第48話 夕飯ですよ、幼馴染さんと彼女さん

「三月って、お好み焼き以外にも何か作れるの?」


「いつから俺は関西キャラになったんだよ」


 とある放課後の帰り道、三人で帰っていると七瀬が思いついたようにそんなことを口にした。


 関西弁を多用したわけでもないし、関西人キャラを徹底していた訳でもないのに、なぜそんな認識を持たれているんだ。


「あれ、もしかして、俺って自覚ないだけで結構ユーモアに富んでいたりするのかな?」


「いや、そんなことはないんだけどさ、単純に三月の他の料理食べたことないなって」


「……即答かよ。そんなことないのか」


「茜はあるの?」


「え、私?! あ、私も、多分ないような気がする」


 突然話を振られて慌てそうになっていた水瀬だったが、よくよく思い出してみて本当にないことに気がついたみたいだ。確かに、俺が水瀬に料理を振る舞うというのはあまりなかったかもしれない。


 基本的に水瀬に教えるときは、水瀬に料理を作ってもらってるしな。水瀬の作った料理を二人で食べるということが圧倒的に多い。


「ちなみに、今晩のおかずは?」


「作り置きした肉じゃがかな。あとは小分けにしてあるナスの煮浸し」


「煮浸し? ああ、なんか前に茜が作った奴食べたっけ。それ流行ってるの?」


「……現在人気急上昇中みたいだぞ」


 俺が水瀬に普及したからであって、特段流行りの料理なんかではない。流行るには花がなさ過ぎるしな。


「それって、私達の分もあるのかな?」


「いや、なんで食べにくる前提なんだよ。まぁ、あることはあるけど」


 ひょこっとこちらに顔を覗かせた水瀬は、七瀬以上に乗り気みたいだった。ちゃっかりしてやがる。


「それじゃあ、今日の予定は決まりだね。突撃、三月の家の晩御飯だ」


 そんな七瀬の一言により、本日の予定が確定したようだった。


 いや、家主がまだ招くかどうか決めてないんだけどな、君達を。




「三月の家に来たの久しぶりな気がする」


 何気なしに七瀬がそんな事を言いながら、リビングに置いてあったクッションに腰かけた。手馴れたようなその動きに、水瀬がジトりとした視線をこちらに向けていた。


 前にこの家で七瀬の撮影会をしたことがあったからな。おそらく、またそんなことやっているのではないかという疑いの眼差しだ。


 俺は首を横に振ってみたが、水瀬は微かに膨れた頬をそのままにしていた。


「三月お腹減ったー」


「いや、さすがにまだ食べだすのは早くないか?」


「いいじゃん、早く食べてあとは買ってきたお菓子食べよーよ」


「うーん、それもそうか。それじゃあ、俺支度してくるから。水瀬さん、冷蔵庫にアイスコーヒーあるから、七瀬さんに出してあげて」


「あ、うん、分かった」


 そうして、俺と水瀬はリビングを後にしてキッチンに移動した。冷蔵庫も食器もキッチンにあるので、水瀬も俺についてきたのだろう。


 そして、水瀬は静かにキッチンとリビングを仕切る扉を閉めた。


「……」


「えっと、水瀬さん?」


「なにかな?」


 二人きりになった空間は少し気まずさを覚えるものがあった。別に、水瀬の機嫌が悪くなったりしたわけではない。


 ただ先程から微かに膨らんだ頬がそのままなだけである。


 突いてしまいたくなる衝動を必死に抑えて、先程までのやり取りを思い出す。おそらく、俺がまた七瀬を家に招き込んで、撮影会をしていると思っているのだろう。それに対して膨らんでいるのだと思う。


 そんな定期的に開催できるものなら、ぜひしたいものではあるのだが。


「前に水瀬さんに会ったとき以降は、七瀬さん家に来てないぞ」


「べつに、気にしてませんー。私は三月君の彼女さんでもないから、愛実に可愛い服装を着せて、撮影会をしてても何も言う権利とかないしね。なんとも思ってないですよー。私はまだ一回しかお願いされてないな、とか思ってないですよーだ」


「なんだその可愛いむくれ方は」


「か、可愛いなんて言われても騙されないし!」


 水瀬の反応があまりにも可愛らしいものだったので、つい心の声が漏れ出てしまった。


 そんな俺の言葉に微かに動揺した水瀬だったが、すぐに先程のように頬を膨らませてしまった。


 いや、結構機嫌が良くなった気もするな。


 俺は何かしらの証拠はないものか考えを巡らせて、一つの方法を思いついた。俺はスマホをポケットから取り出すと、写真フォルダを開いてスマホの画面を水瀬に見せた。


「水瀬さん、これを見て欲しい」


「え?」


「これが俺の写真フォルダの最新の画像だ。ほら、スライドしてもこれ以上最新のファイルはないだろ?」


 俺はそう言うと、以前に水瀬を撮影したときのスマホ画面を水瀬に見せつけた。このファイルが一番新しいファイルであることを理解してくれれば、俺が七瀬と撮影会をしていないことも分かるはず。


