第8話 どこに隠した、彼女さん

「いらっしゃい、三月君!」


「いらっしゃいましたよ、水瀬さん」


 週末。俺は再び水瀬家を訪れていた。


 先週はこの家に入るのは最後だろうと思っていたのに、全然そんなことなかったなぁ。多分、この感じだと週一ペースでお邪魔することになりそうだ。


 週一で女の子の部屋にお邪魔するって、なんか意味深な気がしないでもない。


 水瀬の服装は以前の服整理で一軍に部類分けされた、水色のフリル付きのシャツだった。その下はクリーム色のロングスカート。


 自分が選んだ服を学校で一番可愛い女の子が着ている。そんな錯覚に陥って、自身の体温が上昇するのを感じた。


「上がって、上がって」


「おじゃましますねっと、おお。散らかってないな」


「愛実と同じこと言うんだ。普通に綺麗でいいんじゃないかな?」


 少し不満そうな声を上げる水瀬だったが、それよりも先週とは違う光景に俺は驚きを隠せないでいた。


 なんということでしょう。先週は足の踏み場もなかったフローリングが、今やすっかり木目まで見えるじゃないですか。


 以前掃除をしたときと変わらず、キッチンには最低限の物しか置かれてーー


「なんで、食器を収納する棚があるのに食器出しっぱなしなんだ?」


「それは、あれだよ。食器って、すぐ使うじゃない? だから、あえてしまわないみたいな?」


「まぁ、気持ちは分からないことはないか。そういえば、前も思ったけどキッチン綺麗だよな」


 そうなのだ。掃除で面倒なことの一つとしてキッチン周りの掃除がある。こびりついて取れない油汚れとか、水垢の汚れとか。


 それが不思議なことに見当たらなかったのだ。


 まぁ、水瀬も水回りは掃除をしっかりしていると言っていたし、そこらへんはちゃんとしているのか。


 俺の家でも調味料とかは出しっぱなしだったりするから、そこらへんは見習わないとだよな。


「ほらっ、リビング行こ! リビング!」


「あ、ああ。そうだな」


 そうだ。何も小姑みたいに粗探しをする必要はない。最低限に掃除が行き届いていれば問題はないだろう。


 水瀬に連れられて、俺は一週間ぶりのリビングに通された。


「おー、ちゃんと維持できてるんじゃないか?」


「へへっ、そうでしょ? 本当は私もきちんとしているんだから」


 どや顔でそういうだけあって、部屋は以前のような悲惨な状態ではなかった。


 しっかりと服はハンガーラックに収納されている。大きめのハンガーラックを使っているだけあって、そこからあぶれている服もなくーー


「あのハンガーラックにハンガーを使わずに掛けてある服はなんだ?」


「えーと、ハンガー費用の削減? みたいな?」


 水瀬は何を考えたのか、ハンガーラックの両端にフード付きの服を引っ掛けていた。それも、フードの部分を引っ掛けるように。


 まぁ、まだ床に物がないだけよしとしておくか。


「別にいいんだけどな。あとはーー」


 この部屋の以前と大きく変わる場所。それは二部屋がきちんと分けられていることだった。この二部屋の間にあった無数の服がなくなったことで、扉を閉めることができたのだろう。


 そして、これも一人暮らしあるあるか思うが、人を呼んだ時に一人暮らしをしている人間は見られない部屋に物を詰め込む習性がある。


 こればっかりは習性だから治らないのだ。


 そして、おそらく水瀬の場合はこの閉じられた部屋が見られない部屋だろう。


 正直、女性の寝室を覗くという行為は紳士的ではない。見ようによっては変態である。


『一人暮らしを続けることができなくなっちゃうの』


 水瀬から聞かされた言葉が蘇ってくる。 


 何かしら事情がって一人暮らしをしている水瀬。俺はその理由を知らない。それでも予期せぬ形で水瀬の一人暮らしを終わらせてはならないような気がしていた。


 だから、一時的に変態だと思われても、俺は確認する必要があるのだ。


 他の部屋を綺麗に見せるため、この部屋にどれだけ物を詰め込んでいるのかを。


 俺は意を決して、その閉じられた扉を開けた。


「あっ、そっちは、」


「やっぱり、こっちは少し散らかってるな。とりあえず、机の上に乗せていたものを、床に一時的に置いたんだろ。あとは、座椅子に服が書けてあったり、ベッドの上にピンチハンガー投げてあ、る、しーー」


 水瀬の寝室の床には小物や本が置かれていた。多分、俺が来る前はローテーブルの上に置かれていたのだろう。ローテーブルを引っ張り出すために、一時的にこの部屋に机の上にあった物を置いたのだろ思う。


 座椅子には最近来たと思われる服が掛けられていたりと、この部屋は他の部屋と比べて少し散らかっていた。


 しかし、それでも片づけた先週と比べると、比較にならないほど綺麗ではある。


 まぁ、一週間で元の状態に戻す方が難しいだろう。


 それとは別に、俺はある場所から目が離せなくなってしまっていた。


 なぜ、その考えを失念していたのだろう。異性が家に遊びに来る経験がなさすぎたせいだろうか。


 異性が部屋に来るのだから、当然隠す物があるということに。


 水瀬のベッド上に置かれているピンチハンガー。そこに掛かっていた物は、女性用下着だった。


 白色と水色の下着。無駄な飾りはなく、シンプルな生地の物だった。しかし、よく見てみると、一部分には微かに飾りのような物が拵えてある。


 また、雑に置かれていることもあって、自然にできたような皺が生活感と使用感を醸し出いーー


 俺がそんな深い思考に陥っていると、ばんっと激しい音がして部屋の扉が閉められた。閉められてしまった。


「…………みた?」


 俺を涙目のような目で睨む水瀬は、耳を真っ赤にしていた。何を見たのか。そんなこと、俺達の間では確認するまでもない。


「ゆ、床に物を置くのは感心しないな。あと、やっぱり座椅子に物を掛ける癖も直した方がいいかもしれないな!」


「……それだけ指摘するのに、ベッドの上のピンチハンガーは指摘しないんだ」


「えっと、ここで『可愛いと思うぞ』は違うってのは分かるんだ」


「~~っ!!」


 水瀬は俺の言葉を聞くなり、真っ赤だった顔の温度をさらに上げたようだった。


 凄いな、人ってこんなに赤くなれるものなのか。


 何も言えず俯いてぷるぷる震えている水瀬に、俺はさすがに申し訳なく思い、頭を下げることにした。


「……なんかすんません」


「三月君に無理やり下着見られて、その感想言って私を辱めたってみんなにーー」


「すみませんなんでもするので許してくださいませんか何卒」



 俺はそのまま長い時間頭を下げることになった。別に、前かがみになる姿勢が丁度いいとか、そんなことは考えていない。いや、本当に。


 うん、今回のは俺に非があるよな。あと、思春期にも非があると思う。


 こうして、俺と水瀬の週末はぐだぐだっとスタートしたのだった。

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