雛祭さんは楽しみたい 2
八時十分に空港に着き、待機。九時十分に飛行機は空港を飛び立った。
おれの隣には今度こそ快人が座っており、バス車内での山際さんとの会話をこと細かに説明されている。
「山際さん、今彼氏いないんだってよ。やばくね? どーすればいいと思う?」
「知らん……」
「おいおい、興味持てよ。興味あるフリだけでもしろ」
「虚しいことを自分でいうな」
「お前はどーだったの。昔なじみの女子と、それはそれは盛りあがっただろ」
「いや、途中からお互い、無言だったけど」
「は? ……ま?」
「マジだが」
「お前、何やってんの? 女子と隣同士で座ってるのに、無言とか、バカなの? しぬの? 会話がなくても会話しろ。むりやり用意しろ」
「お前はオタクのクセに、なんでそんなにモテたいんだよ……」
「ハイ、差別ー。オタクは恋愛に消極的とか、どこの時代の価値観ー? おれは、目覚めたオタクなんだよ。もう、りっぱな陽キャだ」
「じゃあ、ナイトプール行けんの」
「……はい?」
「原宿でナンパできんの。ナンパした女子をおしゃれなバーに連れて行けるのか」
「ははっ。いや、おれ未成年だし」
「女子が猫カフェ行きたいっていったら、女子そっちのけで猫にかまったりしないんだな? ちゃんと我慢して、猫を抱っこする女子のインスタ用の写真撮れるんだな?」
「うおーーーーーい。ごめーーーーーん、って。ないない。おれ、陽キャじゃないよーーー。謝罪会見します、申し訳ありませんでした」
飛行機はさっき飛びはじめたばかりだというのに、まわりのテンションはマックスだ。それは、おれたちも例外ではないようで。
事前に、機内でのマナーを指導されているので、大きな声での会話はないものの、ひそひそ声や、小さな笑い声は聞こえてくる。
おれたちの会話も、小声だがあまりしゃべると一般のお客の迷惑になる。うちの学校の評判にも関わるとのことで、あまり調子に乗るようなことはできない。
それでも、まわりの空気が浮きだしだっているのは、肌で感じる。
修学旅行、はじめての沖縄、女子との旅行、友達との思い出。
それぞれの思いを乗せて、これから三日間の修学旅行がはじまるのだ。
おれはつい、雛祭さんのすがたを探してしまう。ベルトをしているので、身を乗り出すことができず、見つけられなかった。
そういえば、みくりはどこだろう……と探すと、右ななめの奥の席で、山際さんとしゃべっているのが見えた。
さっきのあの、みくりの言葉は、どういう意味なのだろう。
あれから、おれたちは三十分ほどの時間を、無言で過ごした。
みくりも何もいわなかったし、おれも何をいえばいいのかわからなかった。
みくりのあれは、まさか告白―――じゃないよな。そんな感じの流れじゃなかったもんな。
おれの過去の話をして、それから……。
「おい、大知。聞いてんの?」
「え、なんだっけ……」
「まーじか。マンガみたいなボケだな」
「いや、本気で聞いてなかった」
「ガチ? だからあ。天野川さんと何も話してないのかって」
「あー。それ? 途中までは話してたけど」
「じゃあ、なんで無言になるんだって話よ」
「気まずくなったから、かな」
「気まずくって……おいおい、また女子とケンカかよ、お前は」
「ケンカなんかしてないんだが。早計だろ、失礼な」
「では、なんだっていうのかね。あーん?」
「……みくりが、『雛祭さんのこと、気になるのか』っていいだして」
「ほっほう」
突然、サンタみたいな相づちをうってきた、快人。これは、あからさまに「興味を持ちましたよ」と相手に伝えるときの、快人のやり方だ。
くそ、一から十まで話さなくちゃいけなくなったか。
「なんか、おれの陰キャ爆誕のプロローグ部分をしゃべりだして」
「ああ、ずいぶん前にいってたやつか。虚言陽キャ野郎の大暴れエピソード回」
「……おれは、みくりがこのことを覚えてたのもびっくりしたんだけど、それ以上に驚いたのが」
窓の外では、天気のいい空が広がっていた。
