星の黒猫(実録)

@yuimusubi

黒猫とやかんと。

あの朝

星空から落ちてきた猫に

私はどうしようもなく救われてしまったのだ。


指先かじかむ雪解け前。

午前7時をすぎた頃。

ひとり、またひとりと空に集う音がする。

沢山の風が吹く場所。

今日はその風にやけにあたりたくなくて、星の輝く空を睨んでいた。

暫く考えたあと雨の中で眠ろうかと、私は星達を諦めた。

そのとき空から、大きな黒猫が現れた。

きっとたまたま、だ。

けれど

「よければお茶をしませんか?」

気がついたらやかんを片手に話しかけていた。

「うん。行こう。」

差し出した手を握り返してくれた。

あたたかいもふもふ。

「好きな場所はありますか?」

行き先に迷い、訪ねる。

「星と月の砂漠が好きだよ。」

私は青い門に走り出した。

ここには私の好きなとっておきの場所がある。

星空がよく見える青い花々の丘。

私は手を離し、やかんの仕度をする。

猫は無言でずっと私を見ていた。

それがなんだかくすぐったくて、心地よく感じた。

やかんがシュッと音を立てる。

柔らかい香りのするお茶を取り分けて、腰を下ろす。

いつもの朝が嘘みたいに静かで、けれどなぜか満ち足りていた。

言葉などなくともよかった。

しかし、理由なく安心しきった私は

身の上話をはじめていた。

「会いたくない人がいるんです。」

「ふむ。」

猫の髭が湯気と共にそよそよと揺れている。

「断絶をしようと決めていました。けれど、誰かといることは暖かいですね。」

「そうさね。」

一拍の沈黙の後、冗談交じりに

「今日は私に会いに来てくれたんですか?」

と聞いてみた。

たまたまだと思っていても、それでも。

けれど返事は簡単で

「うん。貴方に会いに来た。」

何も言えず、言葉につまる。

少しでもなにか言うと涙が零れ落ちそうで。

だから、寒いふりをして湯のみで顔を覆った。

「,,,どうかしたかい?」

「いいえ、いいえ。けれども」

息を大きく吐くと、白い煙が紫紺の空に溶けていく。

「断絶に力を使うより、こうして会いに来てくれる人を大切にしたいなと。今あなたのおかげで思えたんです。」

「それは、とても良かった。」

優しく話す猫の目は

どこまでも暖かかった。



そうして

何者にもなれなかった私は

「選んで」もらえたことを悟る。

この日を境に、朝のお茶会は飽きるまで続いた。


後に

黒猫が飼い猫となり

永遠の約束をする。

しかしその話は、またの機会に。

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