トシが離れた近所の子 ~年下JKとの合法的な付き合い方~

かがみゆう

re第1話

 いつの間にか、大人になっていた。


 都内の私立大学を卒業後――

 K県ローカルファミリーレストラン『エンジェリア』に就職。

 研修を経て、宣伝企画部に配属される。

 配属後、期間限定メニューや外部メーカーとのコラボメニューの企画と宣伝に従事する。

 入社直後から華やかな仕事に就いたわけだが、そもそもエンジェリアが大きな会社でもないというのと。

 高校一年から大学卒業まで七年の店舗バイト経験があり、しかも企画部の上司はそのバイト時代の店長でもあった。

 さらに社長が、若手にもドンドン仕事をやらせろというフトコロの大きい人でもある。

 ただまあ、その分、若手だろうと甘えは許されず、仕事には常に緊張感がつきまとう。

 そんな会社に入って三年が過ぎ、二十六歳。

 バイト店員時代から数えれば、なんと十年目。

 ただし、会社的にはもちろん若手。

 以上、簡単ながらこれが俺――水元みなもとひかるのプロフィール。

 そのはずだったんだが――


「店長、ですか?」

「ああ、悪いな。前店長が急に一身上の都合で退職してな」

「はぁ……」

 朝イチで上司に呼び出されたかと思えば。

 唐突に、店舗に異動――しかも店長になれと言われれば、ぽかんとしてしまうのも当然だろう。

 ファミレス店長の仕事は激務で、急な退職はたまにあることだ。

 特にエンジェリアでは店長の裁量が大きい――

 逆に言えば、店長に任されている役割が多すぎる。

 店を仕切りつつ、もちろん接客や清掃も行い、時には調理をすることまである。

 エンジェリアは夜十時までの営業だが、帰宅は午前零時を回ることも珍しくない。

 俺は古参バイトだったので、店舗での仕事についてもよく知っている。

 だからこそ、畑違いの仕事を押しつけられることになったんだろうが。

「店長といっても、一号店だ。水元、一号店の店長って意味はわかってるな?」

「はい」

 エンジェリアは県内に十一の店舗がある。

 社長はその中でも最初の店舗、一号店の営業を重視している。

 今は一号店より規模の大きい店はあるし、立地が特に良いわけでもない。

 ただ、社長はみずからが初代店長を務めた一号店への愛着が強いらしい。

 つまり――

 一号店の店長になるということは、

「俺も一度、一号店の店長は経験してる。ま、その頃とは状況も違うがな」

「え? それはどういう……」

「気にするな。おまえは普通に店長をこなせばいい。激務ではあるが、難しくはない」

「はぁ……」

 矛盾するようだが、店長がやるべきことはだいたい決まっている。

 企画や宣伝には正解がなく、過去の成功例を踏襲したガチガチに手堅い企画が大コケすることもある。

 それを思えば店舗を回すくらいは楽、ということなのだろうが――

「あと、おまえ正式な所属は宣伝企画部のままだから。こっちの仕事も続けてもらうぞ」

「…………え?」



 そんなわけで。

 実に中途半端な状態のまま、入社三年を過ぎたところで部署が変わることになった。

 いや、部署はそのまま――なんと言っていいのか。

「ふぅ……」

 朝起きて、パンとコーヒーで適当に朝メシを済ませてから。

 念入りに顔を洗い、歯磨きをしてから、洗面台の鏡でネクタイを結ぶ。

 店舗勤務では制服を着るのだが、バイト時代じゃあるまいし、社員がカジュアルな私服で出勤するわけにはいかない。

 当然、スーツにネクタイが基本となる。

 宣伝のほうの仕事で急に本社から呼び出しがかかることもあるしな。

「さて、行くか」

 上着を着て、玄関へと向かう。

 我が家は、父が建てた一軒家だ。

 俺は今年、二十六歳になるが、恥ずかしながらまだ実家住まいだ。

 母親は早くに他界したので、子供の頃から父と二人で暮らしている。

 父はバーテンダー、つまり夜の仕事なので朝帰ってきて夕方に出て行くサイクルだ。

 俺とは生活のサイクルが完璧にズレているので、何日も顔を合わせないことも多い。

 生活自体は、ほぼ一人暮らしなんだよな。


 きちんと戸締まりして、家を出た。

 外はあいにくの天気で、本格的な雨が降っている。

 俺は素早く移動して、横のガレージで車に乗り込む。

 昨年、無理して一括で買ったN-BOXだ。

 デート向きの車ではないが、実用性が高いので気に入っている。

「こりゃ今日は一日雨だな」

 ワイパーを動かしながら、車を発進。

 本社勤務の頃は電車通勤だったが、店舗勤務では車通勤できるのが便利だ。

 朝の通勤ラッシュを避けられるのは素晴らしい。寿命が伸びそうだ。

「…………」

 俺はハンドルを切って、慎重に細い道に入る。

