B・C・S(ブレイブ・チャンピオン・ストーリー)

天宮丹生都

第1話 [英雄]が悪堕(おち)た経緯

[勇者]―――[英雄]―――その“語り”としては様々あるものの、一様いちようにして共通の認識…『人類族最後の希望』、『強大な悪を滅する存在』、その多くは善性を主体として語り継がれていくものである…

しかし、ここに一人の[英雄]がいる、彼の名は『ベレロフォン』、一応“人類族”のヒューマンで[英雄]ではあるのだが…誰一人として彼の事を認めてはいない、何故なら―――彼こそは[英雄]でありながら“悪徳を好む者”【悪堕おちた英雄】だからである。


何故彼は好き好んで悪徳を好むようになってしまったのか、何故本来ならば善行を行わなければならないのに悪を―――悪を行えるのか…


何故……彼は……人類族を救済する事から目をそむけてしまったのか―――誰もその事情は、知らない…


ただ、その謎を解く鍵の一つとしての『人類族の希望』―――そう、[勇者]である。 こちらの存在は外見上みためのうえからしても女性である事が判っていました、判っていました―――が…“彼女”は余程な恥ずかしがりなのか滅多と人前ではその顔は見せないでいました。 そう、食事どきでも水分の補給でもフルフェイス・ヘルメットタイプの兜の下顎部を取り外し、栄養を―――水分を補給していたからです。


一体何故なのであろうか……?


しかしながら“彼女”は[勇者]としての本分を発揮していました、何処どこかで消えく定めの“生きとし生けるもの”を救う為―――それは人類族同士の争いであろうが、不倶戴天の敵により理不尽に狩られ尽くされようとしていようが、その高潔なる矜持のままに眼前の障害を排除してきた…[英雄]がその役目を全うしないのに代わって“彼女”がその役割を果たす、ゆえにこそ“彼女”ばかりにその賞賛は集まる……


この世界には様々なる“生きとし生けるもの”が存在をしていました、その中でも“人類族”―――ヒューマンや獣人、亜人の一方で、魔人やエルフ、鬼人オーガ等の“魔族”…その大きな違いとしては『言語』でありました、かと言ってヒューマンやその他の亜人種同士で会話ができるか……と言われれば苦しい限りなのですが―――疎通、ただし魔人やエルフ、鬼人オーガとはその言語体系からして疎通、『言語』が共通ではない―――つまり、片方の意思の疎通が出来ないからこそ無用な衝突が生じてしまう、それは哀しい結果なのではありましたが、これが世の摂理―――曲げることが適わない事なのです。(※つまりはそう言った意味でエルフとは嫌悪な関係にあると言っていい)


            * * * * * * * * * *


    ―――ヤレヤレ…今日もまた、無駄な一日が始まりやがったか―――



このから彼の一日は始まる、それにしても何故彼は―――且つての[英雄]は何もかもを諦めた言動から一日を始めなければならないのか、それはまた彼の過去にも起因していたと言わざるを得なかったでしょう。


彼は―――ベレロフォンは、から【悪堕おちた英雄】などではありませんでした。 この世界の神からの祝福を受け―――[英雄]としての責務を全うしていた…しかしいつの頃からか彼の宿しゅくじれ始め、今ではヒューマンを救うようなことは無くなってしまった―――その“ツケ”は当然に回って来ました。



『ベレロフォン―――随分なご身分だな、この日の高い内から無頼をかこつなど。』

「―――フン、どなたかと思いきや『フレニィカ』さんじゃございませんか、しかしまあ…よく真面目に働けるもんですなあ、まさにあんたこそヒューマンのかがみだ。」



ある時、偶然にも[英雄]と[勇者]が鉢合わせとなってしまった、そしてそこで両者の皮肉が飛び交う―――[勇者]は[英雄]が放り投げた役割の尻拭いをさせられているそのことについて、その一方で[英雄]は[勇者]の事をあたかであるかのようにうそぶく…それでも両者はそれ以上の事は踏み込みませんでした、そうお互いに……それはまるでお互いの事情を知っているかのようだった―――言うなればお互いの弱みと言う部分を、しかしその“弱み”は衆人に知られてしまえば破綻を産み出してしまえる取扱いの難しい部分でもありました、その事を判っているからか、[勇者]はそれ以上の皮肉を言えない―――



