第4話 転生
OL魔女はすかさず5発もの火球を放つ。
迫る火球に焦る様子もい逃げる様子は無い。眼前にまで近づいた火球に、刀を振り上げた。切られた火球は、真っ2つに割れ彼女の体を逸れて背後へと着弾した。
最初の火球も斬撃で切り裂いて防いだのだ。
そして次々迫る残りの火球も鋭く早く切り裂いた。
最後の火球を斬った後、燐は走る。その疾走はプロ陸上選手の比では無い速さであることは陰から見ていた3人にも明らかに分かるほど。風のような速さで助走を付け彼女は跳躍する。
その跳躍は建物を超え、空を飛ぶOL魔女に届いた。そして刀を振り上げる。
その一撃は紙一重、帽子のつばを斬った。
「次は外さないぞ厚化粧」
「貴方は化粧っ気無いわね。あと少し隈、もったいない」
OL魔女はその場を離れながら火球で牽制する。
燐はそれをいなしながら洋館の屋根に着地。
「サムライにはこれかしら」
ステッキ先の炎がまたも形を変える。
炎は鋭い弓矢の形へ。
OL魔女がステッキの柄をなぞって弓を引く真似をしおどけた笑みを見せる。それを合図に弓矢は発射された。炎の矢の弾動は火球よりも速く、燐は受け止めず回避する。矢はレンガの屋根を溶解させ貫く。
OL魔女は間髪入れず、炎の矢を連射する。
超高温でいかなる物も溶かし貫く矢を受けるのは超人的な身体能力を持った彼女でも驚異。憐は建物の屋根を駆け走り矢の掃射から退避する。
しかし進んだ先には旋回し回り込んでいたOL魔女が。ステッキの先には巨大な火球が。
燐は斬り裂こうと構えを取る。
「サプライズよ!」
巨大な火球が爆ぜた。
炎のクラッカーからは爆風と共に小さな火球が無数に放出される。
目の前を覆う炎の雨嵐を避ける暇は無い。そのまま受けるしか無いと思われた。
その時、燐は構えを変えた。刀を上に振りかぶるように。
そして、渾身の力で思いっきり振り下ろした。
彼女を襲う炎は、その一振りにかき消された。
風のように走った彼女は、豪風の如き斬撃を起こしたのだ。
細身の女性にもかかわらず、捨てをねじ伏せる剛剣すらも持ち合わせている。最初は心配していた3人も敵対しているOL魔女も、黒羽燐が非日常な魔法という奇術にすら対抗できる力を持った剣豪である事を疑いなく認めた。
「お見事!この手前、さぞ高名な英雄様だったのね」
「そう高尚でも……無い。そういうあんたこそ異能を使わずここまでやるなんて、大魔法使いは嘘では無いらしい」
「そりゃ前世でもブイブイ言わせてたわ。だから、この転生ロワイヤルでも1花火上げさせてもらうわ」
「やれる物なら!勝ち残るのは私だ!」
再開される刀と炎の鍔迫り合い。
一進一退、まさに互角。
事情も何も知らない三人組は、逃げることを忘れただ激闘を観戦するのみ。
「風邪を引いたときですらこんな夢は見ないわ……」
「CGや立体映像なんかじゃないよ、本当に魔法が存在してる。そして黒羽さんの刀だって本物。でも、何で戦ってるんだろう」
「……」
「どうしたの剣司くん、ずっと黙っちゃって」
「この状況がありえなくて黙るのは分かるよ」
口から先に生まれたような男が珍しく黙っていた。何か納得いかないような怪訝な表情と共に呼吸を荒くしている。
「そうじゃないんだよ……そうじゃないんだがよ」
「そうじゃないって?」
「自分でも何か分かんねぇんだ……ちくしょう!」
「け……剣司くん!?」
何を考えたのか剣司が物陰から飛び出して行った。
そして、戦う二人の間に割って入ったのだ。
「ちょっと待ったあ!」
「あらっ」
「お前は物陰に隠れていた奴!」
彼等が物陰で隠れて見ていたのを燐は分かっていた。
「黒羽……燐さん……ちょっとだけ待っててくんねえか」
「何言っている!あのまま隠れていた方が安全だったのに!」
「分かってる。けど聞きたいことがあるんだ、あの魔女さんに」
「あら、少年。1つだけなら言いわよ」
剣司がステッキに指を刺し、OL魔女へ質問する。
