#05 初めての実戦



 いきなり声をかけられた。


「ひぃぃ!」


 闇夜の中、いきなり声を掛けられ腰を抜かしそうなほどビックリして思わず悲鳴を上げると、相手も「ひぃぃ!」と悲鳴を上げた。


 驚き過ぎて尻餅を付いてた俺は、恐る恐る声がした方向を振り向くと、そこには小学生くらいの女の子が一人居た。その子も尻餅を付いて驚いた表情で俺を見ていた。


「あ、ああ、驚かせてすまん。ビックリし過ぎて大きな声を出してしまった。大丈夫か?キミ」


 相手が小学生だと分った俺は高校生としての余裕を見せようと、お尻に付着した砂を払いながら立ち上がり、彼女を心配する声を掛け、右手を伸ばした。


 彼女が俺の伸ばした手を取ってくれたので立ち上がらせようとすると「なんかヌルヌルする」と言って、俺の手を払いのけた。


「いや、運動してたから汗で・・・」と言いかけて、気が付いた。


 俺は汗かきで、運動すると掌も手汗でヌルヌル状態になる。

 つまりは、雲梯で毎回4つ目に届かずに落ちてしまうのは、このヌルヌルが原因なんだと。


「キミ、中々やるな?俺の弱点を瞬時に見抜くとは。俺は安藤ミツオ。キミの名は?」


「わたし、ちぃたん。小学1年なの」


「なに?小学1年だと?こんな時間にこんなところで遊んでいては、家族が心配するだろ。ダメじゃないか」


「だって、ママもパパもしんくんのことがかわいいんだもん。ちぃたんのことなんてどうでもいいんだもん」


「むむ?そのしんくんとやらは、弟か?」


「うん。しんくんは弟でこのまえ産まれたんだよ」


「なるほど。産まれたばかりの弟くんにお父さんもお母さんも付きっきりで、キミは放置されているんだな?」


「ほうち?ほうちって放置自転車のほうち?」


「その放置で合っているが、小学1年には少し難しかったか。 まぁちぃたんの家庭の事情はだいたい把握した。兎に角お家に帰ろうか。お兄さんがお家まで付き添ってあげようでは無いか」


「おじさんが一緒に帰ってくれるの?」


「そうだ。お兄さんが一緒に帰ってあげよう」


「うん、わかった!おじさん一緒に帰ろ!」


「俺はおじさんじゃないからな?まだ15歳だからな?」



 こうしてちぃたんのお家まで付き添うことにしたのだが、先ほど手がヌルヌルだと指摘されていたので、水道で手を良く洗ってからちぃたんと手を繋いで歩いてちぃたんの家を目指した。



