嗚呼、円卓の三十路 // ああ、ラウンドサーティ

橙山 カカオ

第1話 婚約破棄による損失を求めよ

「マルケータ・オルサーゴヴァ! 今この時を以て、お前との婚約を破棄する!」


 ダンスホールに凛々しい声が響いた。

 貴族たちが遠巻きに見守る中、声を発したのはホールの中央に立つ青年だ。

 ドシェク公爵家三男、ユリウス様。美しい金の髪の下、端正な顔立ちを険しい表情が彩っている。

 その緑色の瞳は、はっきりと私を射抜いていた。


「……そんな」


 六年越しの婚約を破棄された私、マルケータ・オルサーゴヴァは、愕然として――はしたなく声を上げてしまった。


「そんなことをしたら、どれだけの人の仕事が無駄になると思っているのですか……!?」


 静まり返ったホールに響いた声の余韻が消えた頃、流石の私も、言葉を誤ったことを自覚した。

 内容は誤ってはいないが。何しろ公爵家の婚礼である。金も時間も、人間も、既に多く動いているのだ。


「ふ……不満か。だが既に決めたことだ」


 淑女としては、涙でも流して取り乱した方が適切だっただろうか。どことなく戸惑った様子のユリウス様が続ける。

 既に決めてしまったらしい。

 確かに、私はお世辞にも良い婚約者だったとは言えまい。


 容姿は地味。

 母譲りの黒髪は気に入っているが、夜会の場では暗く見える。顔のつくりも悪くはないはずだが、少々キツい印象を与えるのだと友人に言われる。

 ドレスも二十年ほど前に流行した型の青のドレスを、今年は既に四回着ている。宝飾品の類はそれなりに受け継いでいるが、家宝である紫水晶を外すわけにいかない会も多いので、どうしても色合いが落ち着いてしまう。


 生活も地味。

 貴族の子女にとって最大の仕事は社交である。つながりを維持することが平和を保つ術だと理解はしているつもりだが、正直なところ、人付き合いはどうにも苦手だった。

 塔の国では貴族の子女は国に奉仕すべし、という考えがある。私も王都で仕事をしているわけだが、そちらにかかりきりで社交をおろそかにした結果、婚約者であるユリウス様と会うのも二ヶ月ごとという有様だった。


 少なくとも……。

 ユリウス様の左腕にしなだれかかるように抱き着いた、見知らぬ可愛らしいご令嬢の方が、私よりずっと彼に相応しいのだろう。

 インクの汚れが落とし切れていない指を、背に隠す。


「ええと……せ、せめて理由を教えてくださいませ」


 とはいえ、婚約とは個人ではなく家と家との取り決めだ。私個人の判断で頷くわけにもいかない。

 そう思い問うた言葉。返ってきた答えは――


「俺は真実の愛に目覚めたのだ。そして――」


 ユリウス様から突き付けられる指と、言葉。


「お前が、三十歳だからだ」


 嗚呼、そこか。

 確かにこのマルケータ・オルサーゴヴァ。

 半月前に三十歳になりました。

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