第七話 生け贄3――獄卒と悪鬼
鶯宿と楼香は食事を楽しみその後帰宅する。
帰宅すれば玄関先に何者かいる。鶯宿の上司が人の姿になったものだった。
でかめの巨体を縮ませて、鶯宿に心配そうな顔で楼香を見やると、楼香へ構わず鶯宿に声を掛けた。
「もういいんだ、もう、戻ってこい。仕事も打ち切りが正式に出た、そこの女性は調べなくていい。寿命の延長も認められた」
「……あのへらへらした死に神が何かしたのか」
「そうだ、閻魔様と話を付けたらしい。いい加減にしろ、上の言うことを聞かなければお前はこのままじゃクビだよ。クビになりゃ、お前はただの鬼だ。悪い、鬼だ」
「……俺は」
「悪鬼になったら人を食わないと生きていけない。それはいやだろう? だからお前は極卒になったんだろう? よく考えろ」
上司を言い切ると鶯宿をそんな風に悩ませた楼香へ睨み付け、そのまま帰って行った。
楼香は事情を察すると、今までのことに納得がいく。
楼香の寿命を調査するために、今まで鶯宿は下宿していたのだと。
居心地悪そうな顔で鶯宿はその場から逃げようとしていたので、楼香は鶯宿の手をつなぎ止めた。
「逃げないで、ちゃんと話して。すくなくとも、あたしはあんたから聞きたい」
「……楼香」
鶯宿は観念すると、市松の言葉を思い出す。
――昔話や神話を見ると大体一目惚れなんですよね。面白いですよね、何故惚れたかはあまりつらつら語られない。一つ判るのは瞬きするほどの時間が経てば婚姻している。
(そんなことを言っていたような気がする――なるほど、楼香に惹かれるのに確かに時間はかからなかった)
(俺はこの女に拘ってる、生きていて、欲しいんだ)
鶯宿は少しだけ自分の思いを自覚すれば、楼香に仄かに眉を下げて笑いかけた。
「少しだけ、情けない話を聞いてくれないか」
「いいよ、飲み物に酒でもいれる? そのほうが話しやすいでしょ」
「酒はぬる燗で頼む。熱すぎるのも冷たすぎるのも酒は苦手なんだ」
*
鶯宿は何処から話そうかと考えながら、楼香から作って貰ったぬる燗をちびちびと飲みながら、つまみのさきいかを口にする。
自分の知っていたつまみより味の濃くなった品質の良いいかに、鶯宿はますます地獄に戻るのかを悩む。
「泣いた赤鬼を知ってるか」
「うん、でもあんた髪が赤くても青鬼なんでしょう? あ……」
楼香は青鬼も悲しい役で出てくるのを思い出す。
泣いた赤鬼は、赤鬼が人間の友達を求めるも人間に嫌われているために、青鬼が一芝居打って赤鬼がヒーローになり青鬼が嫌われていなくなり、初めて赤鬼が泣き叫び大事な物が何だったのか自覚する話だ。
「腐れ縁が赤鬼、青鬼が俺だ。俺は放浪したのちに、獄卒になり。腐れ縁は神格化していき、今では神の末端だ。身分差に悩んだ、つらかった。今から神域を目指すには、遠い道のりでも最初の一歩なんだ、獄卒は」
「……うん、なら地獄にもどる?」
「駄目だ、このまま楼香の寿命の謎を突き止めなきゃ、お前はそのまま死んでしまう。嫌だそれは。悪鬼になるより、嫌なことだ」
「……鶯宿、駄目だよ、地獄にもどりなよ」
「嫌だ。俺は、俺は昔からなんでかこうなんだ。人に尽くしたくなる、そのあとに後悔する。でも逸れ含めて譲れないんだ」
「……鶯宿、あたしさ、あんたみて、その童話を思い出しておもうことがあるんだ」
楼香は鶯宿をぎゅむっと抱きしめて小さな子供をよしよしするように撫でた。
鶯宿は目を白黒させ、戸惑いを見せるも腕の中は居心地がいい。
振り払いたいのに、気付けば楼香の背に手を回していた。
「うん、やっぱりそうだ。あんたきっと、ずっと赤鬼になりたかったんだ。赤鬼みたいに、人に好かれたかったんだ、二人で人間に好かれたかったんだ。あんたも、好かれたかったんだ」
「……すかれ、たい?」
「あんたあたしの話をしたさっきの人に、よくもばらしたなって嫌悪していた。ばれたくないって顔だった。それって、人間から嫌われたくなかったんだろう?」
楼香の言葉で、すとんと腑に落ちたことのある鶯宿――ああ、そうか。
そうだったのか、と目を見張り、心のわだかまりが溶けていく。
程よい気温で溶けていく氷の湖畔が心に浮かんだ。
外には夕日がいまにも沈みかけて、部屋が真っ暗になりそうだった。
部屋が真っ暗になりそうでも楼香は煌びやかに見える理由。
(なるほど、市松――確かに惚れる瞬間ってのは、一瞬だ、オレら鬼は)
(そうか、俺は楼香が――好きなのか)
(だから、絶対に死んで欲しくないんだ、悪鬼になってでも。他者を食ってでも)
(地獄に戻るより、離れたくなくなっているんだ)
「なあ、楼香」
「なあに」
「もし職を失っても、ココで再就職させてくれるか?」
「いいけど、悪鬼になってもあたしの友達には手出ししないでよね」
「約束する、お前の大事な人含めて、お前を守っていくよ――」
鶯宿は酒を一気に呷ると、縁側まで行き、桃の木を見つめる。
桃の木は既に葉が宿っている。
あそこに梅の木を植えたいと言ったら、楼香はどんな顔をするだろうか。
白く青い梅の花がいつかこの庭から見たいと感じる。
それは、獄卒に拘った生き方より、意味のあるものに見えた。
(どうせ神域にはなれねえんだ、なら――この女が生きる短い時間、尽くしていこう)
「手の掛かるお嬢サンだ」
「お手数おかけします」
楼香は笑ってさきいかを食べた。
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