第33話 勉強会
きちんと片付いた若葉瑞穂の部屋に、ローテーブル。
早めの夕食を食べた後の集合で今日も勉強会を開いている。
みずほの家は、両親共に帰りが遅いため、気兼ねの必要がない。
ひなは、幼い頃から入り浸るのが習慣化している。
それとなく高木家が見守るという暗黙の了解があって
若葉の両親も安心している。
そこに光樹とつばさが乗った形だ。
・・・・・・・・・・・
今までつばさは塾に行ったことがなかった。母親の都合で転校も3回している。母親が頑張って働く分だけ家事を負担していたから、勉強時間だって、それほどあったわけではなかった。
生来の頭の良さもあって、中学の成績で言えば中の上と言ったところ。つばさを引き取った祖父は「いいよ」と言ってくれているらしいが、やっぱり私立高校は避けたい。
そして、ひな、みず、光樹は、成績が学年トップレベルで、県下でもトップクラスの県立を狙っている。つばさが同じ高校に行くのなら、入試までの2ヶ月は勉強漬けになってもらう必要があった。
だが、やはり根を詰めて勉強したことがないだけに、一人で勉強するのは限界があった。
だから、三人が交代で見ることにしたのだ。
今週も金曜日まで、毎日四人で勉強してきた。今はみず・ひなコンビがつばさの両サイドにつきっきりだ。
図形問題は、見る角度を変え、補助線を引いて解くと簡単な問題がゴロゴロある。だから美少女三人が身体をくっつけてあれこれ考えている姿は、まるで一つの塊になっているようにも見える。
それを対面でチラリと見た光樹は、ついつい「美少女ダンゴ」なんてネタを考えたのかどうか。
一方で、部屋の空気が独特だ。
三人の少女からしたら、好きな男性と一緒の部屋にいるのである。当然、みんなシャワーを浴びてきている。
その結果として、中学生男子として耐えられないほど、部屋の空気に美少女成分があまりにも濃くなっている。息をする度に、胸がドキドキするような香りを吸い込んでしまって
『ふぅ~ 数学だと、対面になるから一安心だよ』
英語などになると、どうしても隣に座る必要が出てくる。いつのまにか肩がくっついていることなんてしょっちゅうあるし、不意に動いて「むにゅ」が発生してしまう。
『あれはヤバい。未玖で経験してなかったらマジでヤバかった。特に、つんとみずほだと、ボリュームが違いすぎてヤバすぎなんだけど。かろうじて耐えられたんだもんなぁ』
ムニュは、男の子として嬉しくないわけがない。しかし、勉強会だし、なによりも「女子に囲まれてる」という意識が光樹を縛っている。
『もしも反応しちゃったら、ぜったいヘンタイ扱いだぞ! 頑張れ、オレ!』
だから、この勉強会の辛さは、楽しさを集めまくった上にある苦界という無間地獄にいること。
しかし、それであっても、好意を寄せてくれる女の子のそばにいるのは、やはり嬉しいのである。
『ま、数学の間は、テーブルのこっち側にいれば良いしね。視線だけ気を付けようっと』
反対側に座って安心であっても、緩い胸元から覗く白い肌に目が行かないように努力が必要だった。
けれども、問題を一緒に解くためには、どうしても視界に入ってしまうことがある。困る。真面目に困る。
『目のやり場に困るってやつか』
そもそも「目のやり場に困る」という発言をする人間は、たいてい喜んでいるのが相場だが、今の光樹は正真正銘、本気で困っている。
今日のみずほは、ピッタリとタイトなグリーンのセーターを素肌に着ている。つんは、ユ〇ク〇のクルーネックセーター。
どっちを見ても、ゆれる、ゆれる、ゆれる。
時に、重さを辛く感じるのか、テーブルにブツがドンと載せられているような光景を手の届く距離で見せつけられている。
年頃の男子に、これは
『見ちゃダメだ、見ちゃダメだ、見ちゃダメだ』
視線をコントロールするのに勇気と努力が必要だ。でも、ドキドキが止まらない。押しつぶされて苦しいというか痛い。しかし、まさか女子を目の前にして「痛くない形」に直すことも不可能だった。
『だけど、何かが出ちゃう。男の子だもん』
などという、ネットで見かけたことのある大昔のネタを考えていられたのは、すでに遠い記憶なほどである。
もはや我慢の限界。いったん部屋から出ようかと思っていた時だった。
「光樹、この問題って、どっちで教えたら良いと思う?」
ひながノートごと身を乗り出してきたのを「どれ?」と迎えるように見たのがいけなかった。
ゆったりした服、緩んだ胸元の前屈みである。これが、つばさかみずほのボリュームだったら、服をちゃんと押し上げていただろう。
膨らみのすそ野は見えても、中身は服が覆っているはずだ。
だが、相手はひなである。
おまけに、ちょっと大人っぽいブラを意識して付けるようになったのは最近のこと。
カップサイズが合ってなかったらしい!
