#19 二人きりの優しい時間
横になるって、ミヤビちゃんの膝をマクラにして、横になれということか?
ウチの母親ですらそんなことしてくれたことなど無いのに、友達とはそこまで親密な行為が許されるものなのか?
いや、そんなこと無いよな?
しかも、今の俺は全身汗と土でビショビショのドロドロだ。特に髪の毛なんて雫が垂れる程ビショビショの濡れ濡れだ。
タオルで拭いてもらうならまだしも、着替えたばかりのミヤビちゃんのジャージを俺の汗で汚すのは流石に不味い。
けど、もしかしたら、散々俺の事をしごいてストレス発散に利用したから、その罪滅ぼしと言うことか?
うーむ。
判断が難しいが、ならば、ここはミヤビちゃんのその想いを
そう思い至った俺は、「せめて膝にはタオルを敷いてくれないか? このままだとミヤビちゃんの服を汗で汚してしまう」とお願いすると、ミヤビちゃんは自分のタオルを広げて膝に掛けると、こちらに笑顔を向けながら再び膝をポンポンとした。
「では」と短く返事をしてから体を横たえ、右側頭部を下にしてミヤビちゃんの膝に頭を乗せた。
恥ずかしいので、ミヤビちゃんと視線が合わない様に、グラウンドの方へ視線を向けている。
「今日も沢山汗かいたね」
「ああ、こんなにキツイ特訓は初めてだった」
「あんみつくん、頑張った。 私に任せれば、きっとイ・ビョンホンになれる」
「そうか」
イ・ビョンホンが何かは分からなかったし、俺は何かを目指してダイエットしている訳では無かったが、ミヤビちゃんが俺を労ってくれているのが分かり、「こんな優しい時間がこのまま続けば良いのに」と思いながら会話を続けた。
「失礼ながら、ミヤビちゃんは野手としては恵まれない体格だと思っていたが、バッティングではかなりパワフルなんだな」
「普段は長打狙わない。 でも自分が打つべき時は分かってるから」
「なるほど。確か打順は3番だったな。初回で3人目となると、そのゲーム前半の流れを左右するような場面も少なくないだろうし、ミヤビちゃんほどメンタルが強く無くては務まらないだろうな」
「憧れの選手が居て」
「ほう」
「小学生の頃、その人みたいになりたくて、バッティング頑張ってた」
「なるほど。 けど、俺個人の感想を言わせて貰うと、ミヤビちゃんは打席よりも守備にこそ本領を発揮してた様に見えたぞ」
「そう?」
「ああ、キャッチしてから送球までの動作が抜群に速かった。他のチームメイトと比べても体のキレのレベルが違って見えた。 それにそつないポジショニングからのキャッチで滅多に体勢を崩すことが無くて、多少崩れたところで送球が逸れることも全く無かったし、守備に関しては全国レベルでは無いだろうか。体幹が優れているのだろうな。ジャイアントスイングで相手選手ぶん投げるくらいだしな。 たしか中学の間は引退してたんだよな?勿体ないな。いや、しかし、今のチームでも公式リーグに―――」
「野球は楽しければいい。上は目指してない」
「・・・そうか。 キミがそう言うのなら俺からは何も言うまい」
「あんみつくんは、経験無いのに野球詳しい?」
「ああ、下手の横好きというヤツだ。 興味はあっても、俺は団体競技に参加する機会に恵まれていなかったからな。何せ、体育のペアですら組んでくれる人なんて居なかったから。 それにウチは父親が昔柔道をやってたらしくてな、球技全般ダメらしくて親子でキャッチボールというのも無くてさ、せめて妹が弟だったら出来たかもしれないのだが。 だが、今日はこうして初めて野球を実際に体験出来て、嬉しかったよ」
「キャッチボールだけでも?」
「勿論さ。 一人じゃキャッチボールは出来ないからな」
「そう。 明日からも毎日出来る」
「そうだな。楽しみだ」
「特製ジュースも、毎日用意しておくから」
特性ジュースと聞いて思わずミヤビちゃんの顔を見上げると、優しい眼差しで微笑んでいて、俺に拒否権が無いことを悟った。
「・・・わかった」
「今日の分、水筒渡すから、家に帰ってからも飲んで」
「・・・わかった」
◇
体の疲労もだいぶ良くなり、歩けるようになったので帰る支度をしていると、ミヤビちゃんが明日の日曜日もダイエットの為の特訓をすると言うので、朝8時にミヤビちゃんの家まで迎えに行き、明日は小学校で運動をすることになった。
この日、俺は徒歩だったがミヤビちゃんが自転車で来てて、帰りは俺を後ろに乗せて家まで送ってくれた。
そして翌日、日曜日。
朝、目が覚めると全身が激しい筋肉痛で、起き上がれなかった。
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