第50話 変身。魔法少女、幼馴染さん
「「ポニキュアがんばえー!」」
とある休日。俺は七瀬にポニキュア第一シリーズの映画鑑賞をしようと言われて、七瀬の家に遊びに来ていて。
『三月って、第一シリーズの映画見たことないの?! えー、それでポニキュア好きって言われても、ねぇ?』
先日の学校帰り道でそんなことを言われてしまったので、俺の中でのポニキュア好き魂に火がついてしまったようだった。
俺はそんな口車に乗らされるように、今日七瀬の家に乗り込むことになったのだった。
どこまで沼にハマりかけてんだ、俺は。ポニキュアは幼女向けアニメのはずだろ?
「どう? 面白かったでしょ?」
ポニキュアの映画が丁度終わったところで、七瀬が興奮気味にぐいっと近づいてきた。
ただでさえ並んで座っていたため柑橘系の香りが近かったというのに、より一層その匂いが強くなったようだった。
速くなりそうだった鼓動を無視して、俺は七瀬から顔を背けて画面の方に向けた。
「面白かったな。映画を観なかった自分が恥ずかしいくらいだ」
「そうでしょ?! ほら、これで三月も立派なポニキュアオタクだね!」
「ああ、これで俺もようやく……いや、こんなにハマっちゃっていいのか?」
完全に大きなお友達ルートまっしぐらな自分を振り返り、俺は危機感のような物を感じていた。
なんか引き返せないところまで来てないか、おれ。
「はぁ、本当に可愛いよね、ポニキュア」
七瀬は画面に映るポニキュアの姿を見てうっとりとしていた。その言葉は心から漏れ出たような口調で、普段の学校で見る姿とは異なるものがあった。
学校でのクール系な顔つきは鳴りを潜め、一人の幼い少女の顔つき。お姫様に憧れている少女がするような目を画面に向けている。
「やっぱり、女の子っていうのはポニキュアに憧れるもんなのか?」
「そりゃあ、そうだよ。こんなにフリフリな服着て強いんだからね。それでいて、可愛いし」
「まぁ、確かにお姫様とは違うフリフリ感があるよな」
女の子の憧れであるプリンセス物語。それよりも服装はフリフリとしていて、可愛らしさが惜しみなく前面に押し出されている。少女でなくとも、この服を見て可愛いと思う人は多いのだろう。
女の子だったら、こんな服を着たいと思うのかもしれないな。
……。
そこでふと思ったことがあった。
「七瀬さんって、ポニキュアのコスプレとかしたりしないの?」
「へ?」
七瀬は可愛いものが好きで、可愛い服が好きだ。ポニキュアのことが好きなら、着なくても鑑賞用とかで持っていそうだなと思って、何気なしに聞いてみた。
すると、七瀬はまるで虚を突かれたような反応をした。ぱちくりとした瞬きは、そんなことを聞かれると思っていなかったようだった。
徐々に赤くなっていく顔色。羞恥の感情が駆け巡る前兆のようだった。
これは、確実に着たことがある反応だ。観賞用ではなく、こっそりと着て楽しんでいるのかもしれない。
そこまで考えてしまうと、もう止まるわけにはいかなくなっていた。何としても着ている姿を見たい。カメラに収めたいという欲求が沸々と湧いてくる。
「し、しないよ! コスプレなんかしてないから!!」
七瀬は手と顔をぶんぶんと横に激しく振って、俺の言葉を否定しようとしていた。しかし、徐々に赤さを増していく顔色と慌てふためく様子から、俺の中の疑惑が確信に変わった。
「あれ? クローゼットからはみ出てーー」
「うわーーん!!」
七瀬は俺の言葉を受けてクローゼットを隠すように飛びついた。
そして、クローゼットに飛びついたところで、俺の言葉がブラフであることに気づいたらしい。こちらに恨むような目を向けている。
その目には涙が浮かんでおり、羞恥心のせいか熱が籠っているように見えた。
そんな目を向けても怯まない俺の態度に、七瀬は体の前で大きなばってん印を作って目をぎゅっと閉じた。
「き、着ないよ! 三月の前でも絶対に着ないから!」
七瀬は意地になったような口調でこちらにそう言い放った。テコでも動かないとでも言いたげに、クローゼットを隠すようにして立っている。
ふむ、あの中にポニキュアの衣装が隠してあるとみて間違いないようだ。
問題はどうやって、七瀬にその衣装を着てもらうかだ。ここまで来て諦めるような洗濯は絶対できない。
普段学校ではクール系の美少女。水瀬の次に人気のあるような可愛い女の子のポニキュアのコスプレ姿。
何としてでも見たい。負けてはならない勝負がここにはあった。
俺は少しだけ考えた後、誘い込むように攻め方を変えることにした。
「へー、ポニキュアの衣装って恥ずかしいものなんだ。え、もうしかして、アニメのポニキュアの服も恥ずかしいものなのか?」
「は、恥ずかしくないよ。ポニーテールの衣装は可愛いんだよ」
ややムッとしたような反応。そうだ、七瀬がポニキュアのことを馬鹿にされて黙っていられるわけがないのだ。
「可愛いだけなら、なんで七瀬は着れないんだ? 普通に着れるんじゃないのか?」
