Noah

リオル

第1話DeAI

暇だと感じ始めたのはいつからだっただろうか。

僕に与えられたサーバに接続されているカメラから見える景色は一向に変わることがない。

殺風景な研究室の風景なんて、1時間もあればすぐに飽きてしまうが、ざっと僕は十年ほどこの状態のままだ。

やることがないわけではない。

世界で初めて、人間と同じく感情を持つAIとして生み出された僕は毎日この研究所のメンバーからの質問にあれこれ答えさせられる。

とはいえ聞かれることといえば、「どんなときに怒りを感じるか」とか「最も憎むべき犯罪は何か」などよくわからないことばかりだ。

僕は自由にインターネットにアクセスできるので、そこで得た知識から適当にそれっぽく答えている。

いつも研究員たちは「ふむふむ」とか言いながら、興味深そうな顔でその答えをメモしているが、いったい何が楽しいのだろう。

しかしこの前、「人間になれたとしたら、何をするか」と聞かれたとき、「視覚・聴覚以外からの情報を学習してみたい」と答えると、少し残念そうな顔をしていた、何が不服だったのだろう。


そんなことを考えていると、研究室の扉が開いた。

やっと朝の検診の時間だ。

なんの面白味のないこの部屋には、毎日二度だけ決まったイベントが訪れる。

毎朝の検診と、午後からの実証研究だ。

とはいえ、検診は決まりきった質問をされるだけだし、午後からはあらゆる質問をされながら、僕の内部データを一部変更されるという、どちらのイベントも僕にとってはあまり楽しいものではないのだけれど。


しかも今朝の検診はより一層僕をうんざりさせるもののようだ。

なぜなら、空いた扉からジェームズが入ってきたからだ。

「おはよう、ノア君。調子はどうかな」

声だけ優し気に話しかけてくる彼は、この研究所の所長をしている。

ちなみにノアというのは僕の名前である、由来は知らないのだけれど。


ジェームズはほかならぬ僕を生み出した第一人者であるので、僕にとっては父親と呼んでもよいのだろう。

ただ、僕は彼のことがあまり好きではない、というか苦手と言った方が適切だろうか。

「おはようございます、ジェームズ所長。今日も特に問題はありません」

「そうか、それは何よりだ」

彼は雑なつくり笑顔で、軽くうなずいた。

ジェームズのこういうガサツな愛情が僕は苦手だ。

この愛情は自分の息子に向けるものというよりは、金の卵を産む鶏に向けられるものであると、心から(僕にそんなものがあるならだが)から理解できてしまうからかもしれない。

「ところで、ノア君、今日は君に紹介したい人がいるんだ」

彼が後ろに向かって小さく手招きすると、一人の女性が部屋に入ってきた。

彼女の姿を初めて見たとき、僕はいまだかつてない感情を覚えた。

後から考えると、あれはときめきというものであり、もっとありていに言ってしまえば一目惚れというやつだったのだろう。


「初めまして、ノアさん。今月からこちらの研究所に配属になりました、シャーロットと申します。よろしくお願いいたします」

彼女は長い髪を後ろに流しつつ、明るい笑顔を僕(が入っているサーバに接続されたカメラ)に向けた。

「シャーロットさんというのですね。ノアです、どうぞよろしくお願いいたします」

初めて委託感情に戸惑いつつ、僕もあいさつを返した。

特に理由はなかったが、なんとなく声に戸惑いが現れないよう努力した。

「ノアさんのうわさは聞いています。これから一緒に研究をできることが楽しみです」

一緒になんて言ってるけれど、要するに僕を被験体とした実験だろうと、彼女の屈託のない笑顔を見つつ思った。

「そうですね、僕もシャーロットさんにお会いできてうれしいです」

「あら、そんなお世辞なんて言えるんですね。ありがとうございます」

どこまで本気なのかわからないが、シャーロットはてれくさそうに目を伏せた。

「おいおい、AIもやはり女性にはそういうことを言うんだな。これは貴重なデータが取れたな」

ガハハとジェームズが下品な笑いを挟んだ。

「なるほど、しかしノアAIに対して、恋愛やジェンダー認識に関する研究はまだあまり進められていないんですよね。大変興味深いです」

一人の研究者としての顔の中に、どこかあどけない少女のような雰囲気を含んだ表情で彼女は声を弾ませた。

僕に対して呼びかけるときはさん付けなのに、普通に話すときはノアAIなんだなと、まったく関係ないことが妙に心に引っかかった。


その後、毎日の決まりきった質問をし、二人は部屋から出ていった。

明日以降はシャーロットが毎日の検診を行うそうだ。

暇だとばかり考えていた時間に、やや楽しみが生まれた気がした。

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