2-7 もしかして、照れてる?
その言葉を聞いた瞬間、優姉の身体は動いていた。
まったくの迷いのない動作で腕をつきだし、その時にはすでに肘から先は抜き身の刃に変じている。
声を出す暇もなく、優姉の刃が巫の首筋に添えられていた。
首をはねる寸前で止められた刃に、巫は少しも動じている様子はない。
「それが貴方様の『鬼』でございますね」
確認するような巫の言葉に、優姉は答えず、その目には本気の殺意が浮かんでいた。
「ゆ、優奈……」
そらは止めようと巫と優姉に声をかけようとするも、言葉がでない様子だった。
「それを頼んだのは私だよ」
そこに意外な声がわってはいってきた。
「優奈、君や君の両親達に息子が死んだと思わせるように私が頼んだんだ」
「あなたが……?」
意外な言葉に優姉が刃をひいて、母親を見る。
「とりあえず姿を見せてくれるか。今のままじゃ私は姿も見えないし、声も聞こえない」
そうとは思えないような言葉を返しつつも、優姉のいる場所とはまったく違う方向に話しかける姿は本当に見えても聞こえてもいないんだろう
一瞬、巫を横目に見つつ、優姉は変じていた腕を元に戻す。
「あぁ、そこにいたのか。やっぱりいきなり消えて、またいきなり現れるのはなれないものだね」
「それよりもさっきの話は本当ですか?」
優姉の鋭い視線が今度は母親を射ぬいている。
事と次第によっては、といったすさまじい威圧感を放っていた。その迫力にそらも顔を青くしている。
「ああ、本当だよ」
「なぜ?」
「君のためだよ」
その答えに優姉はわずかに戸惑った様子を見せる。
「仮に勇悟が眠り続けているという正しい記憶を持っていたとしよう。きっと君や君の家族はいつか息子が目覚めるとずっと待っていてくれただろう。それはとても感謝すべきことだ。息子を本当の家族と思ってくれている証拠だからね」
強い怒りを宿した瞳を、俺の母親は視線をそらさず受け止め、言葉を続ける。
「だがね、それはきっと鎖にもなったはずだ。君の両親は悲しみながらも日常を生きるだろう。けど、優奈、君は違ったろうね」
「何が違うと?」
「君はきっと眠り続ける息子に寄り添い、ずっと囚われつづけていたはずだ。それこそ大事な弟があんな目にあっているのに自分はのうのうと日々を過ごしている、とね」
「それのなにが悪いというのですか? たとえ私が思い悩んだとしても、ゆうが死んだと思わされるよりは何倍もそちらのほうが良い!」
「その時、君は今と同じ君でいられたか?」
優姉の叫びにその声は動じていない。
「今の君があるのは勇悟が死んだと、ひとつの区切りがあったからこそじゃないか? 悲しくつらいが、すでに届かない存在だからこそ、自分を奮い立たせ今までの君があった。私の予想だと、もし正しい記憶を持ったままだったなら、君はずっと息子の眠っている病院に入り浸っていたはずだ。それ以外のすべてを拒んでこもっていたろうさ。君は本当に心根が優しくて、年齢相応に脆い」
「あなたに――!」
「やめろ」
叫びそうになった優姉よりはやく、俺の声が母親を制していた。
「これ以上、俺の姉ちゃんを馬鹿にするな」
言葉どおり、これ以上は我慢ならなかった。たとえ実の母親であってもここまで俺の姉ちゃんを苦しめて良いはずがない。
「……まったくどっちもどっちだな」
母親が大きくため息を吐く。
「しかしだ、そんな君がいたからこそ今の息子がいる。私は本当に感謝しているんだ」
それからどこかばつが悪そうに言葉を続ける。
「そんな君に未来を閉ざすようなことをしてほしくはなかった。私の息子が原因ならなおさらだ」
それまでそらさなかった視線を明後日の方向に向けている。
「お前だってそんなこと嫌だろ?」
それが俺に向けられた言葉なのはすぐわかった。
「……まぁ、それはな」
それきり沈黙が室内に流れる。
「……もしかして、悠子さん、照れてる?」
そんな気まずい空間で口を開いたのはそらだった。
いや、まさか、今までの流れでそんな。しかも、あの母親が――。
「……わざわざ言ってほしくはなかったな」
ぼそぼそとつぶやき、懐から取り出したタバコに火をつける母親。
「こちらは禁煙でございます」
巫に連れ添い、今まで口を開かなかった女性がそう言った。
渋々と口をへの字にしながら携帯灰皿にタバコを押し付ける母親。
……今までの全部が照れ隠し? だとしたらわかりにくいし、はた迷惑なことこの上ない。
母親の様子に毒気を抜かれたのか、納得いかなげではあるがさっきまでの威圧感は優姉からなりを潜めていた。
「つまり……悠子さんは優奈が心配でお願いしたってことですよね」
「……うん、だからわざわざ言葉にする必要なんてないんだよ」
「それでゆうも目が覚めて、いろいろあったけど今こうしてちゃんと一緒にいられる。なら! それで全部オールオッケーだよ!」
ね! とそらが俺を見ながら笑顔を浮かべる。
「そうだな……とにかくなんとかなったわけだし、ちゃんと皇の家にも帰れるようになったし、俺は問題ない、か」
やり方はまずかったが、要は優姉を思っての行動。この母親のことだから、それだけではないのかもしれないが、今はいい。
「優姉はそれじゃダメか?」
俺の問いかけに優姉はしばらく黙る。
「……そんな言い方はずるい」
ぼそっとつぶやきながらそっぽを向かれた。ついでにバシッと横腹に一撃。……けっこうな威力でとても痛い。
「よろしゅうございますか?」
それまで無言で事の成り行きを見守っていた巫が口を開く。
そういえばすっかり忘れられていたが、本題はここからだ。
「皇様、貴方様は穢れより得し鬼の力を如何様になさるおつもりか?」
「無論、私も戦うために」
優姉の言葉に迷いない。そして、そこにあるのはさっきまでの苛烈な怒りでなく、ただまっすぐな決意を感じさせた。
「穢れと相対せしは苛烈極まるもの。鬼を得られたとはいえ、尋常の
その言葉は優姉だけでなく、俺やそらにも向けられている気がした。
だが、前に口にしたことを変えるつもりはない。
それはそらも同じと、真っ直ぐに巫を見る表情を見ればわかった。
「なら試すか?」
まるで挑発するかのような――いや実際にそうなのだろう――言葉を優姉が口にする。
「私の実力を危ぶんでいるんだろう? なら見てみればいい。百聞は一見に如かず、だ」
巫がそうであるように、優姉も白布で隠されたその下を推しはかろうとしている。
珍しく挑戦的な――いや勝負事が嫌いではない優姉だ。実は今の状況を楽しんでいるのかもしれない。
「……承知いたしました。貴方様に言葉は不要の御様子。然らばこの身にて貴方様の鬼をお受けいたしまする」
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