学校で一番可愛い女の子が俺の平均的な家事スキルを所望している
荒井竜馬
第1話 まだ完璧超人な彼女
「三月くんっ、少し話いいかな?」
金髪ロングに碧眼という日本人離れした顔立ち。ぱっちりとした二重瞼に穏やかな目元、モデルのような細さなのに、しっかりと出るところは出ている。
それでいて物腰が柔らかく、誰に対しても平等に接する。そんな二次元にしか存在しないような学校一の美少女と名高い水瀬茜。
そんな水瀬が俺に話しかけている。
……なぜだ?
「えっと、急にごめんね。少し三月君とお話したいなって思って」
もじもじと恥ずかしそうに頬を染める水瀬。こんな一部分を切り取りでもすれば、あたかも俺に気があるように思ってしまうだろう。
何を隠そう、俺もその一人だったりする。
「え、お、俺? なんでというか、え?」
そんな風に内心のドキドキを隠せない俺は、完全にパニック状態だった。
クラスメイトでありながら、水瀬と話したのは今日が初めてなのだ。
当たり前だ。野球部でもなければサッカー部でもない俺が、学校で一番可愛いとさえ言われている水瀬相手に会話などできるわけもない。
そもそものカーストが違うのだから、話す機会などあるわけがないのだ。
「うん。少し、三月君に興味があって」
そんな美少女にこんな事を言われて、何も思わない男子はいるだろうか。いや、いない。
「興味持たれるほどの人間じゃないんだけど……ていうか、えーと、なんでここに?」
「ぐ、偶然だよ! 別に、後を付けてきたりとかしてないから!」
「……ご説明頂きありがとう」
そう、俺が水瀬さんに話しかけられた場所は俺が住むマンションの入り口だった。オートロックのカギを解除した瞬間に、背後から話しかけられたのだ。
「それで、少しだけ時間もらってもいいかな?」
「え、ああ。別に平気だけど」
「本当? ありがとう!」
ただ話をする時間を取ったただけ、そんな些細過ぎることなのに水瀬はぱぁと向日葵のような笑みを向けてきた。
笑顔一つで人の鼓動を支配するとか、ある種の能力者だろうとか思いながら、俺は誤魔化すように視線を逸らした。
「じゃあ、どこでお話ししようか! うーん、近くの喫茶店とか行くにしても遠いしなぁ~、どこか落ち着ける場所とかあったりしないかなぁ~。ちらり」
謎の効果音のようなことを口走りながら、水瀬は俺の方にちらちらと視線を向けてくる。考え込むようなポーズと相まって、その反応が二次元的だと思った。
そんな言動が絵になる水瀬は本当に二次元の住民なのではないかと勘違いしてしまう。
「えーと、家上がってく?」
誘導尋問のように導き出された言葉だったのだが、それを実際に声に出すと急に照れ臭くなってきた。
「本当?! いや~、偶然三月君の家が近くてよかったよ~」
「偶然も何も、俺の家の前で話してるわけだからね」
そんなこんなで、俺は人生で初めて自分の部屋に女の子を上げることになった。
どうしてこうなった?
スマホのアラームで起こされ、俺は目を覚ました。アラームを止めるなり、流れ作業のようにベッドから起き上がる。そのまま電子ケトルに水を入れてお湯を沸かして、朝ご飯の準備をする。
「今日は燃えるゴミの日だったかな」
誰に聞かせる訳でもなく、俺はそう呟く。
そう、この家には俺以外には誰もいない。俺は高校一年生ながらに一人暮らしをしているのだ。8畳ほどの1Kのマンション。男が一人暮らしをするには十分な広さだ。
俺の周りでも高校生で一人暮らしをしているという人はあまりいない。別に両親が他界しているわけではないのだが、親の都合によって一人暮らしをすることになったのだ。
父さんは海外赴任で、母さんは激務のため会社の近くに別でマンションを借りている。母さんの会社と俺の通う学校が遠いので、そのタイミングで俺も一人暮らしをすることになった。
まぁ、以前から母さんの帰りは遅かったし、家事炊事は全部俺がやっていた。それだけに、一人暮らしをしたからといって、大して生活は変わらなかった。
どちらかというと、母さんがしっかりと暮らせているかの方が心配だ。しばらく家事のブランクがあるだろし、何よりも激務らしい。
……ゴミ屋敷とかには、なってないよな。
いや、考えたところで仕方ないか。
俺は朝の支度を終えると、ゴミの袋を持ってマンションを出た。
そんな習慣化した生活を俺は送っていた。
学校では特に目立つことなく、普通の学園生活を過ごしていた。
時光というハンドボール部の奴と過ごすことが多く、今日も今日とてどうでもよい会話に花を咲かせていた。
「この前、裕也の家行ったけどしっかり片付いてんのに驚いたわ」
「いや、別に特段綺麗ってわけでもなかっただろ」
「まぁ、そうなんだけど俺の部屋みたいに散らかってないだろ?」
「おまえの部屋は散らかり過ぎてんだよ」
「やっぱり、一人暮らし歴が長いと違うのかね」
「一人暮らし歴って言うか、家事歴ってとこだろうけどな。 ん?」
「なんだよ?」
「いや、気のせいか。なんか水瀬さんがこっち向いた気がしてな」
「裕也、妄言は程々にしておけよ。水瀬さんがこっちに視線を向けるわけがないだろ」
「いや、そうなんだけどな」
気のせいか。そう考えて俺は再び時光との会話に戻った。
またある時。
「裕也って料理とかできんの?」
「料理できないで一人暮らしはできないからな、最低限はできるさ」
「最低限っていうと……サラダとかか?」
「サラダは料理に入らないぞ、時光」
「てか、一人暮らしだったらお惣菜買ってきた方が安いんじゃないか?」
「野菜をしっかり食べようと考えると、作った方が安いんだよ」
「へぇ、そんなもんなんか」
「そもそも、最近はコンビニの値段も上がって……」
「どうした?」
「いや、今水瀬さんと目が合った」
「はぁ?! マジか?! 裕也こっち見ろ、間接的に水瀬さんと目を合わさせてくれ!」
「や、やめろ! くっつくなよ!」
時は再び、水瀬に誘導尋問された時間。
どれだけ考えても、水瀬が俺に興味を持った理由が分からない。
そう言えば、最近目が合うことが結構あった気がするが、何か関係しているのだろうか。
「み、三月君、なんかソワソワしてる?」
エレベーターの中で、俺の様子が可笑しいことに気がついたのか、水瀬はそんなことを口にした。
「女の子を部屋に上げるのが初めてなんだよ。水瀬さんみたいに慣れていないというか」
「な?! 私も男の子の部屋に入るのは初めてなんだけど!」
「え? 野球部の飯田とかサッカー部の皆川とかの部屋にも?」
「ないよ! そもそも、家に遊びに行くほど仲良くもないもん!」
「あ、そうだったの」
「ていうか、男の子の部屋にぽいぽい上がる程、そんなに軽い女の子じゃないし」
水瀬はそう言うと、恥ずかしそうに視線を逸らした。
微かに上がったような体温が水瀬の耳の先を赤くしているのに気がついて、俺の心音を跳ねあがらせる。
それなら、なんで俺の家はいいんだろうか。
そんな淡い青春が始まりそうな空気に当てられて、その理由を深く考える思考が抜けてしまった。
結論から言ってしまうと、水瀬は俺が考えているほど完璧超人ではなかったのだ。
ずぼら。この時の俺は、そんな言葉が水瀬のすぐ隣にいたとは思いもしなかった。
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