第57話 旅の終わりへ

 子供達が最初に立てた撮影の日程が、沙織の資金援助で新幹線を使えてほぼ目的は達成できた。この快適な移動のお陰もあって少し無理して撮影を詰め込んだが、それでも良い写真が撮れて、その余裕か疲れはあったが、当日のホテルでの夕食は楽しく終えた。

 童話館を仰ぎ見るお伽の世界に居たあの時を振り返れば、沙織は茫然自失で何を模索していたのだろう。あの時は撮影を打ち止めにして、緊張の糸が切れた疲れから沙織を視認できてもそこまで考える余地はなかった。今こうしてホテルで夕食を済ませて、寛ぐ時間が不意に訪れれば、突然に降って湧いた疑問だった。

 あの時沙織は何を見て何を考えて居たのだろう。今はもうそんな面影もなくいつもの沙織に戻っている。だから問うても何の事? と否定されるから、敢えて今は伏せて不問にした。いや今はそうしておきたいのだ波風を立てぬように。

 子供達は二人一緒だが沙織と山尾は別々で部屋は三室取ってある。その日は翌日のために直ぐに寝られて、お陰で爽やかな高原の朝を迎えられた。

 各自ホテルを出る時間は決めてあり、自ずと朝食は同じ時間に出そろった。朝食会場は夏休みらしく小さい子供を連れた家族が多かった。朝食はバイキング形式で各自トレーを持って飲み物とパンにサラダと果物を載せて四人は席に着いた。

 昨日は矢張り強行日程だったのか、夕食も程々に直ぐに各部屋に引き上げて寝入ったようだ。それは朝のスッキリした顔をみれば解った。今日はその余裕でかなり寛いでいる。朝食と言うより反省会もしくは座談会の様相だった。主に予定になかった童話館が話題の中心になっていた。

 あれは予定した最初の撮影旅行とは真逆のイメージだった。でもあれはあれでこれからの展望を拓く上では良い収穫になった。山尾にしても全く予想外の表情が作れて、これで作風にも幅が出来てこれから先を見据えられそうだ。

「最初はどうなるかと思ったあの信濃追分の郷愁を帯びた撮影で始まって昼からはお伽の世界に入りエッ此処であの雑誌の続きを撮るのと一瞬驚いたけれど撮影が始まるとそんな雰囲気に浸った写真に一変しちゃうから彩香のお父さんには感心した」

 と夕子に言われても山尾には気分は悪くないが今ひとつだった。

「まあ予定というものは現地に足を踏み入れてみなければ解らんと言う典型だろうなあ」

「それでも直ぐに気を取り直して新しいイメージで撮れるところがあなたの凄いところかしらもっと早く気付いて居れば良かったけれどなんせ昔はいつもボンヤリと何をするでもなく世間の風に漂っている人だったのに……」

 と夕子でなく沙織に言われると、流石にこれには昔を想い出して胸にジンと来る。

「若い内から直ぐにひとつのものに目覚めれる人なんて居るわけないだろうみんな無我夢中で霧に包まれたような人生の中で手探りで霧の晴れるのを待って歩くしかないんだ」

「そうすると夕子ちゃんは今まさに霧の中を夢中で突っ走っているのね」

「あたしはそんなに後先を考えてないよ今はこれがやりたいだけだよーんその内に気が変われば次は何を遣るか解らないよ」

「その前にいい人見付けた方が楽だよー」

「それもそうねその人と二人三脚で歩むのも有りかなあ」

「でもそれだけは何処でどう転ぶか運だからしょうがないよね」

 此の辺りは未だ中学生だなあと山尾も沙織も黙って聴いていた。

 朝食を摂った三人は今日の予定を立てるためにラウンジから妙高山を眺めた。

 ここから眺める妙高の山容は荒々しくて、この山をメインにして写真を撮るのを山尾は避けた。

「どうしてお前達は此処を選んだのだ」

 と半ば叱りつけるように彩香に言った。彩香も夕子にちょっとこの山は今までの撮影イメージに合わないと言ってみた。

「最初に写真で知ったときは冬山のスキー場のパンフレットを見てなんか荒々しい男性的な山だなあと思ってみたけれどこうして雪のない穏やかな山肌を目の前で見てもこりゃ矢っ張りあの雑誌には無理だと解った」

「じゃあ如何どうする」

 ウ〜ンと夕子は唸ったまま暫くラウンジに佇んだ。

「それが解っただけでもいいじゃん」

「だったらそんなにあくせくしないで此処は伸び伸びとひとつ思い切り大自然を愉しんだらどう。あれだけ写真を撮ったのだから今からそんなに頑張らずにまだ中学生何だから後は良い想い出を残せば……」

 とスポンサーに言われると其れもそうだと二人は納得した。

 妙高高原で何カ所か撮って、後は長野市内で昼食を済ませて、ホテルのチェックインまで市内を歩く事にした。市内を四人一緒に散策するが、撮影がなくなると山尾は子供達と一緒に居るより、沙織と連れ添って歩くしかない。それを少し間を空けて彩香と夕子がはぐれないように付いて廻った。

「ねえ今まで気が付かなかったけどあの二人本当にお友達?」 

「一応そうなってるんだけどでも明日には帰るんだから少しはのんびりとしたいんでしょう」

「まあね部屋も別々で三室予約してるからね昨日もみんな直ぐ寝たもんねあそこは何もないけれど此処は一応都会で遊ぶ所が一杯在るからね」

「だったら後はのんびり出来るから彩香はお母さんを呼んだら」

「でも部屋が足りない」

「そんなん拘らんでもお父さんと一緒でいいんじゃないの」

「そうだねせっかくだから呼ぶかでも今さら来るかなあ」

「危機を煽り立てるのよ」

「じゃあ取り敢えず来るか解らないけれどメールをするか」

「まさにカモンメールね」

 何それ、と悪戯いたずら心で彩香は送信した。

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