第1話その男、勇者につき

 自他ともに認めるひとりの勇者がいた。

 勇者は今、最大の戦いに挑む。

 相手は強大な壁。しかし百戦錬磨の戦士は堂々と立ち向かう。

 困難な戦いであろうとも彼は手を伸ばした。

 そして叫ぶ。


 「芽愛里ちゃん付き合ってください!」

 「えっ嫌だけど」

 「うわああああ!」


 勇者撃沈。

 決め手は、可憐なお姫様系美少女の告白拒否。

 その一撃は凄まじく、制服という鎧をまとった少年は膝から崩れ落ちた。


「どうして!?何が悪かったの!?」

「だって剣司君、今掃除の時間でここは校長室だよ。そのシチュエーションはどうなのかな……」

「勇者はフィールドを選ばない。愛という聖剣があれば何処だって戦闘開始さ」

「ちょっと良くわかんない」

「じゃあ、場所が違ってたらOKだんたんじゃ!?」


 ロマンチックのかけらもない告白をした剣司は懲りずに食い下がる。


 「剣司君は面白くていい人なのは知ってるけど、頑張っても友達かな」

 「50人中30人くらいから同じ言葉を聞いたよ……」

 「50人……さすが勇者」

 

 剣司は学校中の女の子に告白し続けている。自分の琴線に触れた相手には場所時間構わずアタックしている。いままでOKは無し。しかし彼はあきらめず、連日告白を続けている。その無謀で馬鹿らしいチャレンジ精神から勇者と呼ばれているのだ。

 

 「勇者って呼ばれているならちょっとくらいモテてもいいのになあ」

 「呼ばれる由来が由来だし、逆に警戒されてるんじゃないかな」

 「個人的には気に入ってるんだぜ。かっこいいし、俺のイケメン顔にぴったし」

 「イケメンかはともかく、剣司君は勇敢で諦めないとこはRPGの勇者に似てるかもね」

 「その勇者オブ勇者の愛の切れ味を受け止めてみないかい」

 「諦めないのも考え物かな。いや」

 「だめか~」


 告白し振られた場面は冷え切った空気が漂う事が多いが、剣司の表情豊かで愛嬌のある性格は落ち込むことを知らない。そんな彼を振った側の芽愛里も嫌悪感や罪悪感を抱えず、むしろ彼の好感度は上がっている。

 もちろん友達としてだが。


「じゃあ芽愛里ちゃんは勇者以外でどんなのがタイプなんだ?」

「え~それ聞いちゃう?」

「なに、急にもじもじしちゃって」

「実は……最近気になる子がいて」

「まじで!クラスのお姫様たる芽愛里ちゃんの気になる人とは!」

「といってもまだ話したこともないし……遠巻きでしか見れなくて」

「ならアタックしてみなよ!芽愛里ちゃんなら行けるって!」

「剣司君は恥知らずだけど、私は恥ずかしいのっ!」

「突然の辛辣!」


 剣司はがびーんと落ち込んだ表情を見せた後、間髪入れず良い事思いついたと笑顔を見せた。


「そうだ!その恋、俺が手伝うよ!」

「手伝う?」

「芽愛里ちゃんがその人とお近付きになれるように後押ししてあげようってことさ」

「えっ大丈夫なの?」

「告白することだけなら大ベテラン。せめて、そのステージまで到達するお手伝いならお茶の子さいさいよ」

「確かに……そこまでなら行けるという実績は確実!」

「そこまでならってのは余計だけど……信用してもらっても大丈夫。お買い得ですぜ奥さん」

「分かった……剣司君よろしくね!」

「まっかせときなさい!恋の大船に乗った気でいなさいな!」

「校長室で何騒いでいるの!早く掃除しなさい!」

「「はい!すいません!」」


 教頭に怒られるハプニングがありながらも二人は同盟を結成したのだ。


 叶芽愛里が仲間になった ▼


 そそくさと掃除を終わらせた二人は帰りのホームルー厶のために教室へ向かった。


「それにしても振られた相手の恋を応援するなんて剣司君は凄いね」

「良い男は切り替えの速さで決まるってオヤジから教わったんだ」

「良いお父さんだね」

「血は繋がらないけどモテ男精神は受け継いでるつもりさ」

「精神だけはね」

「それってどういう意味……ん?」

「どうしたの?」

「ごめん、ちょっと待っててて」


 剣司が何かを見つけたように走ってゆく。

 その先には、男子生徒数人が何かを取り囲んでいた。

 彼等が取り囲んでいるのは、オカッパ頭の一人の少年だった。


「オラッ!」

「ううっ!」

「おいおい京ちゃんよぉ~俺の大事な宝物なんだよ。それを捨てるなんて酷いじゃ〜ん」

「宝物……?床に落ちてたクシャクシャの小テストじゃないか……」

「ちゃ〜んとこいつの名前書いてるだろ?それを捨てようとするなんて弁償だな、財布だせよ」

「そんなのおかしいよ……ただのイチャモンだ……」

「そんな事言うなよ〜もう一発欲しいって聞こえるだろっ!」

「痛いっ!」

「さっさと言う事聞いておけばいいんだよ陰キャがよ!」


 彼等はうずくまった一人の少年を執拗に蹴り続ける。彼等の表情は弱い者を虐げることを愉しむ悪意に満ちたものであった。

 その時、剣司は悪意の包囲網に割って入った。

 