 ちぃたんの家は俺の家とは反対方向で、俺んちの近所よりも更に静かなエリアだった。

 途中竹藪があったり、小さなどぶ川を渡る橋があったりと、住宅密集地から少し離れたエリアだ。


 ちぃたんと手を繋いで歩きながら、将来の夢について語り合った。


「ちぃたんは大きくなったら、何になりたいんだ?」


「んとね、ちぃたんはね、大きくなったら大統領になりたいの」


「なに!?大統領だと!?大きく出たな!」


「うん。パパが言ってたの。アメリカの大統領が世界で一番えらい人だから、何でもやりたい放題なんだって」


「なるほど・・・確かにやりたい放題だろうな。トランプさんとか正にやりたい放題だったしな。 だかしかしな、ここは日本だから大統領になるのは無理だと思うぞ?」


「そうなの?どうしたらなれるの?」


「最低限、アメリカの国籍を取得する必要があるだろうな」


「国籍かぁ。じゃあアメリカの人と結婚したら、アメリカの国籍はしゅとくできる?」


「そうだな。それなら国籍は取得出来るな」


「じゃあね、ちぃたん大人になったら米軍基地の近くのクラブに出入りして米兵にナンパされるの待ってみるね」


「なんだと!?そんな知識ドコで仕入れたんだ!?ちぃたんは本当に小学1年なのか!?」


「女っていうのは謎がある方のが、魅惑的でしょ?」うふふ


 俺が女性の魅惑に初めて触れた瞬間であった。


「そうか、小学1年でその価値観は些か不安を覚えるが、まぁ頑張ってくれたまえ」


「うん!がんばる!」



 そんな他愛もない話を続けながらしばらく歩いていると、一軒の民家の前に到着した。


「ココがちぃたんのおうちだよ」


「そうか、きっと家族が心配しているはずだから、早くお家に入って安心させるんだぞ」


「おじさん、ありがとうね。ちぃたんが大統領になったらこの恩は必ず返すね」


「わかった、期待して待ってる」



 ちぃたんは家に到着しても俺の手を離さず、別れを惜しむかのようにまだ喋っていた。


 すると、目前の民家の玄関がガバっと開くと、中から男性が出て来た。



「チハル!こんな時間までドコ行ってたんだ!」


 ちぃたんの父親だろうか。

 ちぃたんを相当心配していたようで、興奮気味にこちらに向かって来た。


 その父親の様子に、ちぃたんはビックリしたのか泣き出した。


「ちょ、お父さん?娘さんがビックリして怖がってますので、落ち着いて」


「キサマ!何者だ!キサマがチハルを連れ回してたのか!?」


「いや、小学校で一人で居て危なかったので保護してここまで」


「チハルから手を離せ!この変態豚野郎!」


 えぇ!?

 慌ててちぃたんの手を離そうとするが、泣き続けるちぃたんが握っている手に力を込めてて離してくれない。

 流石大統領を目指すだけはある。小学1年とは思えない握力だ。


「警察に突き出してやる!」


 不味いぞ。

 ヒーローになる前に、ロリコン豚野郎の烙印を押されてしまう。

 何とかこの場から離脱せねば。


 そこで俺は思い出した。

 俺には特殊スキルがあるじゃないか。


 いつもならいちじく浣腸を右手で持って肛門に挿入するのだが、この時は右手をちぃたんに封じられていた為、左手を腰の右側に回してズボンの右ポケットに入れていたいちじく浣腸をなんとかして取り出すと、ノズル部分の先端を口に咥えてキャップを外し、素早くズボンに突っ込んで肛門に挿入した。


 左手での挿入は初めてだったが、奇跡的に一発でホールインワン!

 そのまま容器を押しつぶすとビュと冷たい浣腸液が注入され、腸内に染み渡る。


 ジワジワと来た。

 激昂するちぃたんパパへの恐怖心と一緒に便意が襲って来た。

 中々のビッグウェーブだ。


 そして俺は叫ぶ。

限界を超えた先に辿り着く世界ザ ワールド ビヨンド リミッツ!!!』


 泣き続けるちぃたんの左手を力一杯振り解き、父親とちぃたんに背を向けると全力ダッシュで走り出した。


「あ!まてこの変態豚野郎!!!」


 俺はひたすら走り続けた。

 幸い俺の服装は全身黒尽くめなので、闇夜に紛れるには好都合。


 5分程走り続けただろうか。

 体力的にも肛門的にも限界が訪れた俺は、目の前にあった竹藪に身を潜め、ブリブリと用を済ませた。



 危なかった。特殊スキルが無かったら余裕で捕まってたな。

 もう少しで将来の大統領を襲ったロリコンとして歴史的犯罪の冤罪をかけられるところだったぜ。

 それにしても娘を保護して家まで送り届けた恩人に、なんて理不尽な父親なんだ。 しかもちぃたんのヤツめ、あれだけ俺に感謝してたくせに、いざって時に事情説明もせずに泣き続けるとは、そんなことでは大統領になるなんて夢のまた夢だぞ?



 かくして、特殊スキルを使っての初の実戦はこうして終わった。

 色々と課題が残る戦いで、俺の精神的ダメージも甚大だった。


 ヒーローとはこんなにも大変な物なのか。

 いや、この苦労を表に出さず笑顔で皆を助けるからこそ、ヒーローと呼ばれるのだろう。


 俺はこの実戦を経て、思い描いていたヒーロー像が改めて強固な物となった。





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