プロローグ

01 がんばれ

 

 

「佳奈、どうしたの。ブサイクな顔して」


「んぐっ……どうしたのって、何もないよ。お兄ちゃんの気のせいでしょ」


 うわ、露骨……。


「……何かあったでしょ?」


 母の料理を手伝いながら、ソファの座ってテレビを見つめていた妹へ声をかけた。

 普段と同じ姿、シャツのまま見ているチャンネルも大好きなお笑い芸人が視界を務めるバラエティ番組。だけど、ほんの少しの違和感を感じたのだ。


「んー……明人にはそう見えるのね……お母さんは分からないわ」

 

「いや、なんだろ……なんだか、いつもより大人しいし。なにより、綺麗にするなぁって」


 隣で料理をしている母が不思議そうに僕と妹を交互に見つめ、そうかしら、と悩むように人差し指を唇にあてがった。僕も気のせいだと思っていたけど、どうもおかしい。

 あ、いや。いつも妹が綺麗にしないとか大人しくないとかそういうのではなく。

 妹によって綺麗に整えられていた居間のテーブル、そして綺麗にたたまれている制服の上着。それがどうしたと、気が向いたからやったのではないか、と。そうかもしれないが、いつもの様子に少し青みが帯びた雰囲気があるような気がするのだ。


「……気のせいだよ。別に、普通」


 あーーー、いや、確定だ。普通じゃないなコレ。

 隠しているつもりなんだろうけど、明らかに気分が落ち込んでいる様子。

 チラと母さんの方を向いて、料理を中止して佳奈の元へ歩いて行き頬をムニっと掴んだ。


「ひゅ!? な、なに?」


「兄さんの前で隠し事か~? お見通しだぞ。学校で何かあったでしょ」


 口をすぼめている佳奈は視線を気まずく外した。そして、観念したように口を開いて。


「……仲間外れにされて……また、虐められて――」


「よし、じゃあ殴り込みに行こう」


「えっ!? な、なんで」


「大事な妹を傷つけたんだ、当たり前だ。で、誰? 誰がやったの、そいつの住所は? 兄ちゃんがぼっこぼこにしてやるから」


「い、いいよ……そんな、私が悪いんだから」 


 と、グッと僕の袖をつかむのを小さな手を上から包み。


「そんなことない。うちの妹が虐められるようなことはしない」


 なんとも馬鹿親ならぬ馬鹿兄だが、そんな言葉は頭の片隅にも置いてない。これは場しのぎの言葉でない、本心だ。

 それでも、私のせいだから、と言い張る妹に対して「じゃあ、どんなことをしたの」と聞いたのは当然の流れだった。

 とても言いにくそうに口をつぐみ、後ろにいる母親や僕の顔を見つめて、反省するように顔をゆるりと下げた。


「告白してきた子を振ったの」


 そんな理由で? と、頭に浮かんだが、次に佳奈が言った一言は少なからず母親には納得できる答えだった。


「――私は、兄さんが好きだからって理由で……それで」


 これは、虐められていた理由だ。


 親は神妙な雰囲気を作るか、元気出して、と励ますかの二つだろう。だが、後ろにいる母親は「あらっ!」とらしからぬ反応をして、僕と佳奈から刺さるような視線を食らって料理を再開した。

 兄、つまるところの僕を好きという理由で告白を断った。それで虐められている。

 これらの情報を中学生なりたての頭が処理できるわけもなく、湧き上がってくる妹への感情のまま手を握ってブンブンと振り回した。


「なら! やっぱり僕が佳奈を大事にする。何があっても僕は佳奈の味方だから!」


「ぜ、絶対? わたし、気持ち悪いって言われて……」


「大丈夫だよ。兄が妹を大事にすることなんて当たり前だろ! ほら、約束だ。虐められたら兄ちゃんがどこでも登場して成敗するし! 不幸せにしようとするやつがいたら、ぶん殴ってやるから」

  

 キョトンとした顔をして、やがていつものように晴れやかな笑みを浮かべた。

 

「うん……!」


 あら、青春だわ。そんな言葉が後ろから聞こえてきた気がした。


「ぜったい、佳奈を大事にするから――ぁ?」


 と、その見ていた光景が崩れていくように感じると同時に唐突の体の動きで目を覚ました。

 目の前に広がるのは満天の夜空。都会の空気に汚染されて満天というのは皮肉が混じっている気がするが、雲一つない空が広がっている。

 公園のベンチで寝ていた僕は、涎が口の端から出ていたのを啜り、手に持っていたハズの缶コーヒーが地面に転がっているのを無心で見つめる。


「なんだ……夢か。休憩のつもりが、寝ちゃってたみたいだな……」


 変な体勢で寝ていた体をバキボキと慣らし、缶をゴミ箱までもっていって公園の時計に目を向けた。

 

「二時前……? そんなに寝てたわけじゃないのか……」


 フラフラとした足並みで、公園を後にする。

 昔の記憶を懐かしむように口端に笑みを浮かべた。自分のすべきことを再確認した、幸せだった時の記憶も見れた、母親の姿も、妹の小さい姿も。全て、懐かしい。

 

「あとちょっとだ、頑張れ、僕」


 そう言い聞かして、自宅へ帰宅した。

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