第32話 今後のグループと、彼女さん

「なんか遅くなかった?」


「……お好み焼きは奥が深いんだよ」


「さっき、すぐできるって言ってなかったっけ?」


 俺達は少し多めに時間をかけながら、無事お好み焼きのタネを用意することに成功した。いつも、家で作るときとかはすぐにできるのに、なんでこんなに時間がかかったのだろうか。


 未だ微かに顔が赤い水瀬には、そんな質問はしないで頂きたいものである。


「まぁ、いいけどさ。ほら、座って座って」


 七瀬はそう言うと、自分のすぐ隣をぽんぽんと叩いた。まるで当たり前のことを言うような口調だったので、思わず七瀬の隣に座りそうになってしまう。


「俺はここで良いよ。三人いるんだし、こっちの方が話しやすいだろ」


 水瀬と七瀬が向かい合うように座り、その空いている一角に腰を下ろした。さすがに、1対2の構図になるように座るわけにはいかないだろう。


「まぁ、それもそうか」


 七瀬はそう言うと、座る位置を少しずらして俺の方に寄ってきた。まぁ、水瀬は正面にいるわけだし、俺に近い方が話しやすくなるのかも知れない。


 いや、別に話しやすくはならないだろ。


「じーー」


「な、なんだよう」


「別にー。愛実がこれだけ心許してる人って、あんまりいないなって思って」


 水瀬はこちらに何か言いたげな視線を向けると、そんなことを口にした。そう言いながらも、特に文句はないのか俺達に飲み物を注いでくれている。


「私も茜がこれだけ心許してる人って知らないかも」


「……心許してる人ってことは、否定しないんだ」


「否定はしないかな。茜がどうなのかは聞かないけど」


「わ、私も否定してないからっ」


 二人はそんなやり取りをして、俺の方にちらりと視線を向けてきた。何か言うことはないのかとでも言いたげな視線なので、ここはひとつ言わせてもらうことにしよう。


「……いや、普通に肯定はしてくれないのかよ」


 水瀬と七瀬の秘密を知りながら、俺達は結構長く一緒にいたと思う。それなのに、すんなり肯定してくれないとか、普通にショックである。


「あ、そういう訳じゃないんだよ、三月」


「うん、違うの! えっと、違うんだよ、三月君!」


「もういいよ。分かったよ。お好み焼き食べようぜ」


 俺は少しのショックを受けながら、ホットプレートに油をひいてお好み焼きを焼き始めた。生地が焼ける音を聞きながら、俺は心を無にしてその音で癒されていた。


「なんか三月、手馴れるね」


「まぁ、米炊き忘れたり、月末お金厳しいときとか作ってるしな」


「へぇ、三月って家事とかやるんだ」


「そりゃあ、やるよ。俺、一人暮らしだし」


「え? そうなの?」


 そういえば、七瀬には俺が一人暮らしをしていることを言っていなかったか。

 

 聞かれたから答えてしまったが、別に一人暮らしのことを隠す必要はないだろう。時光とかと一緒にいれば、自然とそんな会話にもなるはずだ。


「茜以外にもいたんだね、一人暮らしをしてる人。少し驚きだわ」


 七瀬はそう言うと、水瀬の方に視線を向けた。そうして視線を向けられた水瀬だったが、当の本人はきょとんと首を傾けている。


 いや、今ここでその反応は悪手なのではないだろうか。


「茜は知ってたの? 三月が一人暮らしをしてること」


「え? あ! み、三月君も一人暮らししてたの! シラナカッタ!」


「なんで一人時間差してんのよ」


 明らかに不自然な水瀬の反応。しかし、水瀬が知らない方が自然だと思ったのだろう。そのことについて、それ以上七瀬が言及することはなかった。


「そういえば、昨日あの後大変だったりしたんじゃないか?」


 俺は話題を変えるため、直近に起きた出来事の方に話の方向を変えた。それに、俺が知りたいことでもあった。


「あー、まぁ。そこまで大変ってことじゃなかったかな」


 昨日、水瀬は飯田達のいるグループから抜けて来た。あのグループは水瀬を中心としたグループだったと思う。その水瀬が、突然別の子とつるむから抜けると言い出したのだから、困惑したとは思うのだが。


