鉄寝台の白い蝋燭達
時生
第1話 プロローグ
僕は夏になると、高原の別荘地にある祖父母の家に遊びに行った。そこは夏でも氷穴の氷が溶けないくらい涼しい自然豊かな場所で、暑さが苦手な僕にとってはとても過ごしやすい場所だった。
別荘地に来た時に僕には必ず向かう場所があった。
そこは古い大きな洋館だった。かなり前に建てられたものなのか、白かったであろう塗装は剥がれ、蔦が壁に張り付いていた。窓のカーテンは全て閉じられており、一見すると廃墟のように見える。しかし、庭は綺麗に整えられ、さまざまな花が生き生きと咲いていた。
僕はその洋館のアンバランスにも思える外観に不思議な魅力を感じ、何をするわけでもなくただただ眺めることが好きだった。
−−−−−−
高2の夏。
例年同様祖父母の家に遊びに来た僕は、当たり前のように洋館へと向かった。
アンバランスな外見を崩すことなくそこにある洋館を見た時は、どうしてかいつも心が躍る。
「ここに来られるのも、もう最後かな」
僕は小さく呟いた。
3年生になれば大学受験が待ち構えている。来年の夏は予備校や高校の勉強合宿などでここに来る余裕などないだろう。
大学は東京の学校を志望しているため、無事合格すれば一人暮らしが始まる。そうすればなおさらだ。
少しさみしい気持ちに浸りながら洋館を見つめる。
いつ、どこの誰が建てたかもわからない洋館。
庭に咲く花々をゆっくり眺めていると一つの花に目が止まった。
白い大きな花弁に、紫色の副花冠。
「トケイソウだ」
確か花言葉は…
「トケイソウがお好きなのですかな?」
夢中になって花を見ていると、突然後ろから声をかけられた。
慌てて振り返って見ると、そこには品の良い洋服に身を包み、黒いステッキをついた老紳士が微笑みを浮かべて立っていた。
「いえ、ちょっと目に入ったものですから…」
そう答えると紳士は目を細めにこりと微笑んだ。
「そうでしたか。毎年君はここに来てくれるものですから、花が好きなものなのかと」
「!!もしかしてこの家の方ですか?僕が来ていることをご存知だったのですか?」
僕が食い気味に問うと紳士は頷いた。
「窓のカーテンの隙間からいつも見てましたよ」
そういうと紳士は洋館の玄関に向かって歩き始めた。
「これも何かの縁ですし、よければお茶でもいかがですか?」
玄関のドアを開けながら、紳士は笑顔で僕を手招いた。
−−−−−−
洋館の中は外観からは想像ができないほど美しい空間が広がっていた。
年季が入っているが、大切に使われてきたであろう味わいのあるソファやテーブル。天井から吊り下げられた見事なシャンデリア。
まるで自分が中世ヨーロッパに迷い込んでしまったのではないかと錯覚してしまいそうだった。
「お待たせてしまってすみません」
ソファに座り落ち着きなく当たりを見渡す僕に、紅茶を持って戻ってきた紳士改め
ティーセットをテーブルに置くと、利一さんはティーポットに入った中身をティーカップに注いだ。ミルクティーだろうか。茶色い乳白色の液体からは湯気と甘い香りが立ち込め、それを胸いっぱい吸い込むととても満たされた気分になった。
「お口に合うと良いのですが」
そう言って利一さんは僕の前にティーカップとソーサーを置いた。
僕はお礼を言い、ティーカップを手に取った。ロイヤルアルバートのものだろうか。ティーポットと同じく描かれた青い薔薇の模様が白いベースを引き立てていてとても美しい。
僕はおずおずと紅茶に口をつけた。
途端、口の中に広がる優しい甘さ。バニラとストロベリーの香りが鼻を抜け、じわりじわりと甘さが口の中で増していく。飲み込むと胸がぽかぽかと温かくなり思わずホッと息をついた。
「美味しい…、本当に美味しいです!!」
そう言うと、利一さんはそれはよかったと微笑んだ。
利一さんは生まれも育ちもこの家らしく、大学進学で一度東京に出たものの結婚を機にこの家に戻ってきたらしい。奥さんは若い頃からの持病が災いし、一昨年亡くなってしまったらしく、それからは1人でこの家を切り盛りしているそうだ。
奥さんの体が元々弱かったため、出産をするかしないかでかなり喧嘩したそうだが、利一さんの奥さんとの時間を何よりも大切にしたいという強い思いに奥さんが折れ、出産をしないという道を選んだらしい。
「ひとりでここでの暮らしは不便ではないですか…?雪もたくさん降るし、街に出た方が住みやすいのでは…?」
恐る恐る僕が言うと、利一さんは一瞬目を見開き悲しそうに笑って俯いた。
「祖父の代から受け継いでいる守らなきゃいけない大切なものがあるんです」
「大切なもの?高い絵画や宝石みたいな家宝のようなものですか?」
僕が問うと利一さんはゆっくり首を振った。
「いや、そんなものより遥かに価値のあるものだよ。でも値段はつけられない。二度と生み出せないし、生み出してはいけないものだ…」
利一さんは真っ直ぐ僕を見つめた。
「君になら話していいかもしれない。いや、毎年ここに来てくれていた君に是非聞いてもらいたい。これもきっと運命なのでしょう。」
そう言う利一さんに僕は頷いた。
利一さんは一口ミルクティーを飲み、ゆっくりと口を開いた。
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