―――変わってしまったな、ベレロフォン…私の知っている且つてのお前は、ふるくから語り継がれている英雄譚のと遜色なかったと言うのに―――



[勇者]は―――フレニィカは、過去のベレロフォンの生き様を知っていました。 今の自分の役割の総てを彼が一手に引き受けていた、違う種属ではありながらも自分のあやうきを救ってくれた[英雄憧れの人]…その網膜に―――或いは脳裏に雄姿は焼き付けられ、それは“彼女”が成人になったとしても消えくものではありませんでした。

そしてフレニィカが成人し、生まれ故郷を後にした時―――変わり、果ててしまった姿を見るにつけ…



―――な、なにが…何が彼の身に起きてしまったのだ?過去には私の事を…******である私の事を救ってくれた彼が、[英雄]としての役割を放棄してしまったのだ?―――



“彼女”にしてみれば―――フレニィカにしてみればとても信じ難い光景、且つては“人類”ではない自分を救ってくれた[英雄]が、何処かで消え逝く定めの“生きとし生けるもの”を救わなくなっていた―――その事実は余りにも衝撃的で成人に成って間もないフレニィカには相当衝撃的ショッキングな出来事でした。


そうした事実を受け止められずに宿泊先の寝台で枕を濡らし寝付いてしまった時、“彼女”の夢枕に立った存在が………



        * * * * * * * * * *


「あなたは…一体?」


ワタシは、この世界の神―――この世界を創造し、またアナタ達をも創造した神です。}


「その神が―――私に何を?何…を……」


{フレニィカ―――ワタシアナタに求めます、これから[勇者]になるようにと…}


「何故―――何故私が?私は******…『人類族最後の希望』であり『人類族の良心』と言える存在が、なんかに?!」


{それは違いますよ、フレニィカ―――確かにアナタ人類族ではありません…が、その役割を果たす資格は十分にあります。}


「私…が―――?判りません…何故そのような大役を―――」


{『判らない』…そう言っているアナタの事がワタシには判りません。}


「そんな!私―――…」


{何故ならアナタは、『判らない』と言っているその言葉の裏腹で『判っている』からです。}


その存在こそ、この世界を創造した『創世神』なる存在―――『女神』…その女神が私の事を眼下に見据え、有り得もしない事を宣下いってきた。

これから私は[勇者]としての役割を全うしなければならないと言う…それにしてもどうして―――?どうして私なんかが『人類族最後の希望』としての役割を、『人類族最後の良心』としての役割を、『人類族最強の防波堤』としての役割を……

“人類族”―――“人類族”―――“人類族”……どうして人類族私が、そのにない手として?!

ただ、女神の言っていた事は的外れなどではなかった、そう…私は人類族ではないだけ―――だけどこの世界の歴史に於いて純粋な人類族ではない存在が[勇者]や[英雄]に成った前例はない、そうした事を踏まえた上で反論をしたものの女神からは無情な一言で宣下されてしまった。

まさに皮肉だった―――私は…私は、過去にあやうきをベレロフォンに救われ、そんな彼の背を追い続けて成長をしてきた、そして成人をした折に故郷から出奔して近くにあるヒューマンの町に来た時、私の知らない間に豹変かわってしまった彼を見つけた…且つては純粋な人類族ではない私を救ってくれた[英雄]の彼が、その責務を全うしていない―――と言う事実…そんな衝撃的な事実にあたってしまった私は、その失意の内に泣き寝入りをするしかなった、そうした私に付け入ってくるかのように女神はささやきかける…『人類族最後の希望』としての二大看板、その一つの役割をになえと。


そして知る―――いつしか彼の傍らには一人の少女がいる事を…


        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


この少女の事について少しばかり説明しなければならないだろう。 こいつの名は『ヴァヌス』、残念だが“人類族”ではない、もう少し突っ込んだ話しをするならヴァヌスは“魔族”だ、そして言っておかなければならないだろう…“魔族”はオレ達“人類族”に対しての不倶戴天の敵―――どうあっても相容あいいれない存在…だがオレは現在ヴァヌスと同居をしている。

いや―――同居をしていると言うより保護をしている…と言った方が早いだろうか、『それにしてもどうして』―――と、お思いのヤツもいるだろうが、これはオレが[英雄]だからこそのごうと言うモノだろう、そこに消え逝くはかなき生命があるとしたらば『救済すくわなければならない』と言うごう…以前はこのごうのお蔭でトラブルになりかけたと言うのに、“性懲りもなく”と言った処だ、ただあの時と今とは事情なりが少々違っている、以前は―――純粋ではないながらも人類族を救った、しかし今回は人類族では全くない、オレの育ての親からは口喧くちやかましく言われた事だったが“その通り”にしてやったらご覧の有り様と言う訳だ。

それに……なんて言っていいのか―――言葉と言葉は通じ合わないから面倒事だと思ってはいたが、ヴァヌスは言葉が通じないなりに態度でぶつけてくる、そうオレに『生命を救済すくわれた』と言う感謝を、そのちいさな…幼い身体でぶつけてくるのだ、その時点でオレは判らなくなってしまった…“人類族”とは―――?“魔族”とは―――?