飛行機はすでに、雲の上を飛んでいる。
「みくりが、おれは陽キャ野郎なんかに、謝らなくていいって思ってたこと」
「……先生に謝れっていわれたから、お前は謝ったんだっけ」
「そう。でも、みくりはずっと、謝らなくていいって、思ってくれてたらしい」
正確には、その場でいってもくれてたんだよな。小声でだけど。
「ふぅん。めっちゃいい子じゃん。幼なじみポジション女子」
「ラノベみたいにいうな」
「いやあ、憧れるわ。幼なじみの女子」
「みくりはそんなんじゃない」
「お前への告白とか、ありえそうだけどなー。そこまで思ってくれてるのって、友情だけじゃないと思うぞー」
「なんか、さっきそれっぽいことはいってたけど、まあ……さすがにな」
「待て。さすがに、ってなんだよ。なんていってたんだよ」
「なんでお前に教えなくちゃいけないんだよ」
「はあ? ここまでいっといて、焦らしプレイはナシっしょ、先生」
「機内で変なこというな。あほ」
「では、お願いします。教えてください」
あーもー。恋愛脳だよな、こいつ。
快人は顔の前で両手を合わせて、懇願のポーズをとっている。最近は、YouTubeの猫動画でしか見たことのないポーズだ。まだ猫にポーズをキメられたほうが、気分がいい。
「……『昔から自分は、大知だけ見てる』みたいなことはいわれた」
「おい」
「マジで、そんなんじゃないと思うぞ。誤解するなよ」
「誤解も何も、そのものだろ。告白じゃん、そんなん」
「お前なあ、なんでもかんでもそういうふうに受け取るなよ」
「いやいやいや、お前それいわれて、ずっと無言で過ごしたの?」
「そうだが……」
「信じられない。女子の敵なんだけど。今すぐ、道頓堀に沈めるべきなんだけど、コイツ」
「おい」
「女心を何もわかってないクソゴミカスじゃん、キサマ」
「な、なんでそこまで……?」
あまりのいわれように、ポカンとしてしまう。
しかも途中からこいつ、女子目線になってなかったか。
なんで、コイツから『女子の敵』とまでいわれにゃならんのだ。
「道頓堀はきたないらしいから、やめてほしい」
「じゃあ、太平洋に沈めるぞ」
「規模をデカくするな。あと、わるぐちのIQ低すぎだろ。なんだよ、クソゴミカスって」
「お前のこと。告白をスルーする、最低男」
「なんでだよ。みくりが告白したってなんでわかるんだよ」
「したんだよ。お前が気づいてないだけなんだよ」
おれが、気づいてないだけ……。
それじゃあ本当に、みくりがあのあと、何もいわなかったのは、おれが何もいわなかったからなのか?
おれに告白をスルーされたと思って、何もいえなくなったのか?
そうだとしたら、さすがにひどすぎるよな、おれ。
「みくりに謝ったほうが、いいか」
「なんでそうなる」
「っえ?」
「あほなのか、お前。陰側に知性を吸い取られて、あほになったのか。あほキャラになり下がったのか」
「ののしる前に、説明しろ」
「お前がすべきなのは、天野川さんに返事をすること。『OK、つきあおう』または『ごめん、雛祭さんがすきなんだ』のみ。承諾か、振るか。どっちかのみ」
「……なんで、雛祭さんが出てくるんだよ」
「インド洋に沈めるぞ、知性をマシュマロに吸われし、モブが」
さっきから、暴言しか吐かれていないんだが。なんなんだ、コイツ。
「とにかく、わかったのか。天野川さんへの返事は早急にしろ、特急にしろ」
「みくりとおれが、付きあう……とか想像できん」
「……お前さあ、誰かをすきになったこととかないの?」
「リナとか……ノエルとか……ルリとか……」
「二次元じゃなくて、三次元ね」
「ナマモノか……」
「お前な、今いっちばん、いってはならん単語だぞ、それ。いちばんいうな」
恋愛なんて、生まれてこのかたしたことなくて、操作方法がわからん。攻略サイトもない恋愛なんて。
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