あやかし限定! 白﨑さん家の宿ごはん事情~小咄(こばなし)奇譚~
かぎのえみずる
第一章 命のランプ
第一話 間借り一軒家1――易者とお茶会
季節は三月の半ば。いつにもまして寒さが増してくる。梅の花が開き駆けた公園を通っていくと、商店街だ。暗い商店街さえなければ職場には近ければ恵まれた環境だ。
大きい歩幅で暗がりの商店街を急いていこうとする。人通りはなく、時間帯は夕方六時になる頃。現在では生き残っている店は飲み屋が主だ。精肉店と魚屋は隔週で営業中なので今週は空いてない。暗い写真館のショーウィンドウに飾られた、幼い頃の自分と両親。店主が「良い写真ができたから飾らせてくれ」と申し出たので許可をしておいた。そこからずっと飾ってくれている。
写真館の前で、ふと想いがよぎり足が咄嗟に止まる。
ショーウィンドウに映る姿は、働き盛りそのもの。赤茶のスーツに、リボンをしている。パンプスは低めに、上質なものなので手入れを怠ったことはない。髪は明るめのローズブラウンに染め、緩いパーマをしたボブカット。
美人とは言われた覚えがないが、言われて見たい。可愛いと言われやすい。同時に猫のようなつり上がった目つきから勝ち気な印象を持たれやすいはずだ。
口紅は真っ赤に、ビジネス用のメイクやナチュラルメイクが好きではない。メイクはどうしても、唇を派手にしないと気が済まない。
それでも唇だけが悪目立ちせずにバランス良く見えるのは、真っ赤な瞳のおかげだった。
真っ赤な瞳は写真館に写る幼い自分とは違う色をしている。瞳の色の変化など、人間として生きていて日常変化としてはありえない。カラーコンタクトをしたわけでもないし、移植したわけでもないのだ。
「お母さんと同じ色、好きだったんだけどな」
小さく呟いてショーウィンドウに並んだ写真に触れようと硝子に手を置く。
この瞳は両親が死んでから真っ赤になり、ずっとずっとそのまま。
写真に映る母と父をじっと見つめていると、若い男の声に振り向いた。
「お嬢サン、彼岸までまだ早いヨ」
視線の先に易者がいる。聖母マリア像が身に纏った易者がいる。大事そうに抱えたランプに吐息をあて、長布の袖で磨いてから机の上に置いた。
願いを叶えることで有名なあの逸話のランプ。小さな机に載せてるのだから興味を引いた。
二メートルもありそうな背丈を震わせて縮ませているように屈むのだから可笑しいなと女は小さく笑った。
興味がわいた女は易者の歩いて大股で近づく。どかっと椅子に座れば、易者はにこにこと頬笑んでいる。
「ランプと同じ色ね、おめめ」
「君も珍しい色ですね、紅い」
「そうね、そっちも金色。めでたい話に縁がありそう」
長布がずれ、透けた眼差しと目が合う、男の瞳は異質の色をしていた。
「お嬢サン、お仕事帰りですネ? 大変です、とうってもお疲れの顔をしているネ」
「そうね、こんな胡散臭い奴に話しかけるくらいには疲れているのかも」
「がに股は止めた方が良いですヨ、占いですがお代は三千円からになりまス」
「占いねえ。占い師って、カウンセラーというか。人生相談の愚痴聞き役みたいなものなんでしょ」
「はあ、まあ浪漫のない言い方をすればそうなってしまうのデスが。詐欺だとでも?」
「ううん、喧嘩を売るつもりはないんだ。占いより、ちょっと愚痴を聞いて欲しいんだよ」
「愚痴ですか、……宜しイ。お嬢サン、お名前は?」
「
「おや、見た目は会社員なんですが民宿なんて経営できるんデス?」
「そこまで細かな手入れがいらないの、行政の審査も要らない。だって正式な民宿じゃなくて。あんた達みたいな、異形に貸してる宿だもの」
女――楼香はにやあと真っ赤な唇で笑えば、金色の目を持つ蒼い髪の男は瞬く。男は顎を片手で摩り、腕を組むような形で肘を支えた。
男のアシンメトリーの髪型が少し揺れる。
「なるほど、ワタクシが何者かまで判りまス?」
「ううん、そこは判らない。ただ、異形のことだから何処にも愚痴るわけにもいかなくてね」
「お化けの話なんてしただけで、話し方によってはこのご時世とても気遣われますからネ、心の病じゃないかと。判りました、ではお話しください。君のその、不思議な宿のお話しを」
正体を見抜かれた男は躊躇いもなく異空間からティーセットと、アフタヌーンティー用の御菓子タワーを虚空に浮かべてサンドイッチを摘まむ。人前だからと遠慮していた動作のようだった。サンドイッチはきゅうりとスモークサーモンが挟まれていて、ケーキにはたっぷり生クリームが詰め込まれている。エクレアにいたってはカスタードでぱんぱんと膨らんでいる。小さなショートケーキ、チョコレートムース、エクレア。スコーンにはクロテッドクリームと苺ジャムがセット。
見てるだけで腹が減る。男の勧められるままに茶や菓子を受け取り、少しだけ話し込む。帰りの電車を心配する必要も無い。さくりと口にしたエクレアからは、高いバニラビーンズが香り高く、質の高い御菓子だとすぐに判った。口元にクリームが零れそうになり、指を咄嗟に添える。少なくとも作った人の腕前は相当いい。そんなエクレアを簡単に出しといて、易者は造作も無い他愛もないといった態度。楼香の話を片眉つり上げて待っている。
楼香はエクレアを食べきると口元についたクリームを親指で拭って三千円支払い。カスタードクリームの香りが残り、少しだけ触れた指先は冷えていた。外で外気に触れながら、アフタヌーンティーを夜にしけこむなんて中々ない体験ではなかろうか。
今から話す体験も希有だとは思うが。
「始まりは狐面の男からだった、市松という男。とても飄々としていて、掴めないけれどなんか肝心なところで気弱そうでさ。根本から悪い行いを出来る度胸がなさそうなやつだった」
楼香はティースプーンでお茶を揺らし、暖かい紅茶を体内に取り入れると、温かみで吐息は白く染まり。お茶と外気の寒暖差に身が震えた。
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