まさに胸の中をモロに覗きこむ形だった。
『そうか。こういう時は、ひなの方がヤバいのか』
ガビーン
見てしまった…… 見えてしまった……
強烈な衝撃が背中を駆け上ってくる。
『え? しかも、みずほに気付かれた?』
目がまん丸に見開いて、こっちを見ていた。視線の先も確認されてしまった。
すなわち、光樹が「目撃したこと」を知られてしまったのだ。
強烈な羞恥と、オトコ特有の衝動、そして、さっきから女子達の良い匂いに包まれてきた反応が、光樹を限界に追い込んでしまったのだ。
背中をすごい勢いで駆け上っている「ダメ」の感覚。まさか、ここで、それはダメだ。それだけはダメだ。
もう、恥ずかしがってる場合ではなかった。
「ご、ごめん、ちょっとトイレを貸して」
「あ、ど、どうぞ」
「うん。いってらっしゃ~い」
「待ってるね」
三人三様の返事を聞くどころではない。
通い慣れたみずほの家である。階段を駆け下りた1階。
文字通りトイレに駆け込んだ。
スッキリしてしまえば、あっと言う間かもしれない。だが、まさか他人の家、それも女の子の家で、そんなことをするわけにもいかない。
ともかくも
『えっと、こういう時は、素数だよ。素数を数えればいいんだ』
年の近い妹がやたらと肉弾攻撃をしてくるせいで、たまに、反応してしまう時がある。そういう時の対処の仕方に慣れている。
『1,3、5、7.9…… 101、103……』
100台までは、ほとんど暗唱のレベルだ。鎮まるどころではない。
『419、421、431、えっと、えっと439…… あ、433もか』
ようやく、少し冷静になってきた。
『そう言えば、1と9は素数じゃなかったっけ』
思い出せるだけ頭が回るようになった時には、既に十分以上経過している。
恐る恐る、部屋に戻ろうとした。
『頼む。みずほ! なかったことにしていてくれ』
光樹は祈った。
冷静になってみると部屋に戻るのが怖い。なにしろ、目撃してしまったのをみずほに見られているのだ。
『優しいから、きっと、事故ってことで責めないでくれるとは思うんだけど』
それにしたって、気まずいのは同じだ。どんな顔をして戻れば良いのか。
階段を上がるに上がれない。
「みつき」
「え?」
いきなり廊下の先でよばれた。みずほだ。
「今、お茶を持って行くところなの。手伝ってくれる?」
「あ、うん、OK」
みずほはいたって普通だった。
『ひょっとして、見られたって思ったのはオレの錯覚?』
そう思いたい。
そんな気持ちを胸に秘めて、キッチンに用意されたお茶を載せたトレイを手に取ろうとした。
「あ、大丈夫だからね」
ギクッ
「な、な、なにが、だい、じょぶ、かな?」
「あれは事故でしょ? っていうか、つんちゃんとキスしたんだって?」
「え? そ、それは、その」
「ごめんなさい。それは聞いちゃったの。ね? つんちゃんはキスで、ひなは、さっきのあれでしょ? 私だけ何もないのは寂しいな」
いつもなら理知的なみずほの笑顔が、何かを企むかのように見上げてきた。
「ね? 私はムギュでどうかな?」
ニコニコと見上げる美少女の笑顔を、光樹は受け入れないわけにはいかなかったのである。
それから1分後。
ドキドキが収まるどころか、もう一度トイレに立てこもらなくちゃと振り返ると、二つの気配がサッと消えて、階段を上がっていく音。
あちゃ~
どうやら見られたらしい。
これでは、どんな顔をして部屋に戻れば良いというのか。
満面の笑みを浮かべるみずほの顔と階段とを見比べて、肩をガクッとさせる光樹だ。
とてもではないが、部屋に戻る勇気はない。
「あ、ご、ごめん。オレ、明日、母さん達と旅行で早いんだ。今日は先に帰るね!」
「え? あ、そうなんだ」
「う、うん、きょうは、あの、あ、ありがと!」
みんなを呼ぶというみずほを制して、慌てて靴を履くと、ダッシュで駆け出す光樹である。
『まあ、明日は母さん達と旅行だから、少しは冷静になれるかなぁ。あぁ、そう考えると、未玖のおかげだな』
妹にせがまれて仕方なく、のはずだった旅行だが、少しだけホッとした。
ともかく、明日からの旅行は楽しんでしまおう、そんな風に前向きに考えようとした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
やっと、勉強回になったと思ったら
光樹君は勉強どころじゃない追い込まれよう。
待ち受けるは、前門のひみつ同盟、後門の妹ちゃん。
次回は、温泉回になるのか、それとも……
この作品は、気の向くまま、伏線無しで進みますので
この後考えます。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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