「みんないい奴ばっかだからね。今度は茜にメドレー歌いきってもらうとか言ってたくらいかな」


「笑顔で言っているのが想像できるのが、凄いよな」


 多分、飯田あたりがそんな事を言ったのだろう。しかし、俺の想像する飯田はが浮かべた笑顔は少しの悲しみを含んでいるような気がした。


 仲間想いな奴だから、単純に寂しがったりはしてそうだよな。


「……やっぱり、少し悪かったかな」


「別に誰といてもいいでしょ。茜が心配することじゃないよ。まぁ、恵美には少し悪いことしたかもね。私も含めて」


「あー、恵美ちゃんか。確かに、女子一人になっちゃたしね」


「恵美って誰だ?」


 俺は突然出てきた知らない名前を前に、話についていけなくなっていた。しかし、そんな俺の反応が良くなかったらしく、二人はシラーとした視線をこちらに向けていた。


「三月君、クラスメイトの名前もまだ覚えられてないの?」


「小倉の下の名前だよ。三月はもっと人に興味を持った方がいいと思う」


「いや、普通に下の名前までは覚えないだろ」


 さすがに入学してしばらく経つし、ある程度クラスメイトの名前は覚えているつもりだ。でも、女子の下の名前まで知っている方が気持ち悪いとか思われそうだろ。


 男子って言うのは、そうやって少しばかり斜に構えてしまうものなのである。だって、男の子だもん。


 そんな他愛もない会話をしながら、俺達は出来上がったお好み焼きを取り分けて食べ始めた。


「うん、美味しいね!」


「三月の意外な特技を知った」


「ソースとマヨネーズの味しかしなくて最高だよな!」


「……今の一言で全部台無しなになった気がする」


 そんなふうにお好み焼きに舌鼓を打ちながら、食べ進めていった。お好み焼きを平らげて、食後の飲み物を飲んでいく中、俺は思いついたように口を開いた。


「時光とは上手くやれそうか?」


 今日に限らず、多分時光は部活がメインで放課後遊ぶことはできないだろう。ただ学校で二人と一緒にいるときには、時光も俺の席に来ると思う。


 なんやかんや言いながら、時光と話していると楽しいため、時光と二人が打ち解けてくれたらなんて少しの願望があったりする。


「うーん。どうなんだろう。話したことないしなぁ」


「私も同じく」


 おそらく、人間としてはある程度時光のことを知っているとは思う。二人が知りたいのはそこではなくて、その先のことだろう。


 二人の素の部分を受け入れてくれるか。そこなんだと思う。


「時光は馬鹿だから何かを押し付けたりはすることはないよ。誰が何を好きでも否定しないし、一緒に好きになってくれるくらいだ」


 だから、俺は客観的に見た時光の性格を二人に伝えた。決して、時光びいきしているわけではない。本当にそう言う奴なのだ。


 そもそも、あいつびいきなんて死んでもごめんだ。


「三月君がそう言うなら、大丈夫だと思う」


「それだけ信頼されてるのに、馬鹿扱いなのは少し可哀そうだけどね」


「俺にとっては、馬鹿は誉め言葉なんだよ」


 そんなふうに適当な言葉で濁すと、水瀬が何かを考えるように少し静かになった。そして、何かを思い出したように小さな声を漏らした。


「ていうことは、アホも誉め言葉なのかな?」


「それは違う」


「即答なのはどうかと思う!」


 アホは決して誉め言葉ではない。まぁ、アホな子っていうのは悪くないとは思うけど。うん、全然悪くない。


「あ、ちょっとごめんね」


 そんなふうに下らない話で盛り上がっていると、水瀬のスマホに着信があったらしく、水瀬がリビングから出ていった。


 その相手は両親なのか、何かの業者なのか俺達は分からなかった。


 家主を除いた二人が残され、少しだけ沈黙が流れる。


「……なんか三月、私と二人の時と違くない?」


「いや、逆だろ。七瀬さんの調子が違うから、俺も違くなるんだよ」


 おそらく、二人とも感じていたのだろう。なんか二人の時とは違うなと。それでも、そんな指摘を水瀬がいる前ではできず、俺達は少しだけ違うテンションで時間を過ごしていた。