「そ、そうだけど、そうなんだけどぉ」
七瀬は俺の言葉を受けて、少し揺らいだように見えた。それでも、自分が着た姿を想像したのか、七瀬は顔を真っ赤にして煮えたぎらないような反応をしている。
よし、もう一押しと見た。
「ふん! 所詮七瀬さんのポニキュア愛もそんなものか。まぁ、いいんじゃのか?」
「な?! ポニキュア愛について馬鹿にされたくないんだけど!!」
よっし、完全に食いついてきた。
手ごたえを感じた俺は油断をしないように、俺はやや演技がかった口調で言葉を続けた。
「いいって、無理するな。ポニキュアの衣装を着て人前に出れないってだけで、底が知れるっていうか、ねぇ?」
「着れるし!! いいよ、そこまで言うなら着てあげる!! ポニキュア愛の深さってやつを見せてあげるから!!!」
七瀬はそう言うと、俺に別の部屋で待機するように告げると、自室の扉を勢い良く閉めたのだった。
……やったぜ。
「あ、開けていいよ」
俺が扉の前でしばらく待つと、七瀬はしおらしい声でそんな言葉を口にした。俺はどきどきをそのままに、ゆっくりとその扉を開けた。
そして、その扉の先にはピンクと白を基調としたミニドレスを身に纏った七瀬が立っていた。ナイロン製のような安っぽい生地と、現実味のない服の形状。着慣れていないような感じがなんともいえないコスプレっぽさを醸し出していた。
「あの、これはね、ポニキュアシリーズの四作目の主人公のーー」
「可愛いなぁ。コスプレ感がえろいね」
アニメのパロディAVのようなコスプレ感が何とも言えないエロさがあった。心が言葉を口にしたかのように、俺はぽろっとそんな言葉を漏らしてしまったようだった。
「え、えろ……~~~~っ!」
俺の言葉を聞いて、良く締まっている太腿がきゅっと内側に向けられた。制服の時と見えている面積は変わらないというのに、そこから目が離せなくなりそうだった。
「あ、間違えた間違えた、可愛い、とても煽情的だ」
「それ意味変わってないからぁ!」
七瀬はそう言うと、両方の手で顔を隠すようにして座り込んでしまった。耳の先まで真っ赤にしている姿は無理やりコスプレをさせられた乙女のそれだった。
不意に上げられた七瀬の目には涙が浮かんでいた。服の可愛らしさが相まって、普段のクール七瀬とのギャップに心を射抜かれてしまう。
「ちょっ、撮らないでよ! 無言で連写するのやめて!」
「え? うわっ、本当だ。無意識で連写してた」
何と恐ろしいことでしょう。七瀬の可愛さにい抜かれた俺は無意識下で七瀬にスマホを向けて連写をしていた。
「うぅ、撮らないで、撮らないでよぉ」
俺がカメラシャッターを切る度に顔を赤くして、涙を溜めていく。そんな姿を見せられてしまっては、ますますシャッターを切ってしまうというもの。
やばいな、まさか自分がこんなにコスプレに興奮するとは思わなかった。
俺は七瀬のコスプレ写真を見返して、少し動く映像も残してきたいなと思ってしまった。思ってしまったのだから仕方がない、実行に移さねば。
「七瀬さん、なんで恥ずかしいのか分かったぞ」
「へ?」
七瀬は涙目をこちらに向けて、俺の言葉に耳を傾けた。
長時間如何わしいことをされ続けたような目を向けられて、少しゾクッと来るものがあった。
ダメだダメだ、ゾクッとしている場合ではない。
「七瀬さんがポニキュアになりきっていないから恥ずかしいんだ!」
「なりきってない?」
「そうだ! ポニキュアには変身するときのセリフがあるだろ? 多分、あれをやれば恥ずかしくなくなるはずだ?」
七瀬は俺に言われて、ふらふらとゆっくりと立ち上がった。多分、長時間羞恥心に当てられて頭が回らなくなっているのだろう。
普段ならそんなわけがないと気づくはずなのに、七瀬は言われるがままに力なく立ち上がった。
「セリフ言うの?」
「ああ! 振り付けも一緒にな!」
ノリノリの俺のテンションに首を傾げながらも、七瀬は言われた通り可愛らしい動きと共に、言葉を続けた。
「か、輝く一厘の華! キュア――」
そして、ふと俺のシャッター音が止んだことに気がついたようだった。途中までノリノリでやっていた動きを止めて、じっとこちらに目を向けている。
そして再び、七瀬の目にはぶわっと涙が浮かんだようだった。どうやら、俺が動画を回していたことに気がついたらしい。
というよりも、脳が正常に動き出したらしい。
「あ、ばれたか。ここまでだな。よっしと」
「ど、動画はやめてぇ!」
『か、輝く一厘の華! キュア――』
「こっちに見せないで! 再生するのやめてぇ!」
俺は会心のできであるその動画を見て、力強く頷くのだった。
七瀬のポニキュアのコスプレ姿は、可愛くてえっちだ。
七瀬が何度も俺を揺らして止めようとするのを無視して、俺は何度も何度もその動画をループさせ続けたのだった。
思春期も俺もにっこりの休日だった。
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