「おお〜い、京!こんなとこにいたのかよ」

「なんだこいつ!」

「剣司……くん?」

「掃除は終わったろ?連れションに行こうぜ!」

 

 囲んだ集団を無視し、剣司は少年を抱えて立たせた。


「お前勝手に何してんだよ。置いてけよそいつ」

「待てこいつ樹咲だ。勇者って呼ばれてる」

「関わると色んな意味で面倒くさくなるぞ」

「――ちっ!」

「ちょいと通るぜ〜道開けな」


 彼等は剣司を恨めしいように睨みつけるも、渋々道を開けた。彼を相手したときの面倒臭さは、学校の本流から外れた彼等にも伝わっている。


「大丈夫か京?」

「ありがとう、樹咲君。僕は大丈夫だよ」

「剣司君、彼どうしたの!蹴られてるのが見えたよ!?」

「待たせたね芽愛里ちゃん、こいつ俺の友達でB組の獅神京。あのたちの悪い不良共に目つけられてんだ」

「なんでそんなことを?」

「理由なんてない。ただ大人しくて優しいこいつを痛ぶりたいだけなんだよ」

「先生に報告は?」

「ずっと前からしてるけど、証拠ないだの現行犯じゃないとだめだとかで役立ってないんだ。チラッと聞こえた話ではあいつらの中の一人が金持ちボンボンで保護者が怖くて先生達は二の足踏んでるとか」

「そんな……困ってる生徒がいるのに酷いよ」

「叶さんだっけ……?僕は大丈夫。元々僕の力が弱いのが原因なんだ。そんな弱い僕を剣司君が助けてくれるから。僕は恵まれてるよ」

「こら、そんな弱気でどうする。気分だけでも強気でなきゃ!」

「ごめん、樹咲君」

「友達の為に不良に立ち向かうなんて、優しいわね剣司君」

「惚れ直した?」

「最初から惚れてはないかな」

「まあ……良いやつが理不尽な目に合うなんて事を見過ごせやしないだろ」


 このように、希咲剣司は決して蔑称としてだけ勇者の名を授かっている訳では無い。友達の為に暴力を恐れず尽力する姿だけでなく、普段からおゃらけながらも人のために行う善行を彼の周りはちゃんと見ている。その勇敢なる精神を勇者と呼ばんとして何と呼ぶべきか。

 女性からの懇意が全く無いのが不思議なほど。

 

 まるで、ずっと昔から彼は勇者と呼ぶに相応しい存在だったと思える。


「あっそうだ。京さあ放課後暇?」

「なにも予定はないよ」

「ちょっと俺達に付き合わない?重大なミッションがあるんだ。いいよね、芽愛里ちゃん」

「剣司君の友達なら別に大丈夫!」

「なんの事かは分からないけど……剣司君の力になるならやるよ!」

「恩にきるぜ京!」


 獅神京が仲間になった ▼


 新たなメンバーを迎えた勇者一行。帰りのホームルー厶後、早速芽愛里の想い人のいる1学年上の教室へと赴いた。三人は入口ドア越しに覗き対象を探した。


「コソコソ隠れないで普通に話しかけに行ったほうがいいんじゃ……?」

「え〜まだお話するには恥ずかしいよ~」

「そうだぞ、まだどういうやつかも分からないんだ。こういう敵情しさ情報収集は大切だ」

「ん?今敵情視察って言った?」

「いや言ってない。別に恋のライバルだなんて思ってないから」

「あっ、あの人!」

「あの人……って」

「どこだ!憎き恋敵はどいつ……だ……」


 剣司は芽愛里の指差す方を見る。

 彼はつい息を飲んだ。

 気だるそうに窓を見る人がいた。

 ショートカットで切れ長の目。

 足は長くスラリと背が高い。

 爽やか、というよりクールな印象を持つ。まさに王子様系だ。

 確かに綺麗な人だ、剣司も認めざる負えない。

 だが

 

「女の子!?」

「うん、言ってなかったっけ」


 そう、芽愛里が見惚れていたのは女子生徒だ。

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