 数秒走ると――

「あ」

 とある家の門から、一人の少女が出てきた。

 長い黒髪に、すらりとした長身。

 高校の制服姿で、彼女は空を見上げながら傘を広げようとしている。

 傘を差したところで、彼女もこちらに気づいたようで顔を向けてきた。

 俺はその家の門前でゆっくり車を停め、窓を開ける。

「よう、紫香しいか

「おはよ、ヒカにい

 少女が窓から車内を覗き込んでくる。

「紫香、今日は早いんだな」

「遅くなると、バスが馬鹿みたいに混むんだよ」

「なるほどな……まあ、乗れよ」

「ラッキー♡」

 少女――紫香は嬉しそうに言って、ドアを開けて乗り込んでくる。

「おい、後ろに乗ってもいいぞ?」

「前でいいじゃん」

 紫香は気にせずに助手席に座った。

 後ろのほうが広くて座りやすいのだが――まあ、紫香の勝手か。

 この女子高生の名前は、若藤わかふじ紫香しいか

 ウチの近所に住む、昔からの知り合いの子だ。

 この春から高校生の十六歳。

 俺から見れば、ちょうど十歳年下ということになる。


「助かったー、雨の日のバスは嫌いなんだよね。混むし、ジメジメしてるし」

 紫香は普段、自転車で高校に通学している。

 雨の日はもちろん自転車は使わず、バスで通っているのだ。

「ちゃんとシートベルトしろよ。出すぞ」

「うむ、よきにはからえ」

 紫香はふざけて言い、俺は苦笑しながら丁寧にアクセルを踏む。

「でもヒカ兄、わたしの学校寄ってて、大丈夫? 遅刻しない?」

「たいして変わらん。ウチの店、おまえの学校からそんな遠くないしな」

「あー、もしかしてウチの生徒、ヒカ兄のお店によく来る?」

「いや……」

 ちょうど信号待ちで、俺は車を停めてからちらりと横を見る。

 紺色のブレザーに白いブラウス、胸元の黄色いリボン。

 それにチェックのミニスカート。

 よくあるタイプの制服だが――

「ウチの店ではあまり見ないな。たぶん、学校のもっと近くにもう一軒ファミレスがあるからじゃないか?」

「あー、あるね。カフェもあるし、そっちに流れてるのかも。ヒカ兄のお店、危うし」

 紫香はくすくすと楽しそうに笑っている。

 あまり笑い事でもないが。

 一号店の店長が出世コースといっても、万が一店を潰しでもしたら俺も潰れる。


「今度、紫香が友達引き連れて店に来てくれよ」

「店長さんがサービスしてくれんの?」

「そんな権限はないな」

「ていうか、わたしがお店行っていいんだ? 恥ずかしくない?」

「別に。金さえ払ってくれりゃ、誰でもお客さんだ」

 信号が青に変わり、車を発進させる。

「わたしもまだ友達少ないからなあ。同中の子も少なくて」

桜蝶おうちょう女子はけっこうレベル高いもんな。よく受かったもんだ」

「ヒカ兄は知ってるでしょ、わたしは――

「……そうだったな」

 紫香が通う高校は“桜蝶女子”といって、このあたりでは有名な女子高。

 偏差値が高く、人気も高いので今時では珍しく倍率も高い。

 紫香の成績的には厳しいと言われていた受験を、着実な努力で見事にクリアしていた。

 確かに紫香は、やるときにはやる――やるべきと決めたことは必ず達成する。

「まあ、もうちょっと頑張って友達増やすから、それまで待ってて」

「馬鹿、冗談だよ。紫香が無理して来なくても潰れやしない」

 紫香はこの春――ほんの一週間ほど前に高校に入学したばかりだ。

 まだ友達が少ないのも仕方ない。


「しかしなあ、紫香ももう高校生か」

「その台詞、何回も聞いたよ。受験に受かったんだから、そりゃ高校生になるって」

「そうだけどな」

 また信号待ちになり、俺は横目で紫香を眺める。

 中学の頃に紫香はすくすくと背が伸び、今は170センチほどあるらしい。

 しかも手足が長く、全身がすらりとしている。

 ミニスカートから伸びる脚も、ほっそりとしていて――

「あ、えっち」

「馬鹿、制服を見てただけだ」

「それがえっちなんじゃん」

「世の中、どんどん厳しくなるな。見ただけで怒られるのか」

「冗談、冗談。好きなだけ見ていいよ」

「好きなだけねぇ……つーか、やっぱスカート短いよな」

「そう? 普通だよ、普通。ちゃんと見せパンもはいてるよ」

「お、おいっ!」

 紫香はいきなり、スカートをぴらっとめくった。

 太ももが完全に剥き出しになり、パンツ――じゃなくて、黒いスパッツが見えた。

「だから、見せパンだってば」

「だからって、スカートをめくるな、スカートを!」

「え~? こんなガキのスカートの中でそこまで動揺しなくてもさあ」

 紫香は、ニヤニヤと笑いながらスカートを戻した。

「動揺してねぇよ。はしたないからやめろって話だよ」

「ハイハイ、ごめんね、パパ」

「パパやめろ」

