第13話 夕子の写真批評
撮影中は娘もストロボのメインライトとサブライトを言われたようにベタ光にならないように動かしてくれた。後ろから強いストロボを当てるように指示すると、夕子の背中に廻って見えない位置に置いてくれた。それを黙ってやってくれればよいが、夕子と駄弁りながら動いてくれたお陰か上手く自然体の表情で撮れた。あとはこっちから被写体の顔向きと目線の位置だけの指示に没頭できて充実した表情が撮れた。
そんな訳で彩香と夕子が帰ると、賑やかだった写真室が急に静かになってきた。その反動で気後れしたように撮影セットを写場の隅に片付け終わると再び通路のような控え室へ戻った。
久しぶりに夢中に撮影が出来た。しかしその反動で暫く自失してしまうが、沙織の突然の訪問はそれ以上の動揺だった。先ずは名刺に書かれて磯川信之なる男がどんな人間かに気持ちが集中した。山尾の欠点であるどんな物事でも耐え抜く持久力を持っているかどうかが注目の焦点になった。それが沙織に見限られたものだったからだ。その彼女が次に共鳴できる相手は山尾しか見当たらないから会いに来たのか。しかしあの決別を想い出すとそう言い切れる自信もなかった。ただ急に伴侶を失った寂しさの埋め合わせに来たに過ぎないと思う事でやっとこの場を落ち着かせた。
撮影したデータをパソコンに入力して、プリントする画像の選定をして、USBメモリーに取り込んで退社した。
今日写した夕子の写真データを帰りがけのデジタルプリント店に立ち寄ってプリント出力した。出来上がった写真が予想以上に良かったから家に帰り彩香に見せると、写真を受け取った彩香は綺麗に撮れていると喜んでいる。その傍らで妻は忙しそうに夕食の準備していた。その後ろ姿を見ながら彩香は、夕子の写真をお母さんに見て貰って友達を自慢しょうとした。
「後でゆっくり見るからそれよりも先に食事を済ませてよ」
と響子に言われて二人とも食事を始めた。
食事を始めると今日の夕食には娘と妻との様子がいつもよりぎこちない。その理由はそれとなく娘を見てどうやら今日写真室に居た女だろうと大体察しが付いた。
娘にはホテルに出入りする宝石商だと説明したが、その人が何で奥の小部屋から出て来たかの説明は避けた。あの時の娘の怪訝そうな顔付きが今は妻の響子に乗り移っている。それは昼間の出来事が妻に伝播したことの証しだった。
それを娘の友達の写真撮影であの場はすり抜けられたが、今度はその出来上がった写真で何処まですり抜けられるかに食後の明暗が掛かっている。
食事が終わり後片付けが済むまで、心穏やかでないまま待たされた。妻は食器を洗い終わりタオルで手を拭きながらどれどれとやっとテーブル上の写真を見始めた。
「彩香から聞いたけどこの子って中高生向きの雑誌のモデルをやっているだけあって可愛い子ねえ」
「何だお前、知ってるのか?」
「ええ、前に一度連れて来たことがあったけどこんな表情が出来る子とは思わなかった」
とそれが夫の技術だとはひと言も告げずに、夫が見ていた新聞を読み出した。
「彩香、お前この子といつから友達なんだ」
「中学生になってから同じクラスになって面白い子だと思っていたけれどまさかそんなバイトを遣ってるなんて思わなかったから去年の夏に聞かされてビックリした。でも写して貰えるカメラマンによって出来上がりがまちまちなの。やっぱり写真写りの良い子には良いカメラマンが付くからって呼ばれる回数が少ないのが不満なようでそれでぼやいていたから、なら内のお父さんに撮って貰ったらとあたしが勧めたの、だからこの写真を見たらきっと気に入ると思う。そうすればお父さんは夕子以外の子からもお誘いが掛かり雑誌社の専属カメラマンになるかも知れないわよ」
「オイオイ脅かすなよ」
「嫌なの」
「そうじゃないけれどああ謂う世界は浮き沈みが烈しいからなあ」
「お父さんはホテルで結婚式の同じものばかり撮っていて満足なの」
娘に痛い所を突かれたと
響子は二人の会話をテーブルの向かいから紅茶を飲みながら窺っている。虎視眈々として口出す切っ掛けのチャンスを不気味なほどに窺っている。
彩香はこの写真を見せて夕子が気に入れば、いえ、気に入るはずだが、その時は雑誌者の指定のカメラマンでなく、多分お父さんに撮ってもらえれば、取り敢えずは新しい雑誌の一ページを飾れる写真を作ってもらえそうだと熱弁された。
「買いかぶりも良いとこだよ今まで何度も雑誌者のカメラマンに撮ってもらっていたんだろうでもメインでなくページを飾れる写真は掲載されなかったのにそれで俺の撮った写真を載せてくれるとは思えないんだが……」
「今までのカメラマンは夕子の本当の姿を写してないとこの写真を見てそれが解ったからその時は頼みたいの、もっと時間を掛ければもっと良いのが撮れると思うからそのうちに雑誌社からテーマを決めて撮影を頼まれたら
「まあその時はその時だ」
と山尾は全く娘の妄想に振り回されたくなかったようだ。それでささっさと話を打ち切ると娘は自室へ引き上げた。
それで春樹はテレビを点けると、直ぐに響子にテレビを切られて、宝石を買ってくれるのかと問い詰められた。
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