「それって本当の魔法なんだよな!絵本に出てくるような本物なんだよな!」
「何をお前、見ればわかるだろ!」
「そうねぇ……本物かどうかって言われてもねぇ……なら」
OL魔女はステッキを彼に向けた。
そして火球を精製し始めた。
「おい!それをどうするつもりだ!」
「決まってるじゃない、味わって判断してもらおうかと」
「彼は丸腰なんだぞ!」
「でもここにいるって事はそういうことじゃない。一人でも減らすことはあなたにとっても良いことのはずよ」
「っ……!」
「少年、お望み通り見せてあげるわ。そして、自らの好奇心に焚かれなさい」
剣司を燃やそうとステッキから火球が飛ぶ。
剣司は魔女と炎を睨みつけながらも、動かない。
剣司に火球が最接近した時。
「はあっ!」
燐が剣司の前に駆け出し、間一髪火球を切り裂く。半分に別れた火球は彼の頬を薄く焦がし、背後に着弾し火の海を作った。
「黒羽さん……!」
「どういうつもりか知らないけど、邪魔だから逃げろ!」
「あら、優しいのねサムライさん。でも、お人好しは身を滅ぼすわよ」
「うるさい!今アンタを斬りたい!それだけだ!」
「あら、光栄ね!」
剣司をよそに、再び二人は対面する。
「剣司くん!早く戻って!」
「王子様の言う事を聞こう!」
芽愛里と京は剣司に逃げるよう叫ぶ。しかし、剣司はその場を動かなかった。
振り向き、背後の炎を見つめていた。
「炎の魔法……やっぱり……俺は知っている」
そして、事もあろうに炎に手を伸ばした。芽愛里と京は彼の奇行に絶句し、やめるよう叫ぶ。
剣司はその声を無視し炎に手を入れた。
その表情は身を焦がされる苦悶ではなく、どこか安らかな顔だった。
彼がこの空間に入り、魔法を見た時に感じていた違和感を解決したからだ。
ずっと、彼はこれを見たことがあると感じていた。
そう、魔法を知っていたのだ。
この炎を引き起こすエネルギーの存在を知っているのだ。
どうして知っているのかは自分でも分からない。彼はそれを確かめるために、あえて魔女の前に出てきた。
そして、魔法で引き起こされたこの炎を見て1つの確信を得た。
これは自分にも扱える力だと。
「きやあああ!」
「待って叶さん!剣司くんの手が!」
「むっ!?」
「あらっ?」
その場にいる全員が剣司の手を見た。
手を焼く紅蓮の炎が、光の粒子に変わっていった。
光の粒子は剣司の手に吸い込まれ、内より全身を煌めかせた。
瞬間、剣司の中で何かが弾け飛んだ。
自分の中にその物の拘束が解き放たれたのだ。
拘束を解かれたその物は剣司の胸から神々しく飛び出し彼の手へ。
光の粒子を纏うそれは、神が作ったような造形の剣だった。
「これが俺の中に……お前はいったい」
その剣を強く握った瞬間、彼の頭に衝撃が走る。
それはある者の記憶。
その者は旅をしていた。大いなる使命のために。
使命とは、剣を振るい様々な悪と戦うこと。
ある時は旅人を襲う盗賊を成敗し。
ある時は土地を荒らすケモノを狩り
またある時は、世界を支配しようとする魔界の使者を斬った。
相手が肉を溶かすスライムでも、剛力無双のオーガでも、大自然の王たるドラゴンでも彼は恐れず立ち向かった。
魔界の支配者たる魔王でさえも、彼は聖なる剣一本で立ち向かった。
その彼の愛剣の名は
「アークセイバー」
剣司が彼の相棒の名を呼ぶと、周囲の空間を書き換えた。
遊郭も洋館も消え去り何処までも広がる荒野に変わった。奥には中世ヨーロッパ風の洋城と城下町が鎮座している。
これこそ、彼の旅をした世界の風景。
この世界に平和をもたらした勇敢なる者を、その世界の人々はある称号を与え語り継いだ。
「剣司くん……それは」
「芽愛里ちゃん……京……やっぱり俺さ生まれる前から勇者だったみたい」
その者の称号は《勇者》。
樹咲剣司、彼の前世である。
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