1章 替わる日常 ④
情報交換を一通り終えた後、この状況にはさすがに精神的にまいったのでベットの上で寝転がった。嗅いだことのある女の人の匂い。本当は全然知らない人なのに知っている。
変な気分。変な感じ。そして、変にめんどくさい。
これから保育士の仕事してくとか嫌だな。なんでやかましい子供の相手をしなきゃいけないんだろう。それよりまずは、幸与さんのお母さんの協力が得られるかどうかの方が心配だ。
休みながら今後のことを考えていたら、幸与さんのお母さん、新道衛さんが仕事から帰ってきているであろう時間になっていた。
「おかえりなさい、母さん」
ダイニングルームにいた母さんにあいさつをする。
「ただいま。幸与は体調は大丈夫」
「ええ、だいぶ寝てからよくなりました」
「そう」
「お母さん大事なお話があります」
「どうしたのあらたまって」
「紹介したい子ができました」
「紹介したい娘って彼氏ってこと? やだ~もう心の準備できてないわ」
「それは本人に聞いてみてください」
衛さんが俺のさしだした幸与さんのスマホを手にてる。
下手になにかを俺から説明すると混乱してしまうかもしれない。ここは幸与さんが事実を突きつけるのが一番の最適な解答。
「母さんの好きな花はバラ、好きな果物はりんご、机の上にくまさん人形がかざってある。幸与だけど、わかる母さん?」
「わたしのことまで幸与教えちゃってるの~もう変なことするなぁ。というかお母さんなんてまだ早いわよ!」
「今、入間生心君っていう男の子と入れ替わちゃったの、信じて」
「信じていただけないでしょうか」
幸与さんが必死に訴え、俺も頭をさげた。
「え、本当に入れ替わっているの」
「本当に、本当だよ」
幸与さんの必死の叫びがまたも聞こえる。
「にわかに信じられないけど嘘をつく理由もない。信じるしかないようね」
「信用してくれるんですか?」
「ふざけてるにしては本当に困ってるみたいだから。それに幸与はおちゃめさんだけど、人を困らせるようなことはしないしね」
誠意が伝わり、衛さんは入れ替わりがおこったことを信じてくれた。
とんでもなく現実離れしたことを言ったにもかからわず信用してくれている。それだけ幸与さんを信頼しているということなのかな。
「とりあえず詳しい事情を話してくれないかしら」
それから俺達は衛さんにこれまでのいきさつを話していく。
「なるほどね。それで検査をして欲しいと。娘が入れ替わっている以上、全力で協力するわ」
「ありがとうございます」
まずは検査か。なにかしらの原因が解らない以上は調べってみるのは得策だと俺も思う。
「入間君の両親には事情話したほうがいいのかな? だってこんなことになって心配だろう」
「それはやめたほうがいいと思うわ。調査した報告書もないから変に混乱させてしまうかもしれない。幸与はできるだけ不審がられないように生活してあげて」
「わかった」
一瞬幸与さんの言葉でひやりとしたが、衛さんが適確なアドバイスをしてくれた。
今の段階では正直証拠もなにもない。二人が入れ替わってる演技をしていると思われてもしかたない状況。それをなんとするためにも早く原因の追求をして欲しい所だ。
「幸与、あのことは話してる?」
「まだ……かな」
「そうね、それはまだ話さないほうがいい。時間がたてば戻ることもあるかもしれないし」
なにか事情をかかえている。それは幸与さんの反応からも解っていたこと。なにかは気になるが、これ以上面倒ごとを抱えたくはないので黙っておく。
「生心君は色々と聞いてこないのね」
「他人に興味ないし、明らかに重たそうな事情に巻き込まれたくないんで。知らなくてよかったなんてことは世の中多いですから」
「本当、すごい冷静なんだね。良かったよ、生心君みたいな聞き分けのある子で」
「めんどくさくないからですか」
「そうとも言えるのかもね」
冷静で聞き分けがあるから良かったか。この人はわりと理屈でもものを考えているというか、感情に流されて動いてる幸与さんとは違う感じがした。
「とりあえず幸与が学校終わってから検査しましょうか。いろいろと個別で事情を話しておきたい人達もいるし」
「うん、わかった」
「幸与、学校生活楽しんでね」
「こんな機会めったにないし、そうしようかな。母さん、それじゃあ切るね」
通話が切れ、衛さんがスマホを俺に返した。
「さてさて、本当に入れ替わってるんだよね。もしかしてこれから幸与の体でお風呂はいるき? というかもしかしてもうはいちゃった?」
衛さんが覗き込むようにして胸をじろじろと見回してきた。隠したい部分だという女性としての認識があり恥ずかしくなってくる。
「入ってませんし、じろじろみるのやめてくれませんか」
「あらぁ、おっぱいみられて照れてるの? 案外かわいい所あるんだね」
「やめてくれません。困ってるんで」
幸与さんと同じで、デリカシーはないのかな。そんな所まで遺伝しなくてよかったのに。
「は! なんかうちの子なのに男勝りだわ」
「そりゃあ中身は男ですから」
「う~ん…………男勝りの幸与もありちゃありね!」
こいつ親馬鹿だなと一瞬で理解した。まだまだ子離れもできてなさそうだ。
それゆえに盲目的に協力してくれる。今はその部分にも感謝しとくか。
「さて夕食にしましょうか」
体調が悪いと想定していたので、夕飯はうどんだった。インスタントの手頃に作れるやつで麺もスープもこれといってなんのへんてつもないが、やたらと人参が多いのがきになった。
人参は嫌いだ。だが家族じゃない他人に料理をつくらせている以上、わがままをいうことはできない。桜型に斬られた人参を食べるしかなかった。
「あれ、美味しい」
あのなんともいえない苦味が美味しく感じた。
「なるほど。幸与の身体が人参を美味しいって感じるわけだから、君も美味しく感じるのね」
「みたいです」
当たり前だが記憶と同じように、好みも身体が決めているのか。ちょっと考えれば解ったことだろうに、いちいち驚くのもほどほどにしとかないとな。
夕飯を食べ終え、部屋に戻り、着替えの準備をする。
なるべく物色したりはせず、タンスの中から白い下着を取り出し、脱ぎ捨てておいたパジャマを持って浴室へ行く。衣服を脱ぎ、ブラジャーのフォックを取り外す。
たわわに実った色白い肌、薄いビンク色もどうしても見えてしまう。色々と直視できず正直困る。女の体なんだから緊張すんなよ。男としての遺伝子が残っているからか。それともこいつが女性にもときめく女性なのか。くそ、色々よく解らないが恥ずかしということだけは解る。
「さっさと洗おう」
このままだと色々しそうでおかしくなる。体を素早く洗い、湯に浸かった。
水面にはふっくらとした膨らみがうかび、幸与さんの顔が写っている。
俺は明日からこの人になって生活しないといけないのか。せめて学生だったら楽だったのだろうか。くそ、もしもを考えるなんてやめよう、虚しくなってくるだけだ。
「明日からどうなるんだろうな」
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