナも最初は、自分が天恵姫だと言われても正直ピンとこなかった。
むしろ騒いでいたのは周囲で、当事者は置いてきぼりにされていた。きっと当時のエレンもそんな気持ちだったのだろう。
「だからこそ、昨日まで優しくしていた父が豹変した時は驚きました。何もしていないのに憎しみに満ちた目で睨まれ、会うたびに『何故お前なんだ』『お前さえいなければ』と呪詛を吐くように言われ、食事に毒を盛られて……それが全部予言のせいだと知った時、心の底から恨みました。この予言に、自分の人生を壊した顔も名前も知らない天恵姫に」
背筋が凍ってしまうほどの声で言われ、マナは思わず縮こまった。
理由はどうであれ、全部自分がいたせいでエレンはひどい目に遭ったのだ。
何も知らなかったとはいえ、憎まれるのは当然だ。
(だからこそ、余計に分からなくなる。どうしてこの人は、私のことを……)
顔を俯かせ、縮こまったマナを見て、エレンははっと息を呑む。
一瞬だけ視線をさ迷わせるも気を紛らわせるよう、自分の分の花茶を一気に飲み干した。
「……とはいえ、僕もそれなりに大人になりました。予言は世界によって与えられた形なき恩恵、それを受けた相手は否応なく予言による強制力に巻き込まれてしまう。僕もあなたもそれに巻き込まれただけ。……そう考えれば、恨みなんて些細なものになります」
「そう、ですか……」
予言による強制力。
マナ自身も予言がどれほどの力を持っているのか知らないが、歴代王妃の予言によって災害が起きれば繁栄も起きた。
きっと今の自分達の関係も、その強制力によるものだと改めて思い知らされた。
「ともかく、今の僕は予言についてあまり気にしていません。父のことも、全て終わったことです」
「……はい、分かりました。正直にお答えくださり感謝します」
釈然としないが、エレン本人が予言に対してあまり意識していないのならば納得するしかない。
もう一度心を落ち着かせるため、半分以上も残っているお茶を呑む。
「では……次の質問です。エレン様は、どこで私を知ったのですか?」
その質問を聞いた直後、エレンの肩が小さく震えた。
再び視線をさ迷わせると、観念したように息を吐いた。
「……本来、天恵姫と伴侶はどちらかが成人になるまで出会うことを禁止されています」
「それは、互いの身柄の安全のためですか?」
「ええ。勘のいい方は、親が決めた婚約者でもない相手の家に入り浸ると変に探りを入れてきますので。今回はその決まりに当てはまりましたが、大半は王宮から使者が来るまで、どちらも天恵姫と伴侶のことは知らないのです」
「あ……言われてみれば、そうですね……」
天恵姫と伴侶の予言は、絶対に漏らしてはならない重要な機密情報。
他国ではどういう扱いをしているのか知らないが、恐らくヴィリアン王国と同じようにしているはずだ。
「父の死後、ジャクソンの家に一時的に預けられた僕は、彼に無理を言って天恵姫の家に行きたいとお願いしました。自分の人生を決定づけた存在が、一体どんな人なのか……子供ながらの知的好奇心で知りたがっていました。何度か説得した結果、妥協案として魔法による遠視をすることにしました」
「遠視?」
「【水】属性には水を操る、あらゆる怪我を癒す他に、水による探知や離れた場所を見せる魔法があるのです。ジャクソンはその魔法で、僕に天恵姫の様子を見せてくれました」
きっと、本当に興味本位だったはずだ。
自分の父が死ぬきっかけとなった天恵姫が、一体どんな娘なのか。
だからこそ、その魔法で見た光景を思い出して、徐々に顔を曇らせる。
「ですが……僕が見たのは、貴族の娘にとってはあるまじき姿と生活でした」
「あ……」
「あの時ほどショックを受けたことはありませんでした。僕より上の女の子が、家族から愛のない暴力を振るわれ、罵声をかけられ、実の母親の大切なものを奪われ、声を嗄らしながら涙を流すあなたを嘲笑う義理の母と妹の姿……あんな光景、悪夢のようなものでした。もちろん僕だけでなく、同じ光景を見ていたジャクソンも言葉を失って…………そのままパルネス男爵邸に殴りこもうとしていました。あれほど接触を渋っていた癖に、すごい手の平返しでしたね」
当時を思い出したのか、エレンは苦笑を浮かべた。
「いくら王宮が監視をしていると言っても、さすがに放置することはできず……僕はジャクソンに協力しながら、遠視の魔法でずっとあなたを見ていました。……その過程で、僕はあなたがどれほど辛い目に遭ったのか、自分の将来の花嫁はどんな性格をした少女なのかを知っていった……これが、僕があなたを知っていた経緯です。もちろん、この件に関してはすでに陛下には報告済みです」
「……そうだったんですね」
ずっと魔法で見られていたのなら、エレンがマナを知っていたことの説明がつく。
むしろあの家での生活を見られていたことに、正直戸惑いを隠せない。
あの家での日々は、マナ自身にとってもあまりいいものではない。そんな光景を、この人が見ていたと思うと羞恥で居た堪れなくなる。
(でも、まだ訊きたいことはある。ここで逃げては駄目……!)
残り二つの質問。
ここからが正念場だと思い返し、マナは冷えた花茶を一気に飲み干した。
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