02.
線路は次第に地上から離れていき、そして電車は藤沢駅へと到着した。
藤沢駅は思っていたよりも小さかったが、紫乃によると「こちらは江ノ電の駅です。国鉄と小田急の駅は向こうですわ」とのことで、あたしたちは高架の歩道で大きな駅の方へと向かった。
足の下を自動車が行き交っているのもまた妙な感覚ではあるが、重たい自動車を頭上に頂く地下道よりかはずっとましであった。
国鉄と小田急の駅は、確かに江ノ電の駅とは桁違いの規模を誇っていた。
見渡すかぎりに四角四面の柱が立ち並び、どこからどこまでが一つの建物なのか判然としない。
林立する柱の隙間をすり抜ける人々は四方八方からわらわらと湧きい出ては消えていく。
目で負っていると目眩を起こしそうになった。
紫乃に言われるがまま切符を買い、今度は銀色に空色の帯が入った電車に乗り込んだ。
「本日も小田急をご利用いただきありがとうございます」との車内放送が流れた。
車内は江ノ電よりか幾分空いていて、あたしと紫乃は揃って座席に腰を下ろすことができた。
「始発ですから座れて当たり前ですわ。始発って分かります? 向こうから来た電車がここで折り返すということです」
「なるほど」
よく分からなかった。
電車が動きだした。
小田急の線路は、土手のように盛り上げた土の上に二本が平行して走っている。
視界は高く広々と気持ちいいが、家もビルも車窓からは遠い。
車内の印象も、学校の教室というよりは病院の廊下に近い。
設えはどれも余裕のある配置になっているし、そもそもの広さが江ノ電とは段違いだ。
床の感触はリノリウムに似ているし、色合いも白に近い灰色を基調としている。
同じ電車でこうも違うものか。
「江ノ電と小田急は別の会社ですから」
「なるほど」
いまいち納得できなかった。
体をよじって車窓を見る。
町並みが右から左へと流れていく。
紫乃は隣でずっとスマホをいじっている。
電車の乗り換えや、高尾山に着いてからの登山ルートについて調べているそうだ。
あたしに手伝えることは何もない。
首が痛くなってきたので、靴を脱ぎ、座席に膝立ちになって車窓を眺めるようにした。
紫乃は「六年生にもなってみっともない」と文句を垂れたが、「空いてるし、いいでしょ」と返したら、ため息一つだけを吐いてそれ以上は何も言わなかった。
「……紫乃。外って、広いね」
「当然ですわ」
赤茶、群青、墨色と、色とりどりの屋根が眼下を流れていく。
どれも同じような色であり、よく見ればどれも違っている。
見上げるほどの高さのマンションがいきなり地面から生えている。
どちらも家に来るビラでしか見たことがなかったものだ。
実際に見ると、その数と大きさに圧倒される。
それだけの人が暮らしている。
それだけの命が息づいている。
頭では分かっていた。
だけど初めて実感した。
島の外は死の世界ではない。
出てこなければ感じられなかった。
「人、いっぱいいるね」
「そうですわね」
「神さまもいっぱいいるのかな」
「そうでしょうね」
「学校で習ったよね。この国の人口が一億と二千万。神さまは、八百万ってよくいうけど、実際には一万柱くらいだって」
「そうでしたわね」
紫乃はスマホから顔を上げず、口だけで応えている。
「ねえ、紫乃」
「……何ですの。さっきから」
苛立たしげな声とともに、紫乃はこちらを見た。
「あたしたちの薬って、どこまで届くんだろうね」
紫乃の眉間に寄っていた皺が溶けるように消えた。
紫乃が車窓へと顔を向けるのを確かめてから、あたしも視線を窓の外へ戻した。
「わたくしも、それが知りたいんですの」
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