よもやま話

『次の杜人発の電車は——』

 駅のアナウンスが流れる中、切らせた息を落ち着けながら駅内モールのベンチに腰を下ろす。

 時間は調べていたはずなのに、まさか臨時運行で発車時刻がずれるなんて思わなかった。ちゃんと間に合いはしたが、東京行きの初日から幸先が悪い。あっちの高校は寮住まいだけど、変な人と会わなければいいけどな……。

 スマホを取り出し時間を見ると、まだ発車時刻までは少しある。少し休んでからホームに入っても問題なさそうだ。

 そう思いながら、スマホの動画アプリを起動する。

 全開ヒーロークラブ。何度かの名称変更をしつつもいまだ根強く残っている古今東西、今と昔の特撮ヒーロー達の勇姿を集めた特撮ファン必携のアプリだ。

 見るのはもちろん今放映中の最新作——といきたいところだけど、どうにも更新がされていないらしい。

 調べてみると、そもそも今日は放送自体が休止らしかった。情報はチェックしてたはずなのに……またまた幸先が悪い気がした。

 仕方がない。ないものはねだってもしょうがないし、他のを見て時間を潰そう。

 どれにしようかと画面をスクロールしていく。

「……お」

 ふと目に留まったタイトルをタップする。

 つないだイヤホンを耳にはめて。再生ボタンを押した。


『銀河警視ギャンバーン』


 けっこう前のタイトルだけど、何故だか気になってしまった。銀河警視シリーズは根強い人気シリーズだけど、ここ数年は新作は発表されていない。

 その原因はこのギャンバーン放映中に現れたこの杜人のローカルヒーローが原因で起こった路線変更が原因とも言われている。

 実際にそのローカルヒーローが番組内に出演したわけじゃないが、そのヒーローが生まれる元になったネットの書き込みに影響された当時の脚本家がだいぶ番組のテイストを変えてしまったらしい。

 一脚本家がそんな番組の方針を変えることができるのかとも思うが、当時はちょっとしたプチブームみたいにもなっていてプロデューサー達もやってみるかとゴーしてしまったとか。

 それもネットで見つけた情報だし、事の真相は不明だ。

 ギャンバーン終了後も変わったテイストは後作品に引き継がれたんだけど……どうにもうまくいかなかったみたいで。

 それはともかく気になってはいたが、見ていなかったタイトル。これも何かの縁だし、これからチェックしてみよう。


『銀河の平穏はこのギャンバーンが守ってみせる!』


 テンプレ通りの展開とセリフ。目新しさはないけど、そのアクションとBGMは迫力がある。

 古き良きというか、忘れない懐かしさというか、そんなものを感じる。ていっても今年一六歳の僕にはそんな懐かしむ程の昔はないけれど。

 あるとすれば近所の喫茶店で働く橙子さん。憧れの年上のお姉さんに会えなくなるのは、ちょっと寂しい。……これも別に昔じゃなかったか。


「なーにみーてるの?」


 いきなり声をかけられて驚く。

 顔をあげると目の前にくりっとした大きな瞳があった。四、五歳くらいだろうか、幼い女の子の顔がじっとこちらを見ている。瞳もそうだけど、のばしたきれいな髪が印象的な子だった。

「……ど、どうしたの? 迷子?」

 思わずどもってしまった。こんな小さな子に人見知りするなんて……橙子さんに笑われちゃうぞ。

「ちがうよー、それよりなにみてるの〜?」

 僕の手にしたスマホに流れる映像を興味津々と、

じっと見下ろしていた。

「……え、と、銀河警視ギャンバーン」

 一旦再生を止め、イヤホンを外しながら答えた。

 こんな小さな女の子、昔の特撮ヒーローなんて知らないとは思うけど——、

「しってる! え、と……こう!」

 なんて思っていたら、予想外の答え。しかも女の子のとった動きは今まさに見ていた画面の中でギャンバーンがとった変身ポーズだ。

「も、もしかしてヒーロー好き?」

 思わず聞いてしまう。

「うーん……たまにみるよー」

 答えにがっくりきてしまう。

 そんな僕の様子が面白いのか女の子はけらけらと笑っている。

 その笑顔は不思議と魅力的で、大きくなったらニチアサでいけるんじゃないかな、なんてことを考えてしまう。

 いやいや、小さな女の子相手に何を考えてるんだ。

 それに何だか目の前の子が気になってもしまう。う、嘘だろ? 違うぞ、僕の好みは橙子さんみたいな素敵な年上のお姉さんなんだ!

 つい頭を抱えて悶えてしまうが、じっと見つめる小さな姿に我に返った。

「……そ、それでどうしたの? お母さんかお父さんは?」

「ん〜、どっかいった」

 それは……迷子では?

