第63話 食材買い出し、彼女さん

「み、三月君は私の前を歩いて」


「いや、そんなに警戒しないでも」


 水瀬がえっちな漫画を読みふけった後。俺達は当初の目的通り昼ご飯を作るため、近くのスーパーにやって来ていた。


 そして、いつもなら俺の隣を歩く水瀬は俺の少し後ろを歩いている。理由を聞いたところによると、『前歩くと、三月君が視姦してくるから、だめっ』とのことらしい。


 どうやら、先程読んだえっちな漫画の影響がこんな所に出てしまったらしい。


 今さら視姦されることに気づいたなんて遅すぎーーけふん、けふん。失礼した。


「それで、今日は何を教えてくれるのかな?」


「まぁ、ハンバーグでも作るか」


「ハンバーグ。確かに、作ったことなかったね」


 肉料理で人気の高いハンバーグ。一見手間がかかっていそうな料理ではあるが、そこまで手間がかかるような物ではない。食材をこねて焼くだけだしな。


 本格的なハンバーグの作り方などは知らないが、一般的な物を作るのならば、難易度は高くはない料理と言えるだろう。


それに、女の子が作ったハンバーグを食べたい。そんな願望がないかと言えば、嘘になる。


「三月君、何か変なこと考えてない?」


「考えてない、考えてないヨ」


 俺は水瀬にあらぬ誤解をかけられながら、ハンバーグに必要な食材を集めて回った。水瀬が俺を警戒しているせいか、いつものおばさま達に囲まれることはなく、問題なく買い物をすることができていた。


「最後にパン粉は……あ、行き過ぎた。水瀬さん、そこにあるパン粉を取ってもらっていい?」


「これかな?」


 俺は通り過ぎてしまったパン粉売り場に近い水瀬に、パン粉を取ってもらおうとした。


 水瀬は下に置かれているパン粉を取ろうとして、俺に後ろ姿をみせて屈んでいた。ちょうどこちら側に、お尻を突き出すような姿勢。


 普段ならなんとも思わないのかもしれない。いや、なんとも思わないはずはないんだけど。


 それでも、必要以上に俺に見せようとしなかった後ろ姿というだけあって、その姿は見てはならないもののように思えて、少しだけ鼓動が大きくなった。


 水瀬が屈んだ動きに合わせて、ジーンズ生地が微かにお尻に食い込むようにして、シワを形成する。硬い素材であるが故の、大きく深く刻まれるシワ。そんなシワの一つ一つさえも艶めかしい。


 そんなことを考えていると、水瀬の後ろ姿。もとい、水瀬のお尻の付近から視線を外せなくなっていた。


「三月君、パン粉はこれでーー。あっ」


「へ?」


 水瀬は振り返って俺の視線の先に気づいたのだろう。微かに顔を赤らめて、パン粉を持っていない方の手でお尻の付近を隠すように手を置いた。しかし、それだけで隠しきれるはずがないのに気がついたのか、水瀬は体ごとこちらに振り返ってジトっとした目を向けてきた。


 赤く染められた顔の色は、羞恥の感情によるものだろう。


「三月君、今えっちな目で見てたでしょ?」


「み、見てないぞ」


 俺は明らかにバレる嘘をついて誤魔化そうとしたが、当然誤魔化せるはずがあった。そして、俺の慌てるような様子を見て、水瀬はからかうように口元を緩めた。


「あんなにえっちな視線を後ろから向けておいて、それは無理があるんじゃないかな?」


 水瀬は悪巧みをする子供のような表情を浮かべて、こちらに余裕のある視線を向けてきた。


 未だに冷めきらない顔の熱は、先程のえっちな漫画を見た影響のせいか長く続いていた。それでも、俺をからかうために余裕のある表情を作っている水瀬は、無理をしてえっちなことを言おうとしている女の子のような可愛さがあった。


 その姿に胸の奥の方がざわりとざわつき始めていた。その直後のことだった。


 カラカラ。


 そんな水瀬の後ろの方から台車が近づく音が聞こえてきた。聞き覚えのある音。そして、それはこのスーパーに訪れると高確率で現れる集団の音である。そのことに気づくのに、時間を要さなかった。


「……きたか」


「え、来たって何が?」


 強者感あふれる登場で俺達の前に姿を現したのは、いつものおばさま達。俺達は、気づかないうちに囲まれていたようだった。


『あらあら、後ろからえっちな視線を向けてくるですって。ふふっ、家の中ではどんな体勢でえっちな視線を向けられているのかしら』


『後ろからって意味ありげに言ってたわよ! きっと家ではえっちな物を後ろから向けられているのよ! きゃーっ!』


『若いっていいわ~。若いって……いいわ~っ!』


 どうやら、今回は『後ろから』と『えっちな』に反応しておばさま達は妄想の世界を形成したようだった。


 そして、そんな桃色の妄想の世界に引き込まれるのはおばさま達だけではなかった。


「後ろから? えっちな物? モ、モノ? ~~~~っ、あぅ」


 迷探偵の水瀬はおばさま達の断片的な言葉をきっかけに、おばさま達が作り出した妄想の世界へと引きずり込まれたようだった。


 ぽんと音を立てるように顔を赤くした水瀬は、直球過ぎる言葉を受けた恥じらいのせいか小さく肩を震わせていた。


「か、帰ってこい水瀬さん! 勝手に沼にハマらないでくれ!」


「ハ、ハマる? ~~あぅっ」


「ちくしょう、重症だ!」


 水瀬の中にいる思春期が熱暴走でもしているのか、水瀬は言葉の全てが下ネタにしか聞こえない男子中学生のようになっていた。


 ぐるぐると回った目を見る限り、冷静な判断ができない状態のようだ。


 俺は水瀬の頭を冷やさせるためには、この場には長くいてはならない。そう考えて、水瀬の腕を引いてこの場を去ることにした。


『あら、強引なのね。次はどんな体勢でえっちな視線を向ける気なのかしら? 上から? いいえ、下からかしらね』


『攻守交替する気だわ! あんな無垢な女の子みたいな顔して、『今度は私がいじめてあげる』とか言う気に決まってるわ! きゃーっ!』


『若いっていいわ~。若いって……いいわ~っ!』


 遠くからおばさま達のガヤが聞こえて来るが、それを振り切って俺達は会計を済ませるためにレジの方へと向かった。


「……うぅ。三月君が、三月君が、色んな体勢で私を辱めたり、私にえっちなこと言わせていじめて欲しい願望を押し付けて、私にえっちな漫画みたいなシチュエーションをするように強要してくるぅ。えっちな漫画みたいにぃ」


「俺はそんなこと一切言ってないし全部おばさま達の妄想なんだけど俺がSとMの両方を兼ね備えてる変態みたいな気がするので誰にも言わないでくださいお願いいたします何卒!」


 俺はクラスメイトから『磁石男』というあだ名で呼ばれない様に、水瀬を妄想の世界から強引に引っ張り上げることにしたのだった。


 またあのおばさま達か、ちくしょう! 今度こそお客様の声のクレームコーナーに書いてやるからな!


 俺は『おばさま達が友人をえっちな妄想の世界に連れていきます』と書いたクレームを消して、今日も上手くクレーム内容を言語化できない俺の語彙力を呪いながら、スーパーを後にしたのだった。

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