幻の未来と硝子玉

佐倉有栖

前編

 水色のビー玉の中で、逆さまに映る自分と目が合う。

 やつれていた頬に肉が戻ってきているのを感じ、近藤こんどう晴也はるやはほっと胸を撫で下ろした。


「お兄さん、自分の顔に見とれてるの? まあ、確かにイケメンだけどねえ」


 からかうような声に、晴也の頬が赤く染まる。

 着物をはだけさせ肩口を出した女性が、気だるそうにパイプを吸い込んだ。吐き出された煙からは、綿あめのような甘い匂いがした。


「違いますよ。ここに来てからやっと体重が戻って来て、顔にも肉がついてきたなと思って見てただけです」

「おや、お兄さんは病気だったのかい?」

「えぇ、暫く闘病してました」


 病室のベッドの上で、日に日に重たくなっていた体を思い出す。

 子供の頃から体を動かすことが好きでスポーツ全般が得意だった晴也は、学生時代は野球部に入って汗を流した。大人になってからも週に三日はジムに通っていたため、ガッシリとした体つきをしていた。

 あれだけ頑張ってつけた筋肉がどんどん落ちていくのは悲しかったが、今となっては遠い昔のことだ。体重が戻り、以前と同じように動けるようになったのだから、またトレーニングを開始すれば良い。

 筋肉を取り戻せるだけの時間は、たっぷりあるのだから。


「若いのに大変だったんだねえ」


 そう言う彼女だって、十分若い。どこか達観したような眼差しと落ち着き払った余裕から年齢不詳に見えるが、ピンと張ったきめ細かな肌が、まだ彼女が二十歳そこそこだと主張している。


「それで、今日は何をご所望かい?」


 晴也は水色のビー玉を棚に戻すと、照れたように微笑んだ。


「あの日の約束の続きを」

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