第54話 コラボカフェに参戦、幼馴染さん

「み、三月!」


 とある週末。俺は待ち合わせ場所となる駅前に来ていた。


 約束の集合時間の15分前に着くと、突然謎の美少女が俺の袖を掴んできた。


 白いとの半袖のフリルが拵えてあるブラウスにエメラルドグリーンのような色をしているハーフパンツ。白色のすべすべしていそうなソックス姿の女の子が俺の袖を掴んでいた。


「お、遅すぎ」


 夏の暑さのせいか恥じらいによるものなのか。少女の顔は赤く、その目は潤んでいた。上目遣いで見てくるその視線は悪魔的な可愛さがあった。


 何だこの美少女はと思っていると、それが七瀬であったことに遅れて気がついた。


 あぶない、あやうく心臓が爆発するところだったぞ。


「うわっ、七瀬さんか。可愛過ぎてびっくりしたぞ」


「~~っ! そ、そういうのはいいってば」


 七瀬は俺の言葉を受けると、一気に顔の色を赤いものに染め上げた。七瀬は羞恥の感情をなんとか抑えるように口元を強く閉じて、恥ずかしそうに俯いてしまった。


 学校で一番可愛いとされている水瀬の次に人気のあるクール系の美少女。そんな子が休日に可愛らしい姿で俺の前に現れて、恥ずかしそうに涙目を向けている。


 ギャップという凶器で俺を殺しに来てるようにしか思えない。


「いいわけないだろ。なんだその可愛さは。ふざけてんのか」


「~~っ! な、なんかよく分らない理由で怒られてる」


 俺の言葉を受けてさらに顔を赤くした七瀬は、恥じらうように脚をきゅっと内側に閉じた。


 制服と同じくらい晒されている七瀬の生足。スカートではないのに、こんなにえっちな脚を晒しているのはどうなのだろうか。


 警察がいたら捕まるんじゃないかと心配になってしまう。


「えっと、三月?」


 七瀬は俺が脚を見て何も感じない人種だと思っているのだろう。自身の脚に向けられている視線に対して、不思議そうに首を傾げていた。


 もっと黙り込んで七瀬に不安げな顔をさせたいという要求を抑えて、俺は今日すべきことを思い出した。


「そうだった、コラボカフェに行くんだったよな?」


「そうだよ! もしかして、一瞬そのこと忘れてた?」


 そうなのだ。今日は七瀬が好きな女児向けアニメ『ポニキュア』のコラボカフェが開催されるのだった。


 そのコラボカフェに一緒に行こうと言われて、こうして週末に集まったのだった。


「ほら、早く行こうよ。ここにいると、周りの人が『似合ってない服着てんな~』って目でじろじろ見てくるからっ」


「いや、絶対に逆だろ」


 七瀬は普段はパンツスタイルでかっこいい系統の服装しか着ない。でも、七瀬は自分は可愛い系統の服が似合わないと思い込んでいるくせに、可愛い服が好きな女の子なのだ。


 これだけ似合っているくせに、自分には本気で可愛い服が似合っていないと思い込んでいる。一体、いつになったら可愛い服が似合うと自覚してくれるのだろうか。


 まぁ、こうして可愛い服を着て俺の前に現るあたり、本人も自覚しつつあるのかもしれないな。


「三月が『可愛い服着てこなかったら、駅で見つけ次第直帰する』なんて言うから可愛い服着てきたんだから、せめて盾代わりになってよ」


 七瀬はそう言うと、周りからの視線から隠れるように俺を引き寄せて壁代わりにした。七瀬との距離が近くなることで、柑橘系の香りがぐっと近くなる。


 突然近づかれたことによって、心拍数が跳ね上がった俺のことなど知らないといった様子の七瀬は、俺の袖を強く掴んで急ぐように歩き出した。


「ほら、三月早く行こっ」


 周りの目を気にしてきょろきょろする七瀬の様子は、隣にいる俺に変な虫が付かないように目を光らせている女の子のようだった。


 多分、俺達に向けられる笑みが優しいのもそういう理由なんだと思う。


 ……後でこっそり耳打ちして顔を真っ赤にしてやりたいな。


 そんなことを考えながら、俺は七瀬に連行されるようにコラボカフェへと向かったのだった。




「三月、写真撮って!」


 俺達はコラボカフェに到着すると、軽食と飲み物を注文した。そして、その飲み物にはランダムでコースターが付くようになっていた。


七瀬はそのコースターに描かれているキャラクターを確認すると、子供のような笑みをこちらに向けてきた。


コースターには青色がイメージカラーのシュナちゃんというキャラクターが描かれていた。クール系の美少女ポジションである彼女は、最近の七瀬の推しのキャラクターである。


「お、やったじゃん。よく一発で推しを引き当てたな」


「まぁね! 日頃の行いってやつかな!」


 嬉しそうな笑みをこちらに向けている七瀬は、コースターを顔の横に持ってくると、写真を撮るように要求してきた。


 普段は写真を撮らないでよぉと言われるが、今回は本人たっての希望である。俺は無言でスマホを向けてシャッターを切りまくった。


「も、もういいよ三月」


「いいかどうかは俺が決めることだ」


「そ、それは違うと思う」


 七瀬がやめてくれと言ってもシャッターを切り続けていると、七瀬の顔が徐々に赤さを増していった。潤んだような瞳は羞恥の感情によるものだろう。ちらりと辺りを確認すると、七瀬はしおらしい様子で言葉を続けた。


