? 転生者だからだ


 

 この状況を誰よりも高い位置で見下ろしている執行人は、手に持っている時計に目を向ける。

 定刻が近づいていることを確認し、ふむ、と小さい声で呟く。


「そろそろか」


 執行人は足元に置いていた大斧を持ち上げ、シトラスの首の上にすこし触れる形で空中に止めた。

 そこでシトラスの様子の変化に気づき、首を傾げる。


「……ぁ」


 先程まで光を見いだせていない状況下でも、生に縋っていた男が、何故、急に静まっている?

 執行人は目の前の男が生にすがることを諦めたのだと考え、定刻通りに首を刎ねようと――


「もしかして、アフィ……か?」


 聞こえた言葉に振りかぶろうとしていた斧を下ろす。そして、男が見つめている一点を辿っていく。

 シトラスは、執行人が思っていたように一時は諦めかけていた。

 諦め、顔を伏せていたところに、知った声が一瞬聞こえた気がして、そちらにゆっくりと顔を上げた。

 すると、そこには見知った顔が居たのだ。


「アフィ、なのか?」


 シトラスと目が合った女性は思わず顔をひきつらせる。

 自身の言葉に反応した女性を見て、知り合いだと確信を得たシトラスは必死に助けを求めた。


「アフィ!! 俺だ! 助けてくれ!!」


「あ……、シ……ト、ラス……? 何で」


「こいつらが勝手に、転生者だって! ……でもお前なら俺がそうじゃないって証言してくれるだろ!!?」


「えっ……転生者? シトラスが? 何かの間違い……だよね?」


 口々に罵詈雑言を言っていた群衆もようやく様子がおかしいことに気づき、段々と声のボリュームが小さくなっていく。

 静寂、というのには程遠い。が、声が通るようになった。

 それを見逃さないわけにもいかない。ここぞとばかりに既に枯れた声をさらに枯らして叫んだ。

 一気に注目を浴び、アフィは身をこわばらせ、唾をごくりと飲み、額に汗が伝う。


 その様子を見ていた執行人は、手に持っていた大斧を体の前に突き、男の顔面に蹴りを入れた。

 強引に黙らせ、斧を突いたことで注目をこちらへ集め、流れを引き寄せる。

 仮面下で不敵な笑みを浮かべ、執行人はその只人ヒューマンの女に問いかけた。


「君は転生者この男を助けるの?」


 執行人からの圧力的な問いかけに身を震わせ、その圧によろけ、後ろにいた獣人にぶつかって声が漏れた。


「あっ、えっ……何が……」


「僕は監査庁の人間さ」


 身元を明かし、状況の理解をさせる。

 監査庁と言えば、何が起こっているのかが分かるだろう。


「監査庁の人が、なんで……?」


「この男は転生者という素性を隠してこの世界に住んでいた。一緒にいた人たちに嘘を重ねながらね」


 いまだに状況が呑み込めていないアフィに対し、執行人は追い打ちをかける。


「この男は君や、君の友人を騙してたんだ。思い当たる節があるんじゃないかな。例えば、そうだね。歴史的な情報を含んだ会話が成り立たない、会話はできるんだけど文字が読めない、とか」


 執行人の言葉で、初めてシトラスと会ってから今までを思い起こす。

 文字が読めないと直接言われたことはない。しかし、数ある思い出の中で、食事処で注文する時にメニューを見ずに、よく食べるはずのシトラスが小食のアフィと同じものを頼んだことを思い出した。