 歳が離れてるって言っても、十歳差だ。パパはない。

「まったく……高校になった途端、スカート短くしやがって。俺は心配だよ」

「痴漢とか? わたし、自転車通学だし、全然大丈夫」

「ミニスカで自転車もジロジロ見られるよな」

「ホント、ヒカ兄って実はわたしのパパ? なんでも心配すんじゃん」

「いいだろ、ガキの頃から知ってりゃ心配にもなるんだよ」

 俺は苦笑いして、信号が青になり、また車を発進させる。


「まだおまえの高校の制服姿も見慣れないんだよな。ついこの前、中学生になったと思ったら、もう高校生なんだもんな」

「感慨深いってヤツ? それを言うなら、わたしもだけどね」

「どういうことだ?」

「ヒカ兄が車運転してるのがさ。なんか、まだ違和感あるね」

「何回も乗ってるだろ。なにを今さら」

 とはいえ、俺は運転免許自体は十八歳で取ったが、自家用車を運転するようになってから、まだ数ヶ月だ。

 練習も兼ねて紫香を何度か乗せて買い物に行ったりしたが、彼女が違和感あるのも当然かも。

「あんなに小さかったヒカ兄が、車を運転するようになったんだもんね」

「おまえは俺の保護者か?」

 紫香は近所の子供――

 俺は紫香が赤ん坊の頃から知っている。

 十歳年下の紫香にとって、物心ついた頃には俺は既に中学生だった。

 ただ、紫香にはまだ俺が学生のように思えているらしい。

 もっとも、紫香を赤ん坊の頃から知ってる俺には、成長した姿への違和感は大きい。

 互いに制服を着たり、車を運転したりでいちいち感慨に耽ってしまうわけだ。

 十も歳が離れていれば、お互いに驚くような変化がある。

 同い年、近い世代の“幼なじみ”だったら、こうはならなかっただろう。


「ああ、そろそろ着くぞ。このあたりでいいか?」

「うん、ありがと、ヒカ兄」

 桜蝶女子が車の送迎禁止というわけではないが、あまり校門前で目立つのもよくない。

 俺は校門から一〇〇メートルほど離れたところで車を停める。

「ところでさ、ヒカ兄」

「ん?」

「わたしがバスで登校するのわかってて、ウチの前に来てくれたんでしょ? ヒカ兄の出勤ルートじゃないもんね」

「……別に、このくらい。寄り道ですらないだろ」

 確かに俺は、最初から紫香を送ってやるつもりだった。

 高校生にもなった相手に甘やかしすぎだと言われたら、そのとおりだろう。

「ふふん、過保護なんだから、ヒカ兄は」

「うるさいよ。ありがたく親切を受け取っとけ」

「はいはい、ありがと、お兄様」

 ははは、と笑って紫香はドアを開けて車を降りた。

 傘を広げ、車のそばに立っている。

「…………? 紫香、どうした?」

 車のそばに立つ紫香は――やはり、昔とは違う。

 こいつを赤ん坊の頃から知っていると、身長170センチの身体が嘘みたいに思えてしまう。

「んーん、なんでも。行ってきます」

「ああ、勉強がんばってこい」

「はぁーい」

 紫香は車のドアを閉めると、たたっと駆け出して――

 すぐに立ち止まると戻ってきた。

 俺は、助手席の窓を開けてやる。

「なんだ、まだなにかあるのか?」

「んー……」

 紫香は、窓に顔を突っ込んでくる。

 思わず、ドキリとする。

 紫香は長身なだけでなく、そのスタイルに似合った大人びた美貌の持ち主だ。

 決して派手ではないが、顔は驚くほど整っている。

 赤ん坊の頃から目鼻立ちがくっきりしていて、可愛かったが――その美貌は中学時代から急速に色気を増した。

「あのさ、ヒカ兄」

「なんだ?」

 動揺を抑えつつ、聞き返す。


「わたしさ、ヒカ兄のこと、好きなんだよね」


「…………」

「そんだけ。そろそろ言っとこうかと思って。わたしも高校生だし」

「……そうか」

「もちろん、やるときはやる女だから。ただ告っただけじゃ済まないよ?」

「……怖いな」

「怖いよ、わたしは」

 紫香はそう言って、にっこり笑うと。

「じゃあね、今度こそ行ってきます」

 車から離れて小さく手を振り、今度こそ校門へと駆けていった。

「…………」

 俺のことが好き、か。

 こんななんでもないタイミングで言ってくるとは。

 だが、そんなに驚きはない。

 もしかするとそうかもしれない、と思うことは何度もあったからだ。

 とはいえ――

 あれだけ美人に成長した女子高生に言われると、驚かざるをえない。

 だが、驚いてばかりもいられない。

 そうだ、相手は高校一年生。

 今年十六歳で、俺は社会人の二十六歳。

 大きな年齢差があって――

 だからこそ、俺にとって紫香は“トシの離れた近所の子”であり続けてきたのだ。

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