【超短編】したかった言い訳

茄子色ミヤビ

【超短編】したかった言い訳

 娘の遺体が見つかったのは、この島の住人が誰も近寄らない崖の下だった。

 当たり前のことだが当時のことを私はよく覚えている。

 しばらく見なくなった婆さんが家でおっ死んでたなんてことはあったが、若い島民が死ぬなんてことは滅多にないことであり…娘はこの100人にも満たない島でもアイドルのような存在だった。

 あれは私が自宅裏で軽トラを洗っていたときに、その知らせを駐在が届けに来た。

 顔なじみの駐在が自転車を乗ってきた勢いのまま投げ捨て、私の肩を掴み遺体を確認するように言ってきたのだ。

 そのままにしておくのはなんだと島唯一の診療所のベッドに娘は寝かされていた。

 周りにいた皆が誰も口を開かず、ベッドに向かう私の靴音だけが妙に響いた。

 そして私は顔に掛けられた白い布をとった。

 布の下の娘の顔を見た瞬間。私は口を抑えてうずくまった。

 半分は娘の顔だったが、もう半分はいつか道路で見かけたネズミの死骸のようだったからだ。これを初めて見つけた島の高校生たちは、二度と隠れ釣りスポットなど探すような真似はしないだろう…。

 事故なのか事件なのか?駐在が言うには台風の影響で船が遅れており、警察の到着はしばらくかかるとのことだった…島の人間は決して善良なだけの人間ではないが、子供を殺すなんてことは決してない。そう、島の住民なら。

  三日前から公民館に泊まっていた5人の大学生グループ。

 フィールドワークだなんだと言っていたが、それも初日だけであとは島の雑貨店で買い込んだつまみや酒で一日中騒いでいた。

 その中の1人、ヤナギモトという男がこの僅かな滞在期間にも関わらず島民からの評判が悪いことは私の耳にも入っていた。

 この島に来てすぐ私有地で小便をしたことから始まり、数少ない島の若い女性を片っ端からナンパし、浜辺には彼が飲んだ空き缶が散らかっていたりした。

 島の住人が注意すると、ヤナギモトという男はそのサークルののOBで、無理矢理付いて来た上に愛想をつかされ爪弾きにされているとのことだった。そして、私の娘と仲良くし島を案内させていたことも知った。

 島の皆もどこか殺気立っていたが…なによりあの時の私はどうにかしていたと思う。

 頭の中心が真っ白にだが、その外側が燃えているよう…人の話は聞こえなく、常に頭の中でグワングワンと音がしていた 

 そして本島からあと一時間もすれば警察が到着するというタイミングで、私はヤナギモトの腹を包丁で突き刺していた。



 久しぶり帰ってきた島は驚くほど変わっていなかった。

 私の方と言えばすっかり痩せこけたジジイになってしまっていたので、誰にも気付かれるはずもないだろうとタカを括っていたが、随分大きくなった土産物屋の娘さんにすぐに気付かれてしまった。

 島の皆はあの頃と変わらず優しかった。

 警察の捜査でヤナギモトが犯人だったという証拠は出てこず、警察の到着が遅れた原因である台風が、娘が落下した崖を崩してしまったものだから現場から何も出てこなかったというのだ。しかし大学生グループが「あの人なら悪ふざけをしていて、手が滑ってもおかしくない」と島の皆に言ってフォローしてくれていると刑務所に届いた手紙には書いてあった。

 私はつい40分前のことを思い出す。

 島に向かう船を待っていた時、事件を担当していた刑事に会った。

 なんでも私を待っていたそうだ。

 そして事件の答え合わせをさせてくれと…娘を殺した犯人である私を指さし、あの日私がしたことをまるで見ていたかのように話し、船に乗り込む私の肩を黙って叩いて去って行った。

 あれは事故だったんだという言い訳は、もう誰にも出来ない。

 





 

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【超短編】したかった言い訳 茄子色ミヤビ @aosun

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