「み、三月。恥ずかしいよ」


「大丈夫だ。みんなが七瀬さんのことを見てるのは入店してからずっとだから」


「え?」


「ん? ああ、気付かなかったのか。写真撮り始める前からみんな七瀬さんのことを見てたぞ」


 七瀬は俺の言葉の意味が変わらなかったのか、きょとんと首を小さく傾げた。そして、改めて辺りに目を向けてようやく俺の言葉の意味が分かったらしい。


 周囲から向けられている視線がシャッター音を鳴らしている俺ではなく、自分に向けられていることに気づいたようだった。


 入店以降、七瀬には多くの視線が向けられていた。当然と言えば当然だ。可愛い子が可愛い服装を着て、ポニキュアのカフェのグッズを見て喜んでいるのだ。


 可愛すぎて注目を集めてしまうのは仕方がないという物。


 普段道を歩いているときでさえ、その視線を気にして俺を盾にするくらいだ。遮蔽物がない中で俺と向かい合ったように座った七瀬が耐えられるわけがなかった。


 七瀬は顔をポンと赤くすると、その熱を耳の方まで移動させた。そして、その熱はそこだけで止まるはずがなく、七瀬の目を潤ませて涙を浮かばせた。


 そして、未だにシャッターを切っている俺の方に、懇願するような瞳を向けてきた。


「うぅ、やめてよぉ。みんなが見てるから、これ以上撮らないでぇ」


 七瀬は恥ずかしそうに両手で顔を隠すと、そのまま顔を横に振って撮られることを嫌がるような素振りをした。


再び上げられた七瀬の顔には余裕が見られず、その瞳はぐるぐるとしていた。湧き出て止まらない羞恥心によって、七瀬の頭は回らなくなっているようだった。


しかし、七瀬の言い分も分からなくはない。シャッター音を気にするお客さんもいるだろうし、これ以上シャッター音を響かるのもコラボカフェに悪いよな。


 でも、もっと可愛い七瀬をカメラに収めたい。


 ……。


「みんながいない所なら、撮っていいのか?」


 俺はろくに頭の回っていない七瀬にそんな質問を投げかけた。七瀬は現状から逃げられると思ったのだろう。必死に何度も頷いているようだった、


「じゃあ、言葉にしてみてくれ。『みんなのいる前は恥ずかしいから、撮影するときは二人っきりの時にして』って」


「み、みんなのいる前は恥ずかしいから、撮影するときは二人っきりの時にして」


 七瀬はそこまで言って、俺の様子が少しおかしいことに気がついたのだろう。ぐるぐるとしていた瞳はいつの間にか正常になっており、きょとんと首を傾けていた。


 まぁ、もう撮れたから遅いんだけどな。


 俺は停止ボタンを押した後、先程撮影した動画を確認するために再生ボタンを押した。


『み、みんなのいる前は恥ずかしいから、撮影するときは二人っきりの時にして』


 顔を真っ赤にさせながら、涙目でこちららにそう懇願する七瀬の姿がそこにあった。意味深な言葉遣いと羞恥心が駆け巡ったような表情をしているせいで、言葉通りの意味には捉えることができない作品が完成してしまった。



「うお、思った以上にえっちな感じになったな」


「ふぇっ」


 俺のスマホから七瀬の声が聞こえてきたことで、七瀬は全てを察したように顔をさらに赤くした。そこに俺の心から漏れ出た言葉が重なり、七瀬は涙ぐんだ目でこちらを睨んでいるようだった。


「心配するな、ちゃんと本人には見せるって。ほら、見てみろよ七瀬さん『み、みんなのいる前は恥ずかしいから、撮影するときは二人っきりの時にして』」


 俺は画面を見せてもらえないで拗ねていた七瀬にその画面を見せた。俺だけ楽しんでいると思って、不貞腐れてしまったのだろう。


 そんな親切心からスマホの画面を見せて、再生ボタンを押してあげたのだった。俺は紳士的で女性に優しいのである。


……あれ? おかしいな、なぜ一段と目に涙を溜めたのだろうか。


「け、消して! 再生しないで! こっちに見せないでぇ!」


 顔を真っ赤にしながら俺のスマホを強奪しようとする七瀬の手から逃れながら、俺は何度も何度もその動画を再生した。


 ふむ、やはり七瀬はえっちだな。


 今日も良い休日だった。俺と思春期は肩を組んでにっこりと笑い合ったのだった。


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