心感染

琥珀 忘私

感染

 感染症には必ず経路がある。

 空気感染、経口感染、血液感染……感染経路を上げるときりがない。しかし、新しい感染症が出るたびに経路はひとつずつ丁寧に封鎖されていく。

そして、今日。新しい感染症が見つかった。

『心感染(しんかんせん)』

 読んで字のごとく、経路は人の心から人の心へ。主な症状は、「鬱病」「睡眠障害」等の「気分障害」が挙げられる。だが、これらの症状はまだほんの一部だ。

 見つけたのはこの僕。

~   ~   ~

 僕は精神科の医師としていつもと変わらない日々を過ごしていた。しかし最近、少しばかり違和感を感じていることがある。同じ学校、同じ教室の患者さんがここ二、三日の間だけで五人も来たのだ。それぞれ同じ症状で。

 症状としては「睡眠障害」と「鬱病」。どちらも軽いものだった。

 初めのうちはただの偶然。別に気にするものでもないだろうと思っていた。が、そうもいかなくなった。

 きっかけは今日の朝。僕の職場である精神科に一本の電話がかかってきたことが始まりだった。電話の相手は件の学校の校長先生。なんでも、この病院へ来た五人と全く同じ症状の生徒が増え続けているのだという。

 僕はなぜだか嫌な予感がし、その学校へと向かった。

 結論から言うと、この行動は正解だった。

 生徒たちの症状が出始めたのが一週間ほど前。これは僕のところにこの学校の生徒が来始めた頃と一致する。

 僕は校長先生に頼み、念のため授業をしている環境を見せてもらうことにした。この提案は本当に念のためだった。特に意味もないなんとなくの提案だった。

 教室の前後に設置されている、小さなガラス窓の付いた木のドア。生徒たちの顔が見えるよう、前側の小さな窓から覗くと、そこには想像もつかないような光景が広がっていた。

 うつろな目をして目の焦点が合っていない生徒が数人。目の下に大きなクマを付けた生徒が数人。気だるげそうにぼーっとしている生徒が数人。先生にいたっては、そのすべてが当てはまっている。

 僕は急いで校長先生に、すべての生徒、教職員を対象にカウンセリングをしてもらうようにお願いをした。

 数時間にも及ぶカウンセリングの結果、全校生徒と教職員の約半数近くがなんらかの「気分障害」であるということが分かった。中には入院が必要なほどの人もいたという。

 しかし、ここまでの人数が一度に精神病になるものだろうか。それも同じ場所で。

 僕は病院に戻り、この現象をカルテにまとめていた。その中で、僕の頭の中にふっと一つの単語が出てきた。

『ミラーニューロン』

 ミラーニューロンとは、神経細胞の一つで、共感細胞と呼ばれるものだ。

 例えば、あなたは映画やドラマを見て涙を流したことはあるだろうか? 笑ったことは? 怒ったことは? 何かを見て感情移入をしたとき、または共感したときには、ミラーニューロンが関係しているといわれている。

 そして、ある研究ではポジティブな感情よりも、ネガティブな感情の方が伝わりやすいという結果が出ている。

 一つの仮説が僕の中で小さくうごめいていた。

~三年後~

 僕の仮説はあっていたらしい。

 仮説というのは、心の病気の感染というものだ。

 例えば件の学校の場合。調べによると、一番最初に精神病になったのは、僕が教室で見た先生らしい。そして、僕の病院に一番最初に着た生徒。その生徒は精神を病んでいた先生と仲が良く、いつも一緒にいたそうだ。次はその生徒と仲の良かった生徒が感染という風にどんどん広がっていった。と考えられる。

 ただ、この一例だけでは確証が薄かったため、三年をかけて世界中を飛び回り、確証にいたるまでの物証、そして研究を重ねた結果、心の病気は感染するということが分かった。


 そして僕は、この感染症の名前を

『心感染(しんかんせん)』

と名付けた。


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