アンチノミー・ガールは嘘をつかない

亜未田久志

とある少女の一部始終


 共通認識の錯誤、その発現。

 そんな異常性に気付いたのは中学二年生の時だった。

「みんな桜は嫌いだよね」

 なんて冗談で言ったエイプリルフール。

 するとお花見を楽しんでいた周りの皆は「そうだね」と同意した。

 これが私の能力。しかし皆、そんな嫌いな物の下でお花見という行為を楽しんでいる。

 そう、あくまで錯誤であり、誤認ではない。

 勘違いを引き起こすだけであり、認識の齟齬を引き起こしているわけではない。

 言葉遊びのように思えるだろうか?

 私もそう思う。

 だけど、これは紛れもない事実なのだから。

 勘違いは起きても間違いは起きない。

 私はひどく落胆した。

 最初は万能の力でも手に入れた気分だった。

 だけど、この力で手に入れたものと言えば。

 今の居場所くらいだ。

 席に花瓶が置いてある。

 いじめではない。

 単純な追悼だ。

 ここは綿貫真わたぬきまことという死んだ人物の席なのだ。

 だけど私は死んでない。

 だって私は綿貫真ではないのだから。

 追悼の意を持つ花瓶は私の能力で無価値な物と化している。

 私は死人と成り代わったアンノウン。

 綿貫真の素性に興味はなかった。

 皆が私を綿貫真と勘違いしていればよかった。

 路傍で賞味期限切れの弁当を食べる生活は終わった。

 私は綿貫家の一員となり暮らしている。

 綿貫真の遺影は私の能力で単なる記念写真となり。

 私と今の両親にある「私達は赤の他人である」という共通認識は錯誤されている。

 もっと成り上がれる、この能力は使える。

 そう思っていた。

 ひどく汚れた中学二年生の頃の自分を見てまるでこの世で最も美しい物を見るかのような目をした人々。

 それを見て救世主にでもなったかのような気分でいた。

 だけど、この能力にも限界はあって。

 現実は捻じ曲げる事は出来ない。

 認識の錯誤というのは扱いが難しい。

 一歩、扱いを誤ると自分を窮地に追いやりかねない。

 私は何も悪い事をしていないのに。

 まるで詐欺師のような気分だった。

 毎日がポーカーフェイス。

 高校生になっても友人と交わす言葉は嘘っぽい。

「でさー昨日、TikTokでー」

 酷く虚ろな言葉が空を駆ける。

 どんな間違いを犯しても。

 能力で誤魔化した。

 ついていけない勉強も。

 カンニングはしてはいけないという共通認識を入れ替えて、カンニングが横行する無法地帯を生み出して解決した。

 いつかボロが出る。

 死人と成り代わったこの生活も終わりが来るかもしれない。

 でも、もう私は■■■■に戻る気にはなれなかった。

 今の私はもう綿貫真なのだ。

 もう戻れない嘘。

 片道切符に乗った私は何処へ行くのだろう。

 綿貫真あなたはどこへ逝ったのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アンチノミー・ガールは嘘をつかない 亜未田久志 @abky-6102

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