オレの育ての親からは口酸っぱく言われたものだった、『“人類族”と“魔族”とは相容あいいれない、このふたの存在は互いを憎しみ合い傷付け合う運命にあるのだ』と、だったら―――この状況は何だ?オレの育ての親はオレに何をさせたいのだ?


          オレの育ての親―――それこそ……


           * * * * * * * * * *


オレは『孤児みなしご』だった、産みの親も判らない―――ただ廃墟の教会に棄てられていた存在、そんなオレを拾ったのが『女神ヴァニティアヌス』だった…

けれどオレは、オレが分別がつくようになるまで育ててもらった人が、この世界を創造した女神だとは露ほども知らずにいた。 オレを拾って育ててくれたこの女神ひとは、やもすればオレの事を甘やかしてさえいた、そう思ってはいたが―――いざオレが独り立ちをしようと決意した時、寂しいながらも優しく諭してくれたものだった。


「あなたのかたくなな決意、私の言葉ですら変えようがないみたいね、そこは嬉しくもあり、寂しくもあり、また頼もしくもありますけれど…けれどそうなる様に導いてきたのが私の役割―――{ベレロフォン、アナタにはこのワタシ…『女神ヴァニティアヌス』の名に於いて[英雄]としての役割を与えましょう。 そして如何いかなる誘惑があろうとも、教唆や示唆があろうともその信念を曲げる事は適いませんよ。}」


その一言がオレを真実を知るのに至らしめさせた―――オレを一人前にこうなるまで育ててくれていた存在が、この世界を創造した存在なのだと言う事を。 そして一人前にこうなるまで育ててくれていた理由と言うのも朧気にだが判って来た…どんな困難にも―――苦節にもめげぬよう、初志を貫徹つらぬきとおすようにと育ての女神おやに諭された事を。

そんな中、オレは一人の少女を―――“人類族”ではない『ヴァヌス』を、その生命をあやうきとする処から救った。

オレが“人類族”ではない存在を救ったのはこれで二度目だ、ただ―――最初は“人類族”だったからどうにか弁解は出来ていたが、それでもトラブルの火種になっていたことは否めなかった。 だが今回ばかりは事情が違う―――そう、“人類族”の要素が全くない…完全な“魔族”の幼生体少女、しかしそれが厄介だった、自分が生命のあやうきを救われたのがどことなく判っているからか、こいつは…ヴァヌスは一向にオレの事を警戒しない、警戒しないどころか愛想さえ振りまいてくる、オレにもこの年頃の娘がいたなら―――と、そう思う時すらある……

だが、残念な事にヴァヌスは“魔族”だ―――オレ達“人類族”と敵対をする不倶戴天の敵だ、それにかくまうにも限界がある―――そう思い、オレがヴァヌスの事について相談をしようとした処…


{そう―――ではやはりアナタがあの子のあやうきを救ったと言うのですね。}


「ああその通りだ。 だが聞いてくれ、あいつはオレ達と同じ様な人類族じゃない―――だとしたらこれから一体どうすれば…!」


{(…)悩む必要はありませんベレロフォン―――アナタがその矜持のままに救った生命なのです、ならば今後はアナタの責務でもってあの子の面倒を見るのです、よろしいですね。}


「だが―――!」


アナタが……あの子を救ったと言う諸事情をワタシは知っています―――詳細ことこまかに…何故だと思います?ワタシの可愛い息子。}


オレはこの時の女神の一言により明確に判ってしまった…何故『女神ヴァニティアヌス』が『ヴァヌス』なる“魔族”の幼生体少女をオレに引き合わせたのか…ならばこの[英雄肩書]は不要―――


