口下手A氏の夜勤明け家事

差掛篤

第1話

A氏は仕事から帰ると、いつもゴロゴロしていた。


仕事は夜勤の交替制、夜中は仕事で朝になると帰宅する。


夜勤明けと、その翌日は休みとなる。

つまりは休みが多い。


無表情で帰ってきて、シャワーを浴び、ゴロゴロと居間のカーペットに転がる。



無表情にボーと天井を見つめ、ただ寝転んでいるだけ。気まぐれに子どもと戯れる。



あくびをするA氏に妻が言う。

「疲れてるの?あくびなんて」


「ああ、疲れてる。ストレスも溜まっているかもしれない。ぼーっとしている」とA氏。


妻は笑った。

「よく言うわ。あなたがぼーっとするのは、いつものことじゃない。無表情もいつものこと」


「そうだったかな」A氏は笑顔になる。


「昨日はどんな仕事を?」妻が聞く


A氏は思い出すように目線を上げ、つぶやく。


「工事現場で…、暗い穴を覗いてた。異常がないか」


「なにそれ、穴を覗くだけ?なにかしないの?」


「特には…」


「またそういう、実態の不明瞭な業務なのね。いいわね、あなたのコンサルタント業って。その割に給料はいい。あなたみたいな人を『ブルシットワーカー』って言うってテレビで見たわよ」

妻が冗談めいて言う。


A氏は肩をすくめる。


「私はね、大病院で働いていたときなんて、一日中立ちっぱなしでぶっ続けで働いてたんだから。休みなく手を動かしてね」妻が自慢気に言う。そして大量の洗濯物が入ったかごを押し付けてきた。「私昼からパートなの、よろしくね。無理しないでいいから。あと、余裕があればお風呂のカビ取りお願い」


妻は仕事に出かけた。

子どもはお菓子をくれとパントリーの前で騒いでいる。


お風呂のカビ取りか。

余裕はなくてもやっておくか…。


A氏は本当に疲れていた。


実は彼、敵対的宇宙人の取り締まりを行うエージェントであった。


夜勤では、闇に紛れて悪事を働く宇宙人を駆除し、捕まえていたのだった。


前回も工事現場の穴を覗く…といえば簡単だが、実際は危険な任務だった。



人食い宇宙サソリが暴れまわり、工事現場に逃げ込んだのだ。

エージェント達は決死の思いで、配管用の穴の中に追い込んだのだ。


宇宙サソリは一つ妙な習性があり、A氏はその弱点を着いたのだ。


霊長類と目が合うと動けなくなってしまうという習性である。


だから、A氏はサソリが駆除されるまで、殺される危険と隣合わせになりつつも、穴の中の敵を見つめ続けたのだった。


A氏はその朴訥とした人柄と、無気力風な性質、元来の口下手から、妻に危険な仕事だと理解してもらえていない。


洗いざらいすべてを話せば、妻や子供の口から漏れて、逆恨みした宇宙人に家族が狙われる危険がある。決して話せない。



A氏は秘密を守りつつ、「防災関係のコンサルタント」と妻には説明していたのだ。


例えば

「ご飯を食べるロボットと会食した」とA氏が妻に話したとき…


実際は敵対的機械星人と、地球の所有権を巡り猛毒まんじゅうのロシアンルーレットをした。


「記憶力テストに参加した」とA氏が妻に話したとき…


人間は奴隷だと考えているゲム星人が、日本の所有権を巡って「円周率暗記比べ」を仕掛けてきて、A氏は受けて立った。


いずれも辛くもA氏が勝利し、人類の危機は救われ、事情を知る人はA氏は英雄だと褒め称えた。


こんな活躍が一度や二度ではなかった。


だが、朴訥なポーカーフェイスA氏は、何事もなかったのように定時に帰る。


その心は、緊張と疲労でクタクタだった。


だからA氏は何も考えず頭を空っぽにして休みたかったのだ…。


それでもA氏は妻子を愛していた。

だから、何も言わず、朴訥な寝太郎パパのままで振る舞うのである。


子どもに菓子を与え、お昼寝させてから、地球の英雄と呼ばれるA氏は風呂掃除の用意をする。


眼の前の敵は、浴室に巣くうカビ達だ。


A氏はため息混じりにひとり呟いた。


「やれやれ、これではゆっくり休めない。疲れて帰宅して、怒涛の家事や用事をこなす。これがこんなにも辛いとは…」


A氏は疲れを払いのけ、浴室へ入った。


もはや宇宙人との死闘を迎える夜勤を思うよりも……夜勤明けに待ち構える家事を思う方が、A氏にとって脅威となっているのだった。


【終わり】













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

口下手A氏の夜勤明け家事 差掛篤 @sasikake

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