#16.5 抑えられない欲求と衝動



 私の眼に狂いは無かった。

 あんみつくんはその辺の有象無象とは違う。

 私が困っていると知れば颯爽と現れて助けてくれて、そして恩着せがましいことなど一言も言わずに去ろうとした。


 恰好良すぎる。

 こんな人の傍に居ることが出来るなんて、やっぱり友達になれて良かった。

 この私がこんな風に友達のことで喜びを噛み締める日が来るなんて、思ってもみなかった。


 今の私は手を伸ばせば、あんみつくんに触れられる距離。

 今までだったら他人とこのような距離は許容出来なかった。

 長年の交友があるランコにすら、未だにここまでの距離感は許さない。

 なのに今の私はあんみつくんに対して、自らその距離感を望んでいる。


 あんみつくんの存在は私にとってこの16年の人生で培ってきた価値観を覆す程の物となっていた。

 これほどの影響を与えてくれた彼に、今、私が抱いているこの感情は何なのか。


 尊敬?

 友情?

 庇護欲?

 信仰心?


 分からない。

 ただ、はっきりと分かっている感情もある。

 それは、独占欲。

 中学3年の時。あんみつくんと別のクラスになり彼を間近で見ることが出来なかった時期に、たまに見かけた一人ぼっちで居る姿に安堵していたのも、今思えば、アレは独占欲からくるものだったのではないかと思う。



 他人に対して独占欲を抱いたことが無かった私は、最初はそれを自覚出来ていなかった。


 でもあんみつくんと友達になってから、「傍に居てほしい」「他の人(ランコ)とはあまり仲良くしてほしくない」「彼の世話は私だけが許される」といった欲求や衝動が次々と表れ、それが独占欲だと知ることが出来た。

 それと同時に、この『彼を独り占めしたいという欲求』の厄介さも知ることになった。


 

 以前の自分は、他人の前では冷静でいることを心掛け、自分から他人に構うようなことは一切無かったし、他人から構われてもそのほとんどは無視するなり冷たく受け流してきた。なのに、今の私は、あんみつくんを見ると自分の傍に置いておきたくなるし、あんみつくんに構いたくなるし、それを邪魔するような存在に苛立ちを覚える。

 そして、一番厄介なのが、そう言った衝動や行動が自分で制御出来ていないことだ。

 これが独占欲の特徴であることを自らの体験で知った。



 例えば、あんみつくんとランコの二人と学校帰りにファミレスに行った時。


 この日は、前日にあんみつくんと友達になったばかりの時期で、私もあんみつくんもまだ遠慮がちで余所余所しさがある微妙な頃。

 だからあんみつくんとの距離を更に詰めるべく、自分の座る席の隣に彼を座らせようとした。

 だけどあんみつくんは、自分を卑下する言葉で私に対する遠慮の姿勢を見せた。いえ、遠慮では無く、気遣いかな。

 私にとって尊い存在であるあんみつくんが、自分を卑下する必要なんて一切ない。 だから私はそれを彼自身に分かって欲しくて、すぐさま彼の言葉を否定した。


 そこまではいい。何も問題無かった。

 だけど、その場にはランコも居た。

 あのお節介大好き女が。


 ランコは私とあんみつくんのやり取りを、黙って見ていた。くそムカつくニタニタした笑顔で。

 そしてあんみつくんもランコの表情に気付いたのか、居辛そうな表情で気落ちしたのが分った。

 それを見た瞬間、カッとなってランコの脚に蹴りを入れた。しかもかなり本気で蹴ってやった。


 あんみつくんを傍に置きたくなるのも、あんみつくんのネガティブ発言をすぐさま否定してしまうのも、ランコの嘲笑に対してムカついてしまうのも、「あーん」させてデザートを食べさせたくなるのも、衝動的なものだった。 全てが彼に対する独占欲から来るものだし、相手が否定したり拒否しても、我を通してしまう。


 私は根っからのエゴイストだったし、怒りの感情爆発で直ぐに手が出てしまうのは今に始まったことではないけど、あんみつくんに関わることだとその怒りの沸点が低いということも独占欲の影響だと思う。





 そんな自分自身に戸惑いつつも、あんみつくんとの満ち足りた日々を過ごす中で、再びお節介大好き女のランコが余計なお節介を焼き始めた。


 あんみつくんに対して「痩せろ!」だの「ピザとコーラを今すぐヤメロ」だの「スパルタダイエットを始める」と、言い出した。


 ランコは何も解かっていない。


 あんみつくんの一番の魅力は、汗水流して頑張る姿じゃないか。

 そしてその汗を拭いてあげることが出来るのは、私だけに許された特権だ。

 それに、最近はあんみつくんの汗の匂いにもハマっている。

 拭き取った直ぐは匂いが薄いのだけど、一晩経つと濃厚な甘みが混ざったえた匂いとなる。

 ここまで芳醇な匂いを生み出せるのはあんみつくんの汗に限られた特徴だ。自分の汗ではあの芳醇な匂いは再現出来なかった。

 そして、この匂いを嗅ぐと得も言われぬほどの幸福感に包まれる。


 独特の匂いには食生活の影響があるだろうし、毎日のコーラを止めて汗かき体質が改善でもされたら、溜まったもんじゃない。

 本当に毎回毎回余計なことばかり言い出す女だ。


 それと、敢えて今まで意識しない様にしてたけど、ビジュアル的にも変ってしまうのは看過できない。

 あの丸々とした顔だって子豚ちゃんみたいでかわいい。抱き着いて顔をスリスリしたくなる衝動を抑えるのにいつも必死だ。

 痩せたあんみつくんの顔に興味が無いと言えばウソになるけど、子豚ちゃんは捨てがたい。




 だから私はランコの思い通りにはさせないよう、徹底抗戦の構えで反対した。


 しかし、私の思惑通りには事が運ばなかった。

 なんと、まさかのあんみつくん本人からのダイエット宣言。


 あんみつくんの魅力とそれに対する私の熱い想いを訴えたのに、あんみつくんはそんな私に対して「キミは間違っている」と断言した。

 これではまるで、私よりもランコの意見のが正しいと言っているみたいだ。


 あんみつくんにとって私もランコも友達で、等しく大切な存在だと思ってくれてるからこそ私だけでなくランコの意見にも耳を傾けるのは仕方ない。


 そして、私とランコが言い争いをしていた時、彼はずっと戸惑っていた。

 どちらか一方の肩を持つようなことはしなかった。

 彼はそういう部分では非常に紳士的で人格者だ。

 

 それなのに、私の熱い想いを聞いた彼は私のことを変態性癖と決めつけ、「私を真っ当な人間に戻す」と言い放った。


 なんとも異な事を言う。

 変態的趣向に目覚めつつあることを否定はしないけど、まるで今の私が真っ当な人間じゃないみたいじゃないか。

 あんみつくんには珍しく傲慢な物言いだ。



 しかし今の私はこの程度のことで挫けたりはしない。

 あんみつくんが本格的にダイエットを始動するのなら、多少の妥協をしてでもそこに私が大きく関われば良いだけなんだ。むしろランコにだって手を出させない。


 私とあんみつくんの物語は、まだ始まったばかりだからね。




___________


ラブコメ編、お終い。

次回、スポ魂編?スタート。




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