転生者事変〜妹とただ異世界スローライフを送りたいだけなのに邪魔が多すぎます!〜
久遠ノト
第?章 ARCUS第四地区
? 理由なんてものは決まってる
男は、普通の生活を送っていたはずだった。
人生はもちろん順風満帆というわけではなかった。しかし、少なからずは満足はしていた。
第一創造神が創った世界の『地球』という惑星に生まれ、殺され、転生。
転生先の世界は以前いた地球とは全く異なる、科学ではなく魔法が使われるゲームのようなファンタジーの世界。
男はそのような環境に見事に適応、転生先の世界で徐々に名声を高めて行っていた。
三日前までは。
男は、捕まってしまった。
順風満帆な生活を送っていた男の元へと大挙して押し寄せた”ある組織”に強引に捕えられてしまったのだ。
その組織の名は、監査庁――数百年前の英雄たちによって設立された『世界平和』を
何故、その監査庁が男を拘束したのか。
それは『世界平和』と並んでいるもう一つの異質な理念を見れば明らかだった。
――『転生者の排除』。
その組織は転生者が過去に起こした罪を大罪とし、「転生者は世界を混沌に落とす存在である」と公言している。
なんと、歪な理念だろうか。
しかし、その世界には、その言葉を信じて疑わない妄信的で、盲目的な信者が無数に存在していた。
今まさに、群衆がこの広場に集まっている理由がそれだ。
「なんで……っ、俺は何も……!!」
監査庁が男を転生者だとつるし上げ、見世物にするように斬首台に括り付けたのが数分前。
既にその周りには人が溢れ、その者らは口々に身の自由がない一人の男に向けて言葉を投げつけていた。
「転生者に死を!!! 転生者には死をもって償わせろ!!」
身寄りのない老人が声を荒げた。
「俺は冒険者のシトラスだ! 転生者じゃない!! 信じてくれ!!!」
否定し、拘束されている体を動かす。拘束具がジャラジャラと擦れ、鈍く低い音が鳴り響く。
だが、その音も、男の声も、それよりも大きい声がかき消して街の広場の雰囲気を作り上げていく。
「ワシの息子を!」
「私の夫を!」
「僕のお母さんを!」
「俺の嫁を!!」
「「「「殺したのはお前ら転生者だ!」」」」
「転生者に死を!」
「転生者に死を!!」
「転生者に死を!!!!」
群衆から無慈悲な言葉を投げつけられながらもシトラスは、必死に白であると訴えかける。
「俺は何もしてないじゃないか……! この世界を救おうとしていたのに!!」
そうしながらも、広場に知り合いがいないか、と目を走らせる。
コレを眺めている者は多く、大きな広場はすでに満員。
それに加え、建物の窓から見下ろしている者や、食事処からこちらを見ながらコーヒーを啜っている者もいる。
知り合いを見つけることは至難の業。だからといって、大人しく死ぬ気などない。
誰か、誰でもいい。潔白を証明できる奴がいれば――……。
「醜いな」
斬首台に拘束されているシトラスに対し、大きな斧を片手に持っている者が呟く。
「お前は世界を混沌に落とす大罪人の一人だ、この世界の異質物は取り除かねばならない」
「っ……だから!! 俺はその異質な物ではないといっているじゃないか!」
じゃら、と煩く響く鎖の音。
シトラスは横に佇む男を横目で睨み、怒鳴るようにして言った。
「そ、そもそも! 俺が転生者だという証拠がどこにあるっていうんだ……!」
「ある」
空間を裂くような声。その言葉に絶対的な自信があり、決して揺るがないような。
同時、体を動かして叫んでいたシトラスの顔が強張り、体の動きが止まる。
「……嘘だ……お前、何を言って」
冷や汗が流れ出る。
何か証拠を取られたのか、そんなわけはない。だって、俺は。
こちらを見上げて静止したのを確認した執行人は、群衆に向かって自身の右手を上げ、指揮棒を振るかのような動きで静かにさせた。
先ほどまで喧噪状態であった広場が静まり返り、執行人とシトラスに注目が集まる。
「なにを、そんなわけあるか……。だって、俺は」
唇を震わせているシトラスを一瞥し、口端を――白い仮面によって遮られて見ることはできないが――上げる。
すぅ、と息を吸い込み、広場中に聞こえるような声量で。
「この男が、転生者だと決定づける証拠は――」
ぐっと間を置く。嫌な時間の作り方だ。
肝が冷え、緊張が最大限にまで高まる。
群衆の目は執行人から離れることはない。
シトラスがつばをゴクリと飲み込み、執行人の言葉を待つ。
そして、執行人は口を開き、
「監査庁が下した。ということだ」
と言った。
シトラスは耳に入ってきた言葉で、思考が止まる。
執行人の発言を疑い、今一度耳に入って来た言葉を繰り返す。
だが、頭で何度理解しようとしても、それは証拠と言えるものではなかった。ないと感じた。
「なんだそれ……? そんなのが証拠だぁ……? 馬鹿にするのもいい加減にしろよ!!」
ふざけるな、と唾を撒き散らしながら叫ぶ男。
当然、群衆が静まり返っているのも、それが証拠と呼べるものではないと思ったからだと思った。
しかし、まだ、執行人の言葉を続く。
「監査庁は全ての民を守るために設立された組織だ。そのため転生者を見つけるために入念に、徹底的に、素性を調べ上げている。一般の国民を誤って拘束してしまう事態は必ず避けねばならない。そして、その監査庁がお前のことをそうだと言い切ったんだ」
拘束されているシトラスの顔を覗き込むように身を屈め、つけている仮面をずらし、口元が見える形で下卑た笑みを浮かべた。
「だから、お前は転生者だ」
執行人の言葉が終わったと同時に、静寂を保っていた群衆が熱を持つ。
「そうだ!! お前は転生者だ!!!!」
「はやく俺たちの前から消えろ!!!」
監査庁が言うのだから仕方がない。
彼らは我々を守ってくれているのだ。
かの英雄が建てた組織が下した判断、それは絶対的なモノである。
群衆の中で、執行人の発言がおかしいと思う者はいなかった。
その群衆を目の前に、シトラスは血の気が引いていく。
誰かが声を上げてくれると信じていた。誰かが自分を庇ってくれると、守ってくれると信じていたのだ。
――何が、こいつらは、最初から、妄信的に従う狂信者でしかなかったんだ。
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