{その考えは他の者達なら“アリ”ですが、アナタなら“ナシ”です。}


「(ッく!)バカな―――何故です!」


{その説明も、ワタシから必要ですか?}


「なあ、あんたはオレに何をどうさせたいと……」


{敢えての説明が必要ですか?アナタならワタシからの説明がなくとも理解してくれるものと思ったのですが。}


厳しい…方だ―――そう思うしかなかった。 オレがその衝動のままに救ってしまった存在…それこそオレ達“人類族”と敵対する“魔族”―――の、幼生体少女だった…それにオレはその時まで“魔族”共の事情など知らないでいた、オレ達“人類族”とは全く違う倫理観―――に死生観…オレは、オレの“人類族”の事だけしか知らずにいた、その幼生体少女―――ヴァヌスは“人類族”からも“魔族”からもそのはかなき生命を狙われていた、そこを―――その現場をオレは見てしまった。

このオレの目の前で―――[英雄]であるオレの目の前ではかなき生命が散らされようとしている……


それ“衝動”―――それ“衝動”…


この事実が知られる前に、その場にいた“魔族”はもとより“人類族”も鏖殺みなごろしにした―――不都合なる目撃者は己の裁量でもって抹殺せよ…である。

そこからだった、オレが豹変いっぺんしてしまったのは。 言葉の通じ合わぬ“魔族”の幼生体少女かくまう為にと、町中ではない人里離れた土地に家を買い、そこで一緒に暮らすようになった。 確かにヴァヌスが発する言葉は何を言っているのか判りゃしない、だが通じ合わなければ通じ合わないなりに“身振り”“手振り”でオレに自分の意思を伝えようとしてくれている。

その本来の存在ならば憎しみ合うしかないと思われたオレ“達”だったが、見様見真似みようみまねで日々を過ごしていく内に相手が何を言わんとしているのかが判って来たような気がしてきた。


「……ゥ。 ……ウ? ウ~~~。」

「ほらほらどうした、何だこいつが欲しいのか―――ほらよ。」


ただ―――こんな日常は長く続かないと言うのは、世の条理ことわりだろうか…


          ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


その“きっかけ”としては、やはり……オレの不注意からだったろうか。

ある日、備蓄していた食糧やらが尽きかけていた事もあり、その買出しに町へと出掛けようとしていた処に。

「ウーーーウ・ゥ~~~…ウウーーー!」

「なんだ?どうした、オレがこのまま帰らないと思っちまったのか?」

「ウ…ウ・ゥ―――…」

「―――ッハハハ!心配するなお前を置いてどこか遠くに行っちまうことなんてありゃしないよ。 ただ、ちょっと買い物に出かけて来るだけさ。」

けれどもそうは言っても『置いてけ堀』を喰わされそうなのが判ってか、妙にせがむ眼差して見つめてきやがる、このオレも育ての親から独り立ちしてからと言うものは魔獣や魔物、或いはゴブリン等の敵性亜人等を討伐をしてきたがには滅法弱い事が判って来た、それを判ってなのか最近ヴァヌスのヤツはその手を使ってくる。

そんな“情”に“ほだ”され―――オレはヴァヌスを伴って行くことにした、ただ勿論人類族ではないその身体的特徴を隠す為、少し大きめの…オレのお下がりを着させて、頭部には大き目のフードを被せて…と言う、安易な変装をさせて―――である。


ただ―――これが後から考えると痛恨事だった…そう思うしかなかった。


その前に少しオレの経験を話すとしよう、まあこれはそん所そこらにいる子息や餓鬼と全く変わらない処ではあるのだが―――そう、子供はいつだってそうだ、親から『してはいけない』と言う事を平気で破る、オレも聞き分けのない餓鬼の時分には育ての女神おやの手を相当煩わせてきたものだ。 それに子供は好奇心が旺盛だ―――そのお蔭もあり、世界から色々な事を学んでいく、そうした処を考えるとヴァヌスだってそうだった―――

オレとヴァヌスが近くのヒューマンの町に出かけた時、あるトラブルに見舞われた。 その現場をオレは直接的に見たわけではなかったが、オレが視てしまった現場―――と言うのが…


「お、おい―――ありゃ一体何だ…?」 「い、いや―――お前…ありゃどう見ても“魔族”だろ?」 「そ、それよりも何だって“魔族”の幼生体がこの町に?」


“人類族”の―――ヒューマンの特徴を持たない肌の質感と色…頭部には有り得もしない角…一部だけ発達した牙…人類のモノではない魔族特有の瞳、どこからどう見てもの“魔族”の特徴それ…そんな特徴を持った“魔族”の幼生体が、親と待ち合わせをしているヒューマンの子供を襲った―――絵面とすればそう言う風に見えた、けれど―――その幼生体と子供の周りには箱の破片らしきものや、落下の衝撃によって散乱してしまった果物の破片も…