「それよりもそれよりも〜」

 いやいや、それよりもじゃない。


「おにいさん、なにかなやみごと?」


 こっちを無視して続けられた言葉に思わず、その顔を見てしまう。

「あたり?」

 なんでかにんまりと嬉しそうに首を傾げられた。なんだか、その仕草もやけに目を引いてしまう。

「いや……悩んでるわけじゃ——」

「じゃあ、しんぱいごと?」

 傾けた首を逆に動かし、見つめてくる。

「なんで、そう思う?」

「だって、おにいさん、さっきこーんな顔してた」

 女の子は自分で眉と口の端をぐいーと下げ、情けない顔を作ってみせた。……そんな顔をしてたんだろうか。

 けど……たしかに、慣れない場所で家族や見知った人とは離れて暮らすことに不安はあったのかもしれない。それに……寮住まいっていうのも。

「あたりだ〜」

 何が嬉しいのか、女の子は変わらず笑顔のままだ。

 なんだか、その表情に煩わしさを感じてしまって、

「ほら、おとうさんやおかあさんが心配してるよ。あっちに案内所があるから行きなよ」

 思わず冷たい言葉を口にしてしまった。

 言って、こんな小さい女の子に苛立ってしまっている自分が情けなくなる。

 余計にいたたまれなくなって、またイヤホンをつけなおした。けれど、それをいきなり後ろにまわった女の子が片耳だけ外してしまう。

「なに——」

「きをつけないと」

 いきなりの事に声をあげようとする僕の耳に、顔を寄せた女の子のささやきが聞こえた。

「そんな顔してるときちゃうよ」

 その声は幼いはずなのに、何故だかもっと年上の妖しさを持っているような、そんな錯覚を起こさせる。

「ほら、きをつけて。みんな、もういない」

 視線を向けると、そこに人の姿はない。

「ほら、くるよ」




 ——こいけがし——。




 ばっと背後をふり向くと、微笑む少女がそこにいた。

 何故だか、全身に冷や汗をかいている。

 それに身体の奥底から寒気が湧き上がって仕方がない。



「ほずみー!」



 呼ぶ声に我に返った。

「あ、おとうさん」

 少女は呼ぶ声の方を見ると、パッと表情を変える。年相応の嬉しそうな笑みを浮かべて、駆けだそうとする。

「あ!」

 と、何かを思い出したのか立ち止まって、また僕の方を振り向いた。

「いいことおしえてあげるよ」

 そういって女の子はいきなりポーズを取り始める。

 それは知る人ぞ知る、バイクを駆る仮面のヒーロー第一号の変身ポーズ。伸ばした片腕を大きく上へ半回転させ、勢いよく腕を左右の腕を入れ替える。

「へんしん!」

 そうしてかけ声をあげる女の子。いきなりのことに僕は恐らくきょとんとした顔をしてるだろう。

「こうするとね、元気がでるの。なんかね、あたらしいことする勇気がもらえるよっておそわった」

 そして、にかっと笑う女の子。

「さっきのはいまのをいうための『ひき』。おはなしには『ひき』がだいじっておそわった」

「はは……ひき、ね」

 とすると、たしかにその『引き』はとても効果的だった。

 なんてことはない。周囲にちゃんと人はいるし、こいけがしなんてどこにもいない。さっき人の姿が見えなかったのはたまたま視界に入らなかっただけの話。

 ちなみに『こいけがし』っていうのは杜人の昔話にある土地神の名前だ。良い心を持っていると恵みを、悪い心を持っていると災いをもたらすみたいな子供に言い聞かせるための昔話によくあるタイプのやつ。

 ちなみに毎年お祭りをやっていて、その時には山の上の社で神楽が行われたりする。この土地を見守る神様に感謝を伝えるための舞。

 ついでに言うと、例のローカルヒーローは元を辿るとその神様の姿の一つのことじゃない、みたいに言われているのだとか。

「おにいさん、なんて名前?」

 またも突然の質問だ。

内明ないあ。内に明るいって書いて——って言ってもわかるかな?」

「ないあ-、じゃあまたね」

 独りごちる僕を無視して、名前だけを聞いた女の子は駆けていってしまう。

 小さい背中の向かう先、男性が一人こちらを見ていて、軽く僕に頭を下げてきた。もしかすると相手をしてくれていたと思ったのだろうか。

 近づいた女の子と二言三言、言葉を交わしてから手をつないで歩いていく。

 なんだか……不思議な子だった。

「あの子は……ほずみっていうのかな?」

 さっきの父親らしい人が呼んでいた名前を思い出す。

 やっぱり不思議と頭から離れない子だ。

「いやいや、僕の好みは——ってそろそろ行かないと」

 なんだかんだしている内に発車の時間が近づいていた。立ち上がって、キャリーバックを引き始める。

 改札を抜けようとして、ふと振り返る。

 今度、帰るのはたぶん夏休みにでもなるだろうか。

 不思議と、駅に来るまでの不安は薄れているような気がした。

「変身……変身、か」

 うん、悪くない。新しい場所で新しい自分に。そんな僕にはぴったりかもしれない。

 もしも、また不安になるようなことがあれば心の中で唱えてみよう。さすがに口に出すのはちょっと恥ずかしいから。



 してやられたね。僕が驚かされるなんて。



 そんな考えが頭に浮かぶ。どうして、そんなことを考えたんだろう?

 まぁ、いいや。それより今は電車に遅れないように急ぐのが先決。


 わからない明日をどう生きる?

 そう考えるのがちょっと楽しみになれた。


 今度帰ってきたら、お礼を言いたいな。

 そんなことを考えながら、街の外へと続く改札をくぐった。

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