第16話 オルソンVS残り全員。
「では、始め」
開始の合図とともに、彼は矢を放つ。
そのまま受けてもノーダメージなのだが、それだとリシパ戦と同じ。
この模擬戦の趣旨に反するので、俺はスッと矢を躱す。
それは相手も想定していたようで、続けざまに矢を連発する。
俺はそのすべてを回避し――。
一分が経過した。
――ドンッ。
俺は地を蹴り、二〇メートルの差を一瞬で詰め、彼の首元にダガーを突きつける。
「ひっ、参りました」
彼も最初から勝てるとは思っていなかったようで、敗北宣言をしても落ち込んではいなかった。
ここで模擬戦を終わりにしても良いのだが――。
――ぶっ殺して構わねえ。
ビリー先生の言葉に従って、相手の首をダガーで刎ねる。
俺の躊躇ない行動に「うわっ」と何人かが声を発し、目を逸らす。
だが、これは避けて通れない道だ。
――死を身近に感じ、受け入れる。
これが模擬戦で最も大切なことだ。
俺は二年間の無茶な修行で身につけたが、他の生徒にそれを強いるわけにはいかない。
その代わりを果たしてくれるのが、演習室だ。
ここなら、何度死んでも生き返れる。
――何度も何度も死ぬことによって、死の恐怖を乗り越える。
俺の理解が正しいと、ビリー先生は頷いた。
「よし、次――」
それからも俺は、擬似的な死を積み重ねていく。
「残り一人――リオンか。気合い見せてみろ」
「はいっ!」
リオンの返事は他の生徒と違い、強い意志が伝わってくる。
嬉しくなった俺は、口元を緩める。
彼女の武器は直剣。
両手持ちで身体の前に構える。
その姿勢は堂に入っていた。
「では、始め」
開始が告げられた瞬間――俺はリオンに向かってダッシュ。
リオンも同じく、前に飛び出した。
その真っ直ぐさが主人公らしい――彼女らしい。
嬉しくなった俺は先制攻撃を放つ。
ダガーの突きをリオンは剣で受け止める。
他の生徒よりステータス値が頭ひとつ飛び抜けていることもあるが、なによりも覚悟が違う。
彼女は勝てるとは思っていない。だが、簡単にやられてたまるか――その思いが全身から伝わってくる。
今までの模擬戦は相手に攻撃させるだけで、俺は受けに回っていた。
だが、リオン相手に、そうするつもりはないし、彼女もそれは望んでいない。
全力を出すわけではないが、足を止めて、ゴリゴリのインファイトだ。
「クッ……」
険しい顔をしてるが、リオンは俺の攻撃に食らいついてくる。
正直、ここまで強くなっているとは思わなかった。
だが、俺が攻撃速度を上げていくと、徐々にリオンは防戦一方に。
なんとか致命傷は避けているが、小さな傷が増えていく。
そして、一分経過――。
俺は手加減を止め、リオンの防御を崩し、突きと同時に足を払い。
倒れたリオンの首を刎ねる。
「これが死ぬってことなんだね……」
生き返ったリオンは晴れ晴れとした笑顔だ。
他の生徒がまだ死を受け入れていない中、リオン一人だけが笑った。
「強くなったな」
俺はリオンに手を伸ばし。
リオンは強く握り返す。
そのまま引き起こすと、「えへへ」と嬉しそうだ。
「一年間でよく仕上げてきたな」
「やっぱり、オルソンは強いね。強すぎて、ボクとどれだけの差があるかも分からなかったよ」
「そう簡単には追いつかせないからな」
「でも、いずれ追いついてみせるよ」
「大丈夫。リオンは強くなる。俺が強くしてみせる。だから、ついて来いよ」
「うん。頑張るよ」
ひと通り終わったところで、ビリー先生が生徒たちに告げる。
「分かったか? これが今のお前たちだ」
不甲斐なさを感じながらも、誰の心も折れていない。
それどころか、俺の強さを見て、火がついたようだ。
「じゃあ、もうひとつ分からせてやろう。オルソン対残りの全員だ」
「俺はどうすればいいですか?」
「ああ、遠慮はいらねえ。最速で終わらせろ。五秒以内な」
「分かりました」
一秒で二人。
まあ、本気出せば、どうということはない。
一番強いのはリオンだが、現時点ではまだまだ俺の足元にも及ばない。
「始めッ!」
開幕と同時に、リオンに向かい。
彼女が反応する前に、首を刎ね――命を刈り取る。
残りの生徒は――。
「よし、それまで」
終わりを告げるビリー先生の言葉が届いたのは俺だけ。
残りはまだ、復活していない。
「おうおう。今年はすげー奴が来たな」
「まだまだですよ」
俺が目指す最強にはまだまだ遠い――。
「なあ、お前、なにを望んでる? 並大抵の努力じゃ、その強さは得られないぞ」
「守りたいものを守る。それだけです」
「そうか……。なら、教師として、示してやらないとな。おい、お前ら起きろ」
演習場では失神しても死んでも、しばらくすると目が覚める。
ビリー先生に言われ、生徒たちは起き上がった。
「おい、お前ら。最後に良いもの見せてやるよ」
ビリー先生は俺を挑発するような笑みを浮かべる。
ああ、そういうことか。
俺はビリー先生と対峙する。
「いいか、瞬きひとつするなよ」
なにが始まるのか、生徒たちも理解したようだ。
彼らの視線が、俺とビリー先生に突き刺さる。
ビリー先生は二本のダガーを構える。
俺と同武器で戦う気だ。
彼の気配が変わる。
俺を見くびったり、舐めたりしてない。
教師と生徒の関係が消え、対等な相手となる。
オルソン対ビリーのタイマンだ。
今までのは、ただの無双だ。
この戦いはガチの対人戦だ。
アルダ相手に対人練習は積んできた。
それがどこまで通用するか。
「オルソン、構えろ」
言うや否や、ビリーの姿がかき消える。
次の瞬間――疾いっ。
迫り来る二本のダガー。
ギリギリで反応できた。
レベルはビリーの方が上。
戦闘経験も俺より豊富だ。
そして、彼は純粋な物理タイプ。
魔法も使えるタイプの俺には分が悪い。
だが、そう簡単に負けるわけにはいかない。
一進一退の攻防が続き、少しずつ削り合う。
お互い、斬り傷だらけだ。
先に気を抜いた方が負ける。
モンスター戦とは違う緊張感。
ひと振りごとに叩きつけられる圧力。
俺も負けじと応戦する。
だが、それでも――。
ビリーが一歩上を行った。
「――参りました」
長かったような、短かったような。
濃密な時間だった。
ビリー先生は「ふぅ」と大きく息を吐く。
「あぶねえあぶねえ。危うく負けるところだったぜ」
「ありがとうございました」
俺は深く頭を下げる。
心から感謝している。
「先生に勝つという当面の目標ができました」
「いや、すでに、お前の方が強い。魔法アリだったら、俺の負けだった。いやあ、とんでもねえな」
「これだけで勝って見せますよ」
ダガーを見せつけ、俺の覚悟を示す。
「俺ももう一度、鍛え直さんとなあ」
俺も二年間、戦闘技術を学んできたので、それなりの自信はあった。
だが、ビリー先生の戦闘技術は、俺以上だ。
先生との模擬戦は、俺をさらに強くしてくれる。
物理科を選んで正解だったな。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
次回――『放課後はなにしようか?』
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