ただ―――真相は判らない…オレも、オレの用を足す為に一時いっときばかり目を離していた事もあった、それにヴァヌスは同居しているオレですら会話での疎通は図られていない……

自分が何かで責め立てられている事を肌身で感じているのだろう、ヴァヌスはしきりに何かを話しているかのようにも見えた―――けれども、この町中ではオレですらヴァヌスが何を言っているのか判らない…判らない―――が、オレにはヴァヌスが


『アタシ、シテイナイ、コノコニ キケンセマッテタカラ、スクッテアゲタ…アタシノ、ベレロフォンノヨウニ……』


と、言っている様な気がした。

だからこそ―――


「お、おいベレロフォン、お前どう言うつもりだ?!」 「お前…判っているのか?!そいつはオレ達“人類族”じゃないんだぞ!」 「それだけじゃない、そいつは“魔族”だぞ?オレ達“人類族”と敵対をしている―――」


「ちいぃ…面倒臭ぇ事を言いやがる、だが―――そうだなあ…オレがこう言ったらお前らはどうする?『こいつはオレの娘だ、たった今からそうすることにした』って言ったら?」


『ふざけるな』―――確かどいつかが言っていたような気がする、だがオレは、オレが吐いた言葉の全部が“そうだ”と思うようにした。

そいつは一種のわだかまりだ―――オレがついぞ踏み越えずにいた決断そのものだ、オレがついぞ踏み越えられずにいたから、オレの育ての女神おやに相談を持ち掛け―――


『何を言っているベレロフォン、お前正気なのか?』


折角オレが決断したってのに、なんでお前はいつもそう―――…「ああ正気も正気だよフレニィカさんよ。 オレは[英雄]だ、『あまねくの“生きとし生けるもの”の存在を救済する』―――それが[英雄]や[勇者]に課せられた存在意義レゾンデートルだ、そんな事もお忘れになってしまったんですかい?[勇者]フレニィカ。」


           * * * * * * * * * *


その日私は偶然にも同じ町にいた、そして何処いずこから聞こえる悲鳴や嬌声―――こんな穏やかな町でもトラブルが起こるモノだとそう思い、現場へと駆け付けてみれば…既に事態は騒然としていた。

恐らく荷台の縄が切れてしまったのだろう―――散乱する木箱の破片に、中身の果物の破片、そして切れた縄が確認された、ただそれだけではなく、そこにはヒューマンの子供と種属的特徴を露わにさせてしまった“魔族”の…あれはいつしかベレロフォンと一緒にいるようになった“魔族”の幼生体少女―――?

その幼生体少女は、周りのヒューマン達に必死になって訴えかけていた…


『アタシ、ナニモヤッテナイ―――アタシガミタトキ、チョウドコノコガヨリカカッテタ クルマノヒモガ キレカカッテルノヲミテ…ソレデアタシ―――アタシヲスクッテクレタ ベレロフォンノヨウニ コノコノコトヲスクイタカッタダケ…ネエ、シンジテ―――シンジテヨ!』


悲痛なまでに訴えかける幼生体少女の主張を、私ははっきりと捉えることが出来ていた…この町の界隈では“魔族”の発する言語は理解聞き取る事ができない―――ならばなぜ私は、はっきりと捉えることが出来ていたのか…それは私がだから…だから己の種属的特徴を隠匿かくす為、人前には晒さないし、―――けれど彼は、臆面する事無く言ってのけたのだ。


「ちいぃ…面倒臭ぇ事を言いやがる。 だが―――そうだなあ…オレがこう言ったらお前らはどうする?『こいつはオレの娘だ、たった今からそうすることにした』って言ったら?」


半端者の私では言えそうもない事を、軽々と言ってのけれる―――そう言えば、お前は元からその様な存在だったよな…私をあやうきから救ってくれた時も……



この時[勇者]が出てきて[英雄]をなだめたことでどうにかその場は一時収まりました。 けれども人々の不安までもが拭い去られたわけではない―――やはり[英雄]ベレロフォンはある時を境にして自分達“人類族”は救わなくなったのだ―――との風評が流れ始めたのです。




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