「いやだって、茜いるし」


「水瀬さんと幼馴染なんだろ? そこまで気にすることか?」


「気にするよ。だって、急に私が可愛く話してたら驚くでしょ」


「驚きはするだろうけど、別に似合わないことはないだろ。多分、俺もそうだが時光も好きだと思うぞ」


「好きって、何が?」


「いや、ギャップ萌えが」


「ギャップ萌え?」


 七瀬はよく分からないといった様子で小さく首を傾げた。おそらく、ギャップ萌えの意味は分かっているんだろう。それに自分が該当しているという自覚がないということか。


 仕方がない、ここは七瀬が自信を持てるように一肌脱いでやるか。


 俺はそんなことを考えると、小さく咳ばらいを一つした。


「学校ではクール系美少女。泰然自若で、女子からかっこいいと人気もある、綺麗系な女子」


「す、少し褒め過ぎな気もするけど、私のことかな?」


「そんな子が、こういう格好でこんな表情を浮かべてたらどう思う?」


 俺はそう言いながらスマホを見せ、この前七瀬と一緒に秋葉原に行ったときの写真を表示させた。


「な、なっ、なっ!」


 それを見た七瀬はポンと顔を赤くさせると、面白いように言葉を詰まらせた。耳の先まで赤くはなっているが、体は固まったように動かない。


「いや、カメラ向けたら誤って数枚撮っちゃってな。ほら、こっちの表情もある」


 俺はそう言いながら、可愛らしい服装で顔を微かに赤らめている写真から、涙を浮かべて俺が写真を撮ろうとするのを阻止しようとしている写真に画面を切り替えた。


「いやぁ、偶然偶然」


「か、確信犯じゃんか! 消して! 消してよぉ!!」


「やだよ。もったいない」


「も、もったいない訳あるもんかぁ!!」


 俺が取った奇跡の数枚を消そうとする七瀬から逃れようと身を伸ばすと、その先には静かに立ち尽くしている水瀬がいた。


「えっと、何してるの?」


 特に何かを言及しているわけではなく、ただ本当に何が起きているのか分からないといった様子。


「愛実が、こんなになるなんて」


 目の前には普段クールな幼馴染が、同級生の男の子に取り乱して顔を真っ赤にしている。そんな状況を目の前にして、水瀬は何を思うのか。


「制服、密室、スマホ?」


 水瀬は目の前の俺達の状況を整理すると、何かを深く考えるように顎に手を添えた。それから、何かに気がついたように小さな声を漏らすと、頬を赤く染めた。そして、その瞳はいつも以上に険しい目つきでこちらを睨んでいた。


 ……あー、嫌な予感しかしない。


「み、三月君が、愛実のえっちな姿を撮影して、これをバラまれなくなかったら、分かってるなって脅して辱めようと……みんなに、いや、警察に相談ーー」


「確かに怪しまれるような行動をした俺にも落ち度はあると思うけどえっちな姿は撮影してないしエロマンガみたいな展開にもなっていないのでどうか警察は勘弁してくださいお願いします何卒!」


 俺は冤罪による前科が付かないで済むように、水瀬に頭を下げた。


 今回は俺が悪いのだろう。思春期も悪いとは思うけど、責めないであげて欲しい。


 七瀬にギャップを見せられて、シャッターを切らない方が無理ってもんだよ。なぁ、思春期。


「……三月って、エロマンガみてんだ」


 そんな七瀬の言葉を聞こえないふりして、俺は深く深く頭を下げたのだった。

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