 ――でも、そんなこと、たまたまの可能性もあるし……。

 勘違いだと思い首を横に振ると、執行人は言葉を続けた。


「転生者の特徴として、この世界にはない情報を持っているってことなんだよね。会話の中に聞いたことのない単語とか聞いたことないかな?」


 アフィは聞いたことのない言葉を初めて会ったときからよく耳にしていた。

 詳細を聞いてもはぐらされていたこと。その時はさほど気にしてはいなかったが、それが転生者の特徴の一つということなら……。


「後は、ステータスが特段何かに秀でている、とか」


 シトラスは、そうだ、彼は、確かに。

 出会って数年、自分はシトラスのスキルに助けられていた。

 階級も同じであったのに、何故か、普通なら使えないようなスキルを持ち、それで助けてくれていた。

 光が、なくなっていっている。そう感じ、焦りを感じたシトラスは苦痛に悶え、叫ぶ。


「アフィ! そいつの話を聞くなッ!!」


 しかし、シトラスの声はアフィに届かない。

 アフィは、うつむいて何かをブツブツと口にしている。

 ハハッと笑った執行人は、さらに畳みかけた。


「彼らは狡猾で、悪だ。騙すためならなんだってする。断罪すべき存在だ。君は騙されていいように隠れ蓑にされていたんだよ」


「そんなことしてない――アフィ!!!」


 届き、届かない。

 同じ場所にいるというのに、声量は上回っているはずなのに。

 執行人が声を出し終わると、アフィの周りにいた群衆も次々に声をかけ始める。


「お、お前……転生者を助けるのか?」


「そんなわけないだろ! 転生者は悪だ!」


「かわいそうに、監査庁様の言う通りあいつらに騙されていたのだ」


「優しく取り繕っていても、結局は我々を裏切る。人の皮をかぶった魔物モンスターも同然の存在だ」


 群衆から向けられる同情の声が、執行人の言葉で刺さっていたモノを更に深くアフィの心に刺し込んでいく。

 それは、シトラスとの思い出も、何気ない会話も、全て、転生者の条件と結びつけていった。


「シトラスは私を……利用して、転生者ってことを隠して、私と長い間一緒に……?」


 小さく呟いたアフィから涙がこぼれ、顔は伏せたままシトラスに向けて声を出した。


「……シトラス、私をだましてたの? 転生者って……」


「っ違う! 俺はそうじゃない!! お願いだ!! あんなに長い時間一緒に戦ってきたじゃないか」


「だったら何で!! あてはまるの!? 文字や聞いたこともない言葉。あれもこれも全部!! 考えれば考えるほど! あなたが転生者にしか思えなくなる!!!」


「っ……頼む……俺は転生者じゃないんだ……!」


 シトラスと研鑽してきた数年間は、転生者と一緒に過ごし、騙されていたという思い出にすり替わってしまった。


「転生者が嫌いだって、大嫌いなんだって話したとき、あなたどんな顔して聞いていたの? あの時、優しい言葉を投げかけてくれたことも全部嘘だったってことなの……?」


 かつての仲間が向けてくる、怯え、蔑みの感情が混じった表情。

 もう、シトラスの心は折れかかっていた。


「俺が転生者だったとしても、アフィと一緒に過ごした長い時間をすべて否定できるほどのモノなのか!? 俺はお前をだましてなーー」


「否定できるほどのモノなのか……って……?」


 ぷつん、と先ほどまでアフィにあった数あるうちの一つの感情が消えたような気がした。

 シトラスへ向ける表情が先ほどと変わり、群衆に似た憎悪を含んだ顔へと変わる。


「……私の兄さんと父さんは領土戦線に参加したって、言ったよね? 二人がいた所は転生者が漏らした情報で壊滅したって、いったよね……!!」


「だ、だとしても俺は転生者じゃないし、だったとしてもアフィの家族を壊した転生者じゃない!!」


 いまだ目の前にある光の存在を疑わず、必死に、かつて味方だった女性をこちら側の味方につけようとする。

 シトラスは、ただ、アフィと過ごした日々を否定されたくなかった。その、冷たい目を向けるのをやめてほしかった。


 しかし、自身の軽率な発言の結果。アフィは、シトラスが知っている“一緒に苦楽を共にした冒険者”ではなくなった。

 光だと信じていたものは、そこにはもう、ない。


「もういい……」


 アフィは呟く。

 伏せていた顔を上げ、涙をにじませながら群衆と同じ表情をシトラスに向けた。


「死んで?」


 次の瞬間、群衆の喧噪は復活。

 執行人は口笛を吹き、事の顛末に笑みが止まらない。


「女性を騙していたのか!!」


「転生者は我々を騙して危害を加える!! 殺せ!」


「殺せ!!」


「殺せ!!!」


 死刑台に再び向けられる殺意。


「かつての仲間だった女のお別れの言葉を聞いた気分はどうだ?」


 執行人は問いかける。

 しかし、男は頭を垂れて、問いかけに反応をしない。


「なんで……なん、で………?」


 斬首台に括り付けられているシトラスから、先程まで感じられた気力が無くなっていることに気づいた。


「あー……壊れちゃった?」


 どの言葉にも返事もせず、ただただ信頼していた人間に裏切られたことを認められず、混乱している。

 その様子を見て、執行人は手に持っていた大斧を振りかぶった。


「なんで……、アフィ……僕と君は……だって……そんな、嘘だ……嘘…………」


「何でって……、そんなわかりきったことを気にするなよな」


 執行人は巨大な斧を地面からひょいっと肩に持ち上げ、目下のシトラスに斧を構えた。


「でも、そうだな。疑問が残ったままの状態で殺すのもかわいそうだから、答え合わせ、しようか。ま、答えは至極簡単なことだけどさ」


 おどけた声を出すと同時に、構えていた斧を一直線に首へと振り下ろす。


「――お前が転生者だからだよ」


 鈍い音。

 液体が勢いよく噴出される耳障りな音。

 シトラスの首は切り落とされ、血が飛沫となって飛び散る。


 執行人の言葉はシトラスに届いただろうか。届いていたとしても、彼はそれを答えだと認めなかっただろうが。


 それでも、彼は殺された。転生者だから、という理由で。


 斬首台の床に血が滴る斧が深く突き刺さっている光景に、群衆は目を奪われ、少しの沈黙が訪れた。

 ややあって、我に返ったかのように群衆たちは歓喜の声を上げた。

 執行人への賛美、転生者が死んだことへの歓喜、転生者への侮辱。

 様々な感情が混じった声の中、アフィだけは、涙を流して膝から崩れ落ちた。


「あなたが転生者じゃなかったら、よかったのに」

 

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