#18 約束のホームラン



 休憩が終わると、漸く野球らしい練習が始まった。


 ペアでのキャッチボールから始まったのだが、俺はこれまで野球の経験が全く無くてグローブも持っておらず、それを知ったランちゃんが古くなったグローブをくれたので、それを使った。

 因みに、ミヤビちゃんもお古を俺にくれようとしたが、サイズが全然合わなかったのでランちゃんのを使わせてもらうことになった。



 キャッチボールの相手は勿論ミヤビちゃんだったのだが、俺が投げると届かないし、ゆっくり投げて貰ったボールも上手くキャッチすることが出来なかった。


「なんでこんな簡単なことも出来ないんだ」と自己嫌悪に陥りそうになったが、ミヤビちゃんが距離を短くしてくれて、ボールも上投げから下投げに変えて俺でも取りやすい様に1つ1つ丁寧に投げるようにしてくれたので、なんとかキャッチは出来る様になった。


 その後、遠投やノックなどの練習に移ったが、キャッチボールすらまともに出来ない俺は筋トレを中心とした別メニューとなった。


 俺の特別メニューには、ミヤビちゃんが指導する為に付き合ってくれた。

 どこから持ってきたのか、竹刀を片手に。


 大きな声で掛け声をあげながら、スクワット・腕立て・腹筋を50回づつでワンセットを、休憩を挟みながら3セット繰り返した。


 途中、俺のペースが落ちたり声が小さくなるとミヤビちゃんは無言で竹刀を地面に叩きつけて、一切の甘えや妥協を許してくれなかった。


 こんなにもキツイ特訓は、初めてだった。

 特殊スキル発動スイッチの挿入訓練よりも辛かった。

「ダイエットする!」なんて言うんじゃなかったと、何度も何度も後悔した。


 だけど、俺の特訓に付き合ってくれているミヤビちゃんを見上げると、彼女は真剣な眼差しをしてて、弱音を吐く自分が恥ずかしくなった。


 余談だが、途中で俺が脱ぎ捨てた汗でビタビタになったパーカーをミヤビちゃんが拾ってユニフォームの上から着てしまい、口元が緩んでいたのを俺は見逃さなかったが、怖かったので見なかったことにした。


 漸く3セット終えると今日の特訓は終了となった。

 次回からは5セットに増やすそうだ。




 俺の特訓が終わる頃には他のチームメイトたちは、2チームに分かれての紅白戦(5回で終了)を始めるところだった。


 紅白戦には当然ミヤビちゃんも出場していた。

 ミヤビちゃんは先攻チームの4番に立ち、1打席目からあっさりとホームランを打ち放っていた。

 だが、ミヤビちゃんは打席よりも守備する姿のが、華麗な身のこなしと鋭い送球で、一際存在感を放っていた。


 ランちゃんは後攻チームで最初ピッチャーをやっていたが、初回で打ち崩されて直ぐに別の人に交代させられていた。

 けどランちゃんも、ピッチャーよりも守備での活躍が際立っていた。

 センターからのバックホームでは、イチロー並みの鋭い送球で見事にランナーを刺していた。


 因みに俺は、疲労困憊で浜辺に打ち上げられたトドの様に地べたにうつ伏せでダウンしながら試合の模様を観戦していたが、練習試合に参加することは無かった。

 本心では、野球未経験者の俺が出ても迷惑掛けるだけなので、もし「あんみつも試合に出ろ」と言われても体調不良を理由に辞退するつもりだったが、結局最後まで声は掛けられず、俺の杞憂(自意識過剰とも言う)に終わった。

 ぼっちあるあるだな。




 紅白戦が終わると本日の練習は終了となり、グラウンドの整備をしてから解散となった。


 チームメイトのみなさんが「あんみつもあんみつ食べに行こう」と俺も誘ってくれたが、俺は疲れすぎてて立ち上がっても脚が震える程だったので丁重にお断りして、残ってもう少し休憩してから帰ることにした。

 すると、ミヤビちゃんも「私も行かない」と言って、グラウンドに残った。



 ランちゃんやチームメイト達が「来週も来いよ~」と行ってグラウンドから去るのを見送ると、俺は体の疲労を少しでも回復させようと日陰にあるベンチに座って体を休めることにすると、ミヤビちゃんはベンチの傍で器用にユニフォームからジャージに着替えていた。(上から着て、下に着てたのを脱ぐやつ)



 二人きりになったので、ミヤビちゃんに話しかけた。


「チームのみんなと一緒に行った方が良かったんじゃないのか?」


「大丈夫」


「そうか。なんだか俺に付き合わせてしまったみたいで、すまない」


「気にしなくていい」


 着替え終えたミヤビちゃんはそう言いながら自分のバッグからタオルを出すと、ベンチに座る俺の隣に座り、俺の額や首などの汗を甲斐甲斐しく拭ってくれた。

 どうやら、いつものミヤビちゃんに戻った様だ。

 拭った後のタオルの匂いを嗅ぐところも。


「いつもすまない。俺の様な人間の世話などさせてしまって」


「好きでやってることだから。 前にも言った」


「そうか。では謝罪よりもお礼のが良さそうだな。 いつも、ありがとう」


「ふふふ」


「それと、約束も果たしてくれて、ありがとう。 凄く嬉しかったし、とても格好良かったよ」


「約束? ホームランのこと?」


「うむ。 俺が応援に駆け付けたらホームラン打つと言ってただろう?」


「憶えてたんだ」


「そうだな。ミヤビちゃんと初めて会話した時だったから、印象深い」


「そっか。  私もあんみつくんの前で打てて嬉しい」ふふふ



 普段は口数が少ないけど、今のミヤビちゃんは機嫌が良いのか少し口数が多い様に感じる。

 恐らく、今日は俺にとっては地獄の特訓だったが、ミヤビちゃんにとっては俺みたいな人間をダイエットという大義名分を盾に堂々としごけるのは楽しかったのだろう。俺のような人間は、そういう捌け口にされることもよくあることだ。

 ただしミヤビちゃんの場合は、いじめや嫌がらせじゃないし、友達として俺の為にしてくれてるのも分かってるから、それを踏まえてミヤビちゃんの機嫌が良いのは、何よりだ。



 俺はまだまだ足腰が立たないので、もうしばらくこのまま休憩するつもりだったが、そろそろお昼の時間になるので、ミヤビちゃんには先に帰って貰おうと再び声を掛けた。



「俺はもう少し休憩が必要の様だ。ミヤビちゃんはお腹も空いているだろうから、先に帰ってくれ」


「まだ体、動かせない?」


「ああ、足腰にキテるようだ」


「横になったら?」


 ミヤビちゃんはそう言うと、自分の膝の上をポンポンとした。






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