「ほら、この芸術的な性欲を掻き立てるような一枚。分かるか? 前に水瀬の家で撮影した一枚に違いないだろ?」


「せ、性欲を……~~っ!」


「あ、ちがっ」


 俺はその一枚が水瀬の家で撮ったものであることを証言しようとして、熱くその一枚の芸術性について語ってしまっていた。


 しかし、その芸術性は少々エロスが強かったようで、水瀬は思い出したかのように顔を真っ赤にしてしまった。それでも、すんでのところで羞恥に呑まれる前に帰って来たらしく、水瀬は冷蔵庫からアイスコーヒーと人数分のグラスを抱きかかえて、俺の方から顔を逸らした。


「さ、先にリビングに戻ってるから!」


 そんな羞恥の感情に負けなくなった水瀬の後ろ姿。いつまでも羞恥に顔を染めているばかりではないんだなと、少しの成長を感じせるものがあった。


 ……なにこれ。



「なんか、茜が顔真っ赤になって帰って来たけど、何してたの?」


「今作り置きを解凍してるから、もうしばらく待ってくれ」


「え、聞こえないふりで逃げようとしてる」


 俺はジトりとした七瀬の視線から逃れて、何事もないように腰を下ろした。七瀬と水瀬が向かいうようにローテーブルを挟んで座り、俺はその残った一辺に腰を下ろした。


「まぁ、別にいけどさ」


 七瀬は俺が質問に答えようとしないでいると、呆れるようなため息をつきながら脚を伸ばした。三人でローテーブルを囲んでいるという状況。脚を投げるように伸ばすのなら、当然伸ばす先は俺の方になる。


「え、愛実?!」


「うわっ?! な、なに? どうしたの?」


 七瀬からしたら、ただ脚を伸ばしているだけ。別に、スカートが捲れているわけでもないし、水瀬が声を上げた意味が分からなかったのだろう。


 七瀬は何が起きたのか分からないといった様子で首を傾けていた。


 制服姿の七瀬の脚が俺の方に向けられている。その事態に動揺を隠せないのは、俺の性事情を知る俺と水瀬。


 当然、こんな状況に思春期が黙っているはずもなく、俺の目を強引に七瀬の脚へと向けさせた。


 すらりと伸びたふくらはぎ。黒いソックスに包まれたそれは、煩悩を引き締めさせて律するような正しさと、妖艶さを醸し出していた。


 そして、七瀬の脚を見る俺の視線に水瀬が気づかないはずがなかった。こちらに向けられた不満そうな視線。しかし、その内容を口にすることが阻まれていた。先程、水瀬は自分で文句を言う立場ではないと言っていたのだ。


 それゆえに、何も言えずにこちらに睨むような視線を向けることしかできないのだった。


「~~~~っ!」


 しかし、何を思ったのか水瀬もこちらに脚を伸ばしてきた。完全に伸ばすのは恥ずかしかったのか、膝が曲がった状態でこちらに黒ソックスに包まれた足の裏を見せてきた。


 ただの足の裏。されど足の裏。


 当然、性器や下着ではないのだから、隠す必要はない。それでも、俺の性事情を知っている水瀬からすると、俺に足の裏を見せるということは下着を見せることと変わらないのかもしれない。


 水瀬は羞恥の感情に呑まれたように顔を真っ赤にしながら、足の裏を隠すようにしながら見せてきた。耳の先まで真っ赤にして、恥じらうように。


 水瀬は羞恥に満ちた涙目で、こちらに睨むような視線を向けていた。それは、下着を見せること強要された乙女のそれだった。


 辱めを強要されたかのような目でこちらを睨まれると、なんだか悪いことをしているような気がしてくる。背徳感に近い興奮のような物が俺の体を駆け巡るのが分かった。


 生唾を呑み込んだのは思春期のせいであって、俺のせいではない。それでも、水瀬の脚を、足の裏を凝視してしまうのは俺が悪いのかもしれなかった。


「えっと、なんかありがとうな」


 ここで言葉にするのは謝罪ではなく感謝である。そう感じた俺は、その心に湧き出た気持ちを水瀬に告げていた。


 感謝の気持ちという物は自然に出てくるものなのだなと、このとき俺は初めて気づいたのかもしれない。


「み、三月君が私に足の裏を見せろって、視線で脅迫してきて、いやらしい視線を浴びせて、脳内で私を辱めてくるって、みんなにーー、いや、それよりも愛実にーー」


「誤解ではないかもしれないけれども深層心理に関わってくるようなことだし何よりも蔑まれる気しかしないから誰にも言わないでくださいお願いします何卒!」


 俺はクラスメイトに『足裏を強要する変態』というニュータイプの変態だと思われないように、水瀬に頭を下げたのだった。


 今回は俺が悪いのだろうか。いや、未だ足裏から視線を外そうとしない思春期が悪いと思う。


 思春期、見るならしっかり見て記憶しておけよ。


「足の裏? 脅迫? え、二人とも何の話してるの?」


 俺はそんなふうに戸惑う七瀬のふくらはぎにもしっかりと視線を向けて、誠心